お引っ越し

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 急遽決められた引越しの下見のため、葵はユアンに連れられる形で新たな住居候補の屋敷を転々とした。この世界では魔法陣から魔法陣へと一瞬で転移が出来る魔法が存在するため移動時間はほぼ皆無に等しく、見て回った屋敷の数は半日で二十数件。その最後の屋敷にはローズガーデンがあり、葵はバラが香る庭でぐったりとテーブルに顔を預けていた。

「どう? 見てきた中で気に入った屋敷はあった?」

 下見疲れしている葵に対し、向かいの席で優雅に紅茶を愉しんでいるユアンは平然としている。魔力を消費しているのは彼のはずなのに、ユアンはただ着いて回っていた葵などよりよっぽど元気だ。これが若さなのかと思った葵は少年と話をするために顔を上げ、そのまま椅子の背もたれに体重を預けた。

「どこも一緒だよ」

 今まで見てきた屋敷はどれもが無駄に広く、無闇に豪勢なものばかりだった。また、やたらと広大な庭園があるという特徴も今住んでいる屋敷と変わりない。葵にはその程度の認識しかなかったのだがユアンは「分かってないなぁ」と言い、人差し指を立てた。

「どの屋敷も同じに見えてしまうのはアオイの心の問題だよ。屋敷選びで大切なのはフィーリング。恋愛と同じなんだよ?」

「……ユアンって何歳なんだっけ?」

 ユアンの口からは十二歳という答えが返ってきたが、彼が主張したことはとても十二歳の少年が考えることとは思えない。どんな教育を受けてきたらこんなにませた子供に育つのかと、葵は顔を見たこともないユアンの両親に文句を言ってやりたい気分になった。

「そういえば、レイは?」

 葵が話題に上らせたレイチェル=アロースミスという女性はユアンの家庭教師である。彼らは行動を共にしていることが多いようなのだが、今日はレイチェルの姿がない。あまり触れられたくない話題だったのか、お喋りなユアンは「レイは忙しいから」と言っただけで話を終わらせた。葵としても特に用事があったわけではないので、口を閉ざしたユアンに合わせて黙り込む。しかし沈黙は長くは続かず、やがてユアンが再び口火を切った。

「アオイはどんな屋敷に住みたいと思う?」

「広くなくていいから、普通の家に住みたいよ」

 あまり広い屋敷に住んでも寂しいだけだし、何よりも掃除が大変だ。葵がそうした不満を零すとユアンは不思議そうに首を傾げた。

「掃除なんて呪文一つじゃない」

 魔法を刻まれた道具がひとりでに様々なことをやってくれるこの世界では、確かにユアンの言う通りである。しかしそれは、自身が魔法を使えない葵にとって、誰かの助けを得ていることが絶対条件となる。ユアンはその役目を、アルヴァ=アロースミスという青年が担っていると思っているのだ。だが葵はここ最近、彼に助力を請うことはしていなかった。

「もしかして、アルと何かあった?」

 反応を返せないでいる葵を見て、ユアンはすぐ核心に触れてきた。アルヴァとの確執を話すつもりもなかったので、葵は黙り込んでいるだけで答えとする。葵の頑なな拒絶を目の当たりにしたユアンはティーカップをソーサーに戻しながら小さく息を吐いてみせた。

「それじゃ、広い屋敷は不便だね。また使用人を寄越そうか?」

「そういえば、何でいきなりクレアを私の所に来させたの?」

 クレアはある日突然、葵の前に現れた。彼女がやって来たのはクレア自身の意思でもなく、また葵の意思でもなかった。それを決めたのはユアンであり、葵はずっとそのことを疑問に思っていたのだった。

「その理由を教えるとアオイが傷ついてしまうかもしれないけど、大丈夫?」

「えっ、何? そんな言い方されたら余計気になるよ」

「それは知りたい、ってことだよね?」

「う、うん」

「じゃあ、教えるね。創立祭の夜、アオイが泣いてたから。学園でのことはアルに任せてあるけど、やっぱり同年代の同性が傍にいた方がいいかなと思って」

 ユアンの口にした内容は予想外のものであり、葵はしきりに瞬きを繰り返した。やがて、次第に冴えてきた頭が少しずつユアンの真意を理解し始める。色々なことが腑に落ちると同時におかしさがこみ上げてきて、葵は声を上げて笑ってしまった。

 創立祭の夜、葵は衝撃的な光景を目の当たりにして思わず泣いてしまった。その時たまたま隣に居合わせたユアンは葵が泣き出した理由が分からず、かなり動揺していたのだ。葵にとってはもうずいぶんと昔の出来事だが、ユアンはずっとあの時のことを気にしていたのだろう。一時は敵ではなかとさえ疑ったクレアがそんな些細な理由で派遣されてきたことを知り、葵はおかしくなってしまったのだった。

「なるほどねぇ。それで私が『傷つく』んだ?」

「その様子だと、もう大丈夫そうだね。期間限定だったけど、クレアとの生活はどうだった? 明るくて面白い子でしょ?」

「明るくて面白い?」

 葵が抱くクレアのイメージは冷静沈着で生真面目というものである。ユアンが語ったクレアの心象がそれとは真逆だったので、葵は胡散臭いという表情をしてしまった。葵の疑わしげな表情を見て、ユアンは何故か小さく肩を竦める。

「そう。普通に接していいよって言ったんだけどね」

 葵には分からない独白を零した後、不意に表情を改めたユアンはポンと手を叩いた。

「そうか。あそこならアオイの希望にぴったりかも」

 何かを思い立ったらしいユアンはスッと席を立ち、葵に向かって手を差し伸べる。彼の思考に着いて行けていない葵は眉根を寄せ、差し伸べられた手の先を視線で辿った。目が合うと、ユアンは破顔する。

「新しい家が決まったよ」

 そう言ってのけるとユアンは問答無用で葵の手を取り、再び転移の呪文を唱え出したのだった。






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