和解

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 編入初日にしてクレアがココを負かしてしまった瞬間から、二年A一組における勢力図は一変した。それまでココは実力によってクラスを支配していたらしく、恐怖政治から解放された女子達が今度はクレアに群がり出したのだ。しかしそれは、女子だけに留まる流れではなかった。葵が編入した時には無関心だった男子生徒までもが、彼女の傍には集っている。それはクレアがクラス最強と認められたことの他に、彼女の連れている魔法生物が大陸では珍しい存在だからだった。

 学園に復帰した初日から色々なことがあったため、放課後になると葵は疲れた顔をして『保健室』を訪れた。葵の顔を見た瞬間に何かを察したらしいアルヴァは言葉を交わすより先に呪文を唱え出し、無属性魔法が刻まれている茶器に紅茶を淹れさせる。紅茶が注がれたティーカップは二つだったので、アルヴァの意図を理解した葵は勝手にカップを受け取った。

「その様子だと、何かがあったのは確かみたいだね」

「いやー、クレアがさぁ……」

 アルヴァに促されるまま、葵は二年A一組で起きた一連の出来事を語った。しかし葵が話を終えても、アルヴァの顔に驚きのような反応は見られない。真顔のままでいる彼は淡々と、葵の話に応じた。

「まあ、それくらいの実力があるのは当然だろうね」

「何で? あ、もしかして、ルツボ島とかいう所にいる人はみんな強いとか?」

「そういう意味じゃないよ」

 何故か嘆息したアルヴァは、気だるげな仕種で髪を掻き上げながら言葉を重ねた。

「クレア=ブルームフィールドはフロックハート家の使用人ではなく、ユアンの私用人だ。あのユアンが、ただの使用人を傍に置いておくはずがないからね」

「メイドはみんな強い、ってこと?」

「……そうか。ミヤジマには使用人の定義から説明しないといけないんだね」

 話が噛み合っていないことはアルヴァも感じていたことらしく、彼は納得がいったという様子で頷いて見せた。アルヴァが一人で解決してくれたので、葵は黙って説明が加えられるのを待つ。すぐに済むような話ではないのか、アルヴァはデスクの引き出しから煙草を取り出しながら言葉を次いだ。

「メイドや執事バトラーっていうのは世界使用人協会が認定した使用人のエキスパートなんだよ。協会には名簿があって、そこに名前を記されている人物だけがメイドやバトラーを名乗れる、と考えれば解りやすいだろう?」

「うん、解りやすい。で、クレアは違うの?」

「調べてみたんだけど、彼女の名前は名簿に載っていなかった。だから彼女は使用人ではなく私用人、というわけだね」

「でも、クレアは自分のこと『メイド』だって言ってたよ?」

「それは彼女が勝手に名乗っているだけだよ。ユアンも使用人の定義くらい知ってるだろうから、面白がって訂正してないんだろうね」

「ふうん」

 話に相槌を打ちながらも葵の頭はもう、別のことを考え始めていた。やはり解らないことは、アルヴァに尋ねるのが一番手っ取り早い。説明を加えてくれるのが他の相手では質問をすることに躊躇してしまい、これほど速くに疑問を解消することは不可能だろう。

(やっぱりアルとは仲良くしといた方がいいかも)

 葵が改めてそんなことを思っていると、アルヴァは本題を口にし始めた。

「それで、一体どこへ引っ越したんだ?」

 答えにくい内容でもなかったので、葵はすぐアルヴァの問いに答えようとした。しかし引っ越し先をどう答えていいのか分からず、困ってしまった葵は眉根を寄せながら空を睨む。

「どこって言われてもねぇ……」

「フロックハート家の別荘は大体知っている。建物や庭の形とか、何か特徴を教えてくれればすぐに分かると思うよ」

「ああ、たぶんそういうのじゃないよ」

「どういう意味だ?」

 葵の答えに納得がいかなかったらしく、アルヴァは釈然としない様子で眉をひそめている。葵はとりあえず、新居がワケアリ荘に決まる前に幾つかの屋敷を見て回ったことをアルヴァに明かした。

「で、最終的に連れて行かれたのが草原の中にあるアパート。すごいボロだから、たぶんユアンの家の別荘とかじゃないと思う」

「そのアパルトマンがどの辺りにあるのか、ユアンが何か言っていなかったか?」

「何も言ってなかったと思うけど……」

「……まあ、いい」

 葵に転居を勧めたのなら、そこには必ず理由があるはずだとアルヴァは言う。しかしそのような理由など聞かされていない葵は不可解に眉をひそめた。

「理由って?」

「それは知らないよ。ただ、何か思うところがあったんだろうね。ミヤジマこそ、何か心当たりはないの?」

 質問をしたはずが逆に問い返され、葵はユアンが来た時のことを思い返してみた。葵に引っ越しを勧めた時、確かに彼は何かを気にしていた。しかしそれが何なのか、葵にはけっきょく分からずじまいなのである。

「わかんない。オリヴァーの話してたら急にそんなこと言い出したから」

「オリヴァー=バベッジ?」

「そう。あ、そういえば、キリルのことも気にしてたかも」

 葵が思い出したことを語っていると、アルヴァはもっと詳しく状況を説明するよう求めてきた。さらに記憶を遡った葵がその日の朝からの出来事を話して聞かせると、アルヴァは納得した様子で小さく息を吐く。

「それだ」

「それって……どれ?」

「マジスターが屋敷に来た、ってことだよ」

 アルヴァは言葉を付け足してくれたのだが、葵にはまだそれの何が悪いのか理解することが出来なかった。不可解そうにしている葵を見て、アルヴァはさらに補足する。

「ユアンにマジスターは恋人じゃない、というようなことを言わなかったか?」

「そういえば……オリヴァーと付き合っちゃいなよって言われて、絶対やだって言った」

「つまりね、ミヤジマと恋人関係でもないマジスターがあの屋敷に近付くのはまずいってことだよ」

「……何で?」

「マジスターくらいの家柄になると色々なことが簡単に調べられてしまうから」

「そんなの、付き合ってるかどうかなんて関係ないじゃん」

「本当にそう思うか?」

 問いかけの意味が分からず、葵は困惑して閉口してしまった。葵が即答せずに考えこんでしまったことで、アルヴァは呆れたような表情になる。

「じゃあ、キリル=エクランドを例に挙げて話を進めよう」

 例え話をするにしても選ばれたのが何故、オリヴァーではなくキリルだったのか。キリル=エクランドという少年にいい感情を抱いていない葵はせめてオリヴァーの方が良かったと思ったのだが、アルヴァはそんな葵の不満など気にもせず話を進めていく。

「今の関係だと、ミヤジマとキリル=エクランドは恋人同士じゃない。また、友人関係にもない。そんな人物が興味本位でミヤジマのことを調べ、ミヤジマの秘密を知ってしまったとする。これがケース1」

「私の秘密?」

「この世界に馴染んできているのはいいが、忘れてもらっては困るな」

 どうやらアルヴァは葵が異世界からの来訪者であるということを問題にしているらしい。遅ればせながらそのことを察した葵は「ああ……」と呟きを零した。葵が納得したため、アルヴァは話を進めていく。

「ケース1と同じ状況で、ミヤジマとキリル=エクランドが恋人同士だったとする。これがケース2だ。ケース1の場合、キリル=エクランドはどういう行動をとると思う?」

「そんなの知らないよ」

「考える気もないようだから答えをあげるよ。キリル=エクランドはミヤジマを、今後二度と『人間』とは見做さないだろうね」

 考えもしなかったアルヴァの言葉に、葵はぽかんと口を開けたきり動きを止めてしまった。不穏なことを言ったきり閉口しているアルヴァは、どうも葵の理解が追いつくのを待っているようである。時間にゆとりを与えられたため、次第に平静を取り戻した葵は自ら口火を切った。

「それ、どういうこと?」

「召喚獣、という言葉があってね。ミヤジマみたいに異世界からやって来た者を総称して、僕らはそう呼んでいる。召喚獣の意味だけど……」

「召喚獣って、人間じゃないじゃん!」

 葵が驚きの声を上げるとアルヴァもまた、驚いたように目を瞬かせた。

「知っていたのか?」

「知らなかったけど、えっと、元の世界にいた時に小説やゲームで……って、面倒だから説明は後! それより、私も人間じゃないって扱いになっちゃうの?」

「……ミヤジマが何を理解していて何を理解していないのか、把握するのは非常に困難なことらしいね」

 そんなぼやきを零した後、アルヴァははっきりと頷いて見せた。ようやく話が通じてきた葵は自分の立場が非常に危ういことを知って一気に青褪める。

「それって、もしかして、あれ? 召喚獣だってことがバレると売り飛ばされたりとか実験道具にされちゃったりするってこと?」

「まあ、そんなところだね」

 だから初めに『自分が異世界からやって来た者だと絶対誰にも明かすな』と忠告したのだと、アルヴァは言う。口止めされていた理由がそんなに重要なことだったとは露ほども思っていなかった葵は改めてあ然として、言葉を失ってしまった。






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