under The moon

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「面白いこと言うね。意気地なしがチキン、なんてさ」

 鬼のような形相でガンを付けながら去って行った葵の背を見つめながら、ウィルは淡々とした調子で立ち尽くすキリルに話しかけた。目を剥いたままあ然としていたキリルはウィルに声をかけられたことにより、ハッとしたような表情を浮かべる。しかしそれも一瞬のことで、我に返ったキリルは苛立たしげに拳を塔の壁面に叩き付けた。

「何なんだよ、あの女!!」

 ちくしょうと小さく呻き声を漏らして顔を歪ませたキリルは、それを隠すようにウィルから顔を背けた。そんなキリルの姿を目に留めたウィルは、あくまでも淡々と言葉を重ねる。

「あれだけ好き勝手なこと言われて、キルが怒らないなんて珍しいね。今ならもう、アオイを殴れるはずでしょ?」

「うっせーな、そういう気分じゃなかったんだよ!」

「図星だったから何も言い返せなかったとか?」

「だから!! うるせーって言っ……」

「ねぇ、キル。そこまでアオイに固執するようになったのって、いつから・・・・?」

 勢いに任せてウィルを振り向いたキリルは、彼から投げかけられた想定外の問いかけに言葉を失ってしまった。質問の意味が解らなかったキリルは眉をひそめ、一度空を仰いでからウィルへと視線を戻す。

「それ、どういう意味だ」

「ハーヴェイさんはアオイがキルを引っぱたいたから、キルにかかってる魔法が変なことになって、キルの体に影響が出たんだろうって言ってた。キルがアオイのこと異常に追いかけ回すようになったのも、やっぱりその頃からかなって思って」

「だから、それが何だって言うんだよ」

「キルがアオイに抱いてる感情ってさ、ハーヴェイさんに対するものに近いんじゃない?」

「はあ?」

「まあ、キルは意地っ張りだから認めたくないだろうし、想いを言葉にもしたくないと思うけど」

「勝手に決めつけてんじゃねーよ!」

「じゃあ、実際は?」

「お前の言う通りだよ!!」

 挑発に乗せられて口を滑らせてしまった後で、キリルはハッとして口元を手で覆った。しかし今さら隠しても、もう遅い。疑問の答えを得たウィルはニコリと笑い、キリルに向かってひらひらと手を振って見せた。

「今日は僕、シエル・ガーデンには顔を出さないから。ハーヴェイさんによろしく言っておいて」

 キリルにそう言い置くと、ウィルは転移魔法によってどこかへ姿を消してしまう。弁明する余地も与えられず、フォローすらもしてもらえずに放置されたキリルは顔を真っ赤にして、やり場のない憤りを塔の壁面へと叩き付けた。






 時計塔でマジスター達と別れた後、校舎に戻った葵は教室へは向かわず、そのまま一階の北辺にある保健室を目指した。魔法の鍵マジック・キーを使って保健室の扉を開けると、窓のない部屋の内部で金髪の青年が振り返る。アルヴァに軽いあいさつをしながら彼の横をすり抜けた葵は、室内に幾つも並んでいる簡易ベッドの一つに雑な動作で腰を落ち着けた。

「あ〜、もう。やってらんない」

 葵が思わずといった感じで愚痴を零すと、アルヴァが『何事だ』というような顔を向けてきた。後に追及の言葉が続くのは分かりきっていたので、葵はアルヴァに問われる前に先程の出来事を語り出す。葵の簡略な説明が終わると、アルヴァは眉根を寄せて難しい表情になってしまった。

「マジスターには関わらない方がいいと、何度も言ったはずだけど?」

「マジスターに会いに行ったわけじゃなくて、電話しに行っただけだってば。そしたら絡まれちゃったんだから仕方ないでしょ」

「あの塔か……」

 件の時計塔で葵の友人である弥也ややという少女と会話をしたことがあるだけに、アルヴァはそれ以上葵を責めるようなことはしなかった。それはおそらく、この世界における携帯電話の不安定さをアルヴァも承知しているからだろう。葵が生まれ育った世界ではいつでもどこでも他人と繋がることが出来た携帯電話も、この世界では限られた場所で限られた機能を使うことしか出来ないのだ。

「ミヤジマはつくづく、あの塔に縁があるらしいね」

 アルヴァが深々とため息をついて見せたので、彼が言わんとしていることを何となく察してしまった葵は苦い思いで顔を歪めた。学園に編入してまだ日が浅い頃、葵はハル=ヒューイットという少年が弾いていたバイオリンの音色を聞くために、あの塔に通い詰めていたのである。それもマジスターには関わるなというアルヴァの警告を無視して、だ。あの時と同じことをアルヴァが言いたいのだと思った葵は渋々、彼の嫌味っぽい発言に応じた。

「分かった。出来るだけ行かないようにするよ」

「ミヤジマの持っている『ケータイ』が特異なアイテムだっていうことは僕も理解している。それが正常に機能する場所を新たに探すとなると、そう簡単にはいかないだろう。僕もケータイに興味があるし、ミヤジマから友人まで取り上げようとは思わない。だからハーヴェイ=エクランドがここにいる間だけ自重、ってところで手を打たないか?」

「……うん。それでいい」

 いつになく譲歩の姿勢を見せてくれたアルヴァの提案に頷いた葵は、すぐにその理屈が妙なことに気がついて首を傾げた。

「って、それ私に関係ないじゃん」

「いや、関係がないことはないよ。ミヤジマはすでに一度、彼が展開している魔法に不具合を発生させているからね。今のところ不慮の事故ってことで済んでるみたいだけど、そういった不可解な偶然が重なれば否が応でも目をつけられてしまう。それだけは絶対に避けたいんだ」

 アルヴァの説明は不可解さを助長させただけであり、また別の疑問が生じてしまった葵は眉をひそめながら推測を口に出してみる。

「アル、もしかしてハーヴェイって人と知り合い?」

「知り合いというか、エクランド公爵家は色々な意味で有名だからね。ハーヴェイ=エクランドは特に探究心の塊みたいな人物だ。強かな上、権力まで持っているときている。ミヤジマだってそんな人物に目をつけられたくはないだろう?」

 プライベートが裸にされるぞというアルヴァの言葉に、マスコミに取り囲まれている芸能人の姿を思い浮かべた葵は大きく頭を振った。葵の置かれている状況は恋愛スキャンダルで騒がれている芸能人よりも過酷であり、下手をすれば実験動物モルモットにされかねないのだ。

「彼が何をしに来たのかは知らないけど、こんな所にそう長居は出来ないだろうから安心しなよ」

「そういうもんなの?」

「いくら実弟が通っているとはいえ、本来ならば彼のような人物には分校見物なんて悠長なことをしている暇はないはずなんだ。今は定例会の時期だしね」

「ていれいかい?」

「一部の魔法使い達が王家に研究の成果を発表するプレゼンテーション会だよ」

「へ〜、そんなのがあるんだ?」

「興味があるのか?」

「うん。面白そうだね」

 そうかと言ったきり口をつぐんでしまったアルヴァは、何事かを考えている様子で目を泳がせている。しかし長考することはせずに、アルヴァはすぐ葵に視線を戻して再び口火を切った。

「ミヤジマ、旅行に行かないか?」

「いきなり、何?」

「もうすぐ終月しゅうげつ期だろう? 炎の月は学園が丸々休みになるんだ。そこで、提案。僕と一緒に世界を巡ってみないか?」

「世界一周旅行!?」

 降って湧いたゴージャスな話に、葵はおもむろに驚いた声を上げてしまった。生まれ育った世界でも母国から出たことがないのに、まさか異世界でそんな経験をすることになるとは夢にも思わなかったのだ。

「い、いいのかなぁ……」

「何が良くて何が悪いのか僕には分からないけど、とりあえず考えておいてよ」

「う、うん……」

 何となく両親に悪いような気がした葵は苦笑いを浮かべながらアルヴァに曖昧な返事をした。そこで一度話を切り上げたアルヴァはデスクの引き出しから煙草を取り出し、それに火をつけてから言葉を重ねる。

「話は変わるけど、クラス対抗戦とやらのことは分かったの?」

「あ〜、あれね……」

 すでにクレアからクラス対抗戦がどういった趣向のものか説明を受けている葵は、呆れの混じった苦笑を浮かべながらアルヴァにもその実情を説明した。クラス対抗戦がいわゆる『女の闘い』であることを知ったアルヴァも、葵と同じように苦笑いを浮かべる。

「目的はどうあれ、マジスターの考える『ゲーム』よりは機能的かな。そこまで組織的だとある種の伝統すら感じるね」

「バカにしてんのか感心してんのかどっちかにしようよ」

「その執念に感心するよ。ところで、クレア=ブルームフィールドはその闘いに参加するのか?」

「うん。うちのクラスの代表ってことで出るらしいよ」

「それは、是非とも見物したいな」

 クレアの闘い方に興味があるらしいアルヴァは、葵に詳しい情報を探ってくるよう指令を与えた。そのくらいのことならばと、葵も素直にアルヴァの申し出を受け入れる。結局は一緒に観戦するということで話がまとまり、アルヴァとの話を終えた葵は情報を収集するべく自らが所属する二年A一組の教室へと向かったのだった。






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