逆襲

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 真面目な顔をして冗談のような科白を言ってのけた後、アルヴァは気分を変えるように口調を明るくした。

「ところで、そのケータイというのはどういったものなんだ?」

 アルヴァにはもう、口調にも表情にも先程の雰囲気を引きずっている様子はない。ここで食い下がったところで大して意味があるとも思えなかったので、葵も仕方なく雑談に応じることにした。

「離れた場所にいる相手と話ができる道具、って言えば分かる?」

 この世界には電話というものが存在しないのだが、葵が今までに携帯電話の修理を依頼した人にはそれだけで話が通じた。アルヴァもその説明だけで用途は理解出来たらしく、彼はすぐ頷いて見せる。

「魔法にも似たようなものがある」

「じゃあさ、ついでに聞きたいんだけど、魔法ではどうやって連絡とってるの?」

 まだクレアが葵の元でメイドとして働いていた頃、彼女は何らかの方法で雇用主であるユアンと連絡を取っていた。転移魔法というものが存在するこの世界では電話などなくとも用がある時は直接会いに行けばいいだけの話なのだが、どうもクレアがやっていたのはそれとは異なる連絡の取り方だったようなのだ。葵が今まで不可解に感じていたクレアの言動を話して聞かせると、アルヴァはそれが当然だというような表情で説明を始めた。

「魔法には魔力の消費量で規程されたランクというものがある。転移魔法のように空間に作用する魔法は意外とランクが高いんだ。まあ、トリニスタン魔法学園の生徒ともなればそのくらいは自由に使いこなしてるから、ミヤジマは知らなかったんだろうね」

「へぇ、そうだったんだ? でもそれが、クレアの話とどうつながるの?」

「クレア=ブルームフィールドという個人が含有する魔力の量は大したことない、ってことだよ。もともと坩堝るつぼ島の人間は魔法を使わないんだ、彼女が少しでも魔法を使えることの方が奇異だと言っていい」

 ユアンあたりが仕込んだに違いないと、アルヴァは嘆息しながら言う。アルヴァの説明が飛躍するので理解が追いつかなかった葵は眉根を寄せながら首を傾げた。

「でも、クレアは転移魔法を使えるよ?」

 ワケアリ荘に引っ越しをしてからというもの葵は毎朝、クレアの使う転移魔法に同行して学園へと連れて来てもらっているのだ。しかしそれは『クレアが転移魔法を使える』ということにはならないらしく、アルヴァは首を振って見せた。

「彼女の受容力キャパシティーでは、たぶん日に一度の転移魔法が限度だろう。その彼女が易々と転移を可能にしているのであれば、それはおそらく魔法生物の力をうまく利用しているからだよ」

 アルヴァの意見を聞いてあることを思い出した葵は考えに沈んだ。

(そういえば、クレアが転移魔法を使う時って……)

 アルヴァやマジスターなどは呪文一つで転移を可能にしているが、転移魔法とはそもそも魔法陣を介するものなのである。転移のたびに魔法陣を描いているクレアは基本に忠実に魔法を使っていると言えるが、彼女の場合はそこで魔法生物が生み出す特殊なアイテムを使用しているのだ。つまりクレアの使う転移魔法は、形状記憶カプセルが生み出す魔法陣なしには成り立たない。その理由がアルヴァの言っていたものと考えれば、クレアの言動に辻褄が合いそうな気がした。

「へぇ〜、そういうことだったんだ」

「何か、思い当たる節があったみたいだな」

「うん、まあね。それで、ルツボ島の人が魔法を使わないっていうのはどういうことなの?」

「何事にも興味を持つのはいいことだけど本筋から外れてるよ、ミヤジマ。最初に投げかけられた疑問は離れた場所にいる相手とどうやって連絡をとるのか、だと思ったけど?」

「あ、そうだった。で、どうやってるの?」

 それを説明する前段階として魔力の話をしたのだと、アルヴァはもったいぶった口調で答えた。焦らされた葵が気のない相槌を打つと、アルヴァは小さく息をついてから続きを口にする。

「つまり、転移魔法を自由に使えない人たちのために通信魔法というものがあるわけだ。彼女がユアンと連絡を取る際に使ったのも、たぶんそれだろう」

 転移魔法が魔法陣を介するのに対し、通信魔法は魔法道具マジック・アイテムを媒介とする。この二つの魔法は空間に働くという点では同じだが、その効用には際立った違いがあった。その一つに自由度というものがあり、魔法陣さえ知っていれば自由に行き来が出来る転移魔法とは違い、通信魔法には様々な制約があるのだ。

「制約って?」

「通信魔法を使う場合、まずレリエという魔法道具マジック・アイテムが必要になる。これを通信する相手と自分が持っていることが第一条件だ。次に、レリエはどこででも使えるわけじゃないっていう難点がある。通信するのに最適な場所に置いておかないと通信が途中で途切れてしまうこともあるんだ。まあ色々と使い勝手は悪いんだが、最大の利点として魔力の低消費っていうのがあるからね。一般的には好まれてるよ」

「電話そっくり」

「生活必需品は、やはりどこの世界でも似通ったもののようだな」

 以前にもアルヴァの口から似たような科白を聞いたことがあるような気がした葵は、本題とは関係のないところで考えこんでしまった。しかし記憶の糸を手繰ってみても思い出せそうになかったので、意識を現実に戻した葵は『レリエ』というものについての質問を重ねる。

「アルは持ってないの?」

「個人的には持ってないよ」

「個人的には?」

「昨日、証についての話をしたのを覚えているか?」

「生徒の証ってやつ?」

「似たようなものに教職員の証っていうのがあってね、それにはレリエと同じ機能がついてるんだ。ウサギが持ってるから実物を見たければ保健室へ行ってみるといい」

 それ以上この話題に言及する気がないらしく、アルヴァはそこで口をつぐんだ。職員の証さえ代理であるウサギに渡してしまっているアルヴァには、教員としての自覚というものがまるでないようである。すでに知っていたことではあったものの、アルヴァの奔放ぶりに葵は改めて呆れてしまった。アルヴァは葵の反応などどうでもいいという様子であらぬ方向へ顔を傾けていたのだが、不意に重いため息を零す。

「ミヤジマはここでしばらく待ってから校舎に戻りなよ」

 唐突に席を立ったアルヴァが嫌そうな表情を浮かべながら言うので、彼の変化を不可解に思った葵は眉根を寄せた。

「急に、どうしたの?」

「クレア=ブルームフィールドが『保健室』に来ている。ミヤジマがそこにいるかどうかを確認しに来たようだな」

 アルヴァから告げられた事実に、葵は返す言葉を失って閉口した。エントランスホールで別れたクレアは用事があると言って姿を消したはずなのだが、どうもそれは口実だったらしい。彼女は初めから葵が一人で『保健室』へ行くかどうかを試すつもりだったのだ。朝の出来事もあるだけに、クレアの思惑を察してしまった葵はアルヴァに苦い笑みを向けた。

「クレア、よっぽどアルのこと気に入ったんだね」

「僕の顔はレイチェルに似ているからね」

 アルヴァが口にしたレイチェルとは、彼の姉の名である。レイチェル=アロースミスは庶民ながら、特別な魔法使いである『魔法士』の称号を得たほどの実力者だ。そんな出自のせいもあってか、葵の知る限りでも彼女の人気は高い。クレアなどは特にレイチェルという人物を直接知っているので、なおのこと彼女の弟であるアルヴァに肩入れするのかもしれなかった。それにしてもと、葵は眉をひそめる。

(レイがどうとかじゃなくて、フツウにカッコイイと思うけどなぁ)

 黙ってさえいれば。そこまでを胸中で呟ききった葵は「少し相手をしてくる」と言って扉へと向かったアルヴァの背を無言で見送った。

(……そろそろ私も行こうかな)

 アルヴァに言われた通り少し間を置いた後、葵も校舎へ戻るために歩き出した。『保健室』を後にした彼女はそのまま二階にある教室へと向かおうとしたのだが、廊下へ出た途端にあまり好ましくない人物達と出会ってしまい、足を止める。

「アオイ」

 葵の名を呼びながら歩み寄って来たのは、オリヴァーだった。その後ろからはのんびり近付いて来るウィルの姿も見えて、マジスターに絡まれた葵は微かに眉根を寄せる。

「ごめん、ちょっと急いでるんだ」

 適当な言い訳をして逃げ出そうとした葵は、しかしオリヴァーに腕を掴まれて動きを止められてしまった。

「ちょっと待った。話があるんだ」

 クレアのいない所で話をしたかったのだと、オリヴァーは言葉を続ける。何故クレアがいるとまずいのか、不審に思った葵は眉間のシワをさらに深いものにした。

「何?」

「クレアがキルにちょっかい出さないようにさ、アオイに協力して欲しくて」

 オリヴァーの話によると昨日のシエル・ガーデンでの出来事の後、キリルはいつになく荒れたのだという。苛立ちの治まらなかった彼が屋敷を一軒灰にしたと聞き、葵は頬を引きつらせた。

「そんなこと出来るなら昨日の時点で止めてるよ」

「あ、やっぱりか。そうじゃないかとは思ったんだけど一応、な」

 葵の立場は、弱い。シエル・ガーデンでクレアが本性をむき出しにしたため、オリヴァーもそのことは承知していたようだ。しかしそれでも葵に協力を依頼しなければならないほど、キリルが荒れているのだ。このままでは学園を破壊しないとも限らないとオリヴァーが言い出すので、頬を引きつらせたままの葵は「一応、頑張ってみる」とだけ返事をした。

「話は済んだ?」

 葵とオリヴァーの会話が途切れたところでウィルが容喙してきた。つまらなさそうな表情をしているところを見ると、どうやらウィルはキリルの機嫌になど興味がないようだ。しかし彼がこの場にいること自体には意味があるらしく、オリヴァーが頷いたのを受けたウィルは葵に視線を向けてきた。

「あの使用人の主人って、誰?」

 ウィルのストレートな疑問に面食らった葵は言葉を返すことが出来ず、目を瞬かせた。共に葵の元へとやって来たオリヴァーもウィルの意図を知らなかったようで、彼もまた驚きに目を見開いている。

「おい、ウィル……」

「キルも言ってたけど、トリニスタン魔法学園は使用人風情が入学出来る場所じゃないんだよ。それを、貴族でもない彼女が通えているからには、よっぽど強力なコネクションがあるんだろうね」

 そのコネクションに興味があるのだと、ウィルは葵の瞳を見据えて言う。コネクションと言われてもピンとこなかった葵は眉根を寄せて考えこんだ。

(クレアの主人はユアン、だけど……)

 それならばユアンが、ウィルの言う『強力なコネクション』なのだろうか。確かにユアンは身分の高い子供らしいが、彼にそこまでの権威があるようには思えない。ユアンの意思が皆無とは思えないがコネクションと言うからにはおそらく、レイチェルが動いているのだろう。偏にユアンの年齢から、葵はそんな風に思った。

「知らないよ、そんなこと」

 どのみちユアンのこともレイチェルのことも口に出来ないため、葵はその一言で話を終わらせた。背にしている『保健室』の中には話題の主であるクレアがいるため、長居は無用だと思った葵はさっさとマジスターに別れを告げる。そのまま振り返ることなく立ち去った葵の背を、廊下に佇んだままのウィルとオリヴァーがいつまでも見つめていた。






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