貴族の事情

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「最後に、アステルダム分校のマジスターが『面白い』理由を説明しておこう」

 出発前に旅行の計画を立てている時、アルヴァは『アステルダム分校のマジスターが面白い構成をしているから、彼らの実家を見に行こう』と言い出した。しかし一通り回ってみても、何がどう面白いのかさっぱり分からない。葵が首を傾げていると、アルヴァはその反応を見越していたかのように淡々と言葉を次いだ。

「貴族には色々としきたりがあるんだけど、その中の一つにトリニスタン魔法学園に関するものがある。彼らは将来的に家督を継ぐ子供は王都の本校へ、それ以外の子供は各公国の分校に入学させるんだよ」

 知っていたかとアルヴァが問いかけてきたので、葵は首を振った。

「本校に行くにはマジスターくらいの実力がないとダメだっていうのは知ってたけど、そんなしきたりがあったんだ?」

「ミヤジマの聞いた話の方が解り易いかもしれないね。さっき僕が言った習わしは公爵と侯爵くらいにしか適用されてないから」

「……どういうこと?」

「本校は気ままな分校と違って能力主義だからね。力の足りない者は入学する資格がないんだよ。三位の伯爵は微妙なところだけど、子爵家や男爵家では跡取りであっても、本校に入学するほどの魔力は有していないってことだ」

 本校に入学する資格を得た者は、さらに入学試験を受けさせられる。これに合格することが出来れば晴れて本校の生徒となれるわけだが、中には入学資格を有しているにも関わらず試験で弾かれてしまう者もいる。そういった落ち零れを排出した一門は降格となり、貴族社会の笑い者となってしまうのだ。アルヴァからそうした話を聞いた葵は受験戦争という言葉を思い浮かべて頬を引きつらせた。

「壮絶……」

「入学資格を得られずに分校に通っていたステラ=カーティスが、独力で本校への編入を決めたことがどれほど大変なことなのか、よく分かるだろう?」

 ステラ=カーティスは、この世界で初めてできた葵の友人だ。その友人が褒められたので、何だか自分まで誇らしい気持ちになった葵ははにかんで頷いた。

「それが『面白い』理由?」

「いや、ここからだよ」

 ニヤリと笑うと、アルヴァはワンクッション置くように呪文を唱えた。彼の呪文に反応した茶器が新しいカップに紅茶を注いだので、ベッドを離れた葵はテーブルの傍へ寄る。ソファーに腰かけているアルヴァは脚を組み替えて、淹れたての紅茶を一口含んでから話を再開させた。

「ヒューイット公爵家では、家督を継ぐのはハル=ヒューイットの姉ということになっている。しきたりに従えば、本校に通うのはハル=ヒューイットの姉ということになるね?」

「あれ? でも、ハルは……」

「そう、彼は本校に編入することが出来た。何故だと思う?」

「えー? 一人だけって決まりはない、とか?」

 アルヴァがあまりにも簡単に正解だと言うので、思いつきで答えただけだった葵は逆に胡散臭さを感じてしまった。

「そんなの、こじつけじゃん」

「そう、こじつけなんだよ」

 しきたりだけでは対処の出来ない事態が過去に発生したために規制が緩み、こじつけはどんどん増えていったのだとアルヴァは言う。訳が分からなくなってしまった葵が頭を抱えると、アルヴァはエクランド公爵家を例に挙げて補足を始めた。

「ハーヴェイは確か二十七歳だ。弟のキリルは十七歳だから、この兄弟は十も歳が離れているね」

 本校の入学試験を受けるのに年齢的な制限はない。試験さえ通ればそれでいいので、各家が後継者の力が十分だと判断した時に試験を受けさせる仕組みなのだ。ハーヴェイは大貴族の嫡男らしく優秀な子供で、キリルが生まれた頃にはもうトリニスタン魔法学園の本校に通っていた。そこで一度言葉を切ったアルヴァは、少しシニカルな笑みを浮かべた。

「魔力っていうのはね、誰しも生まれた時のままじゃないんだ。経験や知識が蓄えられることによって自ずと進化していく。ミヤジマには分からないかもしれないけど、キリル=エクランドはハーヴェイと同程度の魔力を秘めてるよ。その使い方がヘタクソなだけでね」

「ああ……何となく、言いたいことが分かったかも」

 アルヴァは葵に解り易いようにエクランド公爵家を例に挙げて話をしたが、要は遅く生まれてきた者が爵位を継ぐ者よりも優秀だったという事態が過去にあったということなのだろう。しかし爵位継承者が本校に入学なり卒業するなりしてしまっていれば、今さら継承者を変更するわけにはいかない。それが貴族の考え方だが、トリニスタン魔法学園の考えは違っていた。現行のしきたりだと、どんなに優秀であっても遅く生まれてきたというだけの理由で入学出来ない者が出てきてしまう。それでは王家のために優秀な人材を育成するという学園の理念に反すると、本校は境遇に恵まれなかった者にも門戸を開いたのだった。

「最初は貴族限定で規則を緩めたらしいんだけど、今では実力さえあれば庶民でも入学出来るようになった。この規制緩和がなければレイチェルも僕も本校の土を踏むことはなかっただろうね」

 アルヴァが自分からレイチェルの名前を持ち出してきたため、葵は胸中で「珍しい」と呟きを零した。しかし口を開くことはしなかったため、アルヴァは話を先へと進める。

「爵位継承者じゃなくても実力さえあれば本校に通うことは出来る。ここまではいい?」

「うん」

「アステルダムのマジスター達は一人一人が本校に入学出来るくらいの力を持っている。それを踏まえた上で聞いて欲しいんだけど、キリル=エクランドとハル=ヒューイットは末っ子だ。だから分校に通っていた。これが、典型的なパターン」

 そう前置きした上で、アルヴァはオリヴァーやウィルの身の上についても触れた。

「オリヴァー=バベッジはバベッジ公爵家の嫡男なんだけど、彼は何故か爵位を継ぐことを放棄してアステルダムに入学した。ウィル=ヴィンスはヴィンス公爵家の次男なんだけど、次男といっても実は双子だ。彼らはちょっと特殊なケースだね」

「えっ」

 葵的には色々と驚くところがあったのだが、アルヴァは容喙を許さない調子で言葉を続ける。

「ここにステラ=カーティスという、本来ならばマジスターにもなれないだろう伯爵家の息女が加わる。これほどまでに多彩な顔ぶれは滅多にないよ。構成が面白いと言ったのは、そういうわけだ」

「はあ、なるほど」

 マジスター達の家庭の事情を知ることでアルヴァの意見に何となく納得のいった葵は長かった話の最後に感嘆の息を零した。しかしまだ話は終わっていなかったらしく、紅茶を一口含んだアルヴァはティーカップをソーサーに戻しながらさらに言葉を重ねる。

「じゃあ、ここからが本題だ」

「えっ、まだ続くの?」

「そろそろ、ユアンのことを話しておこうと思ってね」

 わざわざマジスターの実家を巡ったりと、時間をかけて貴族の説明をしてきたのはそのためだったのだと、アルヴァは言う。彼がユアンの素性について触れるのはこれが初めてで、何かとてつもない話を聞かされそうだと直感した葵は緊張を感じながら口火を切った。

「私もずっと疑問には思ってたんだけど、ユアンって何なの?」

「貴族の子だよ。だけど、今まで説明してきたどのタイプにも彼は当てはまらない」

 ユアン=S=フロックハートという少年は次代の王様なのだと、アルヴァは事も無げに付け加えた。いきなり話が大きくなってしまったため、葵はポカンと口を開ける。

「ってことは、今は王子様?」

「いや、王子ではない。ロイヤル・ファミリーと血の繋がりがないからね」

「ええ? どういうこと?」

 次の王様=王子様という図式が頭にあった葵にとって、アルヴァの言葉は非常に難解なものだった。葵が頭を抱えていると、アルヴァは落ち着くように促してから説明を続ける。

「つまりね、ユアンはフェアレディの伴侶なんだよ」

「フェアレディ?」

「ああ……ミヤジマの世界ではそういう呼称ではないのか。この国では王の御息女がフェアレディと呼ばれている」

「つまり、王女様? ユアンって王女様の許婚なの?」

許婚フィアンセというのは両家の親が、子供が小さいうちから結婚の約束をすることを言う。貴族間でよく行われる結婚の形だけど、ユアンはロイヤル・ファミリーに選ばれたわけじゃないから、フィアンセという表現は適当ではないかもしれないね」

「ど、どういうこと?」

 またしても訳が分からなくなってしまった葵は頭を抱えた。王家に選ばれたのでなければ、ユアンは一体誰に選ばれて王女と結婚するというのか。そんな葵の疑問を見透かしたように、アルヴァはすぐ的確な答えをくれた。

「ロイヤル・ファミリーの伴侶は特別な占術せんじゅつによって決定する。今生の王には王子がいらっしゃらないから、ユアンが選ばれたというわけ」

「占い? 魔法とは違うの?」

「魔法の一種だよ。ただ占術は王家の秘術だから、僕も詳しいことは知らないけどね」

「へぇ……。ユアンって、何かすごい人だったんだ」

「ユアン=S=フロックハートの名はフェアレディの伴侶として国中に知れ渡っている。でも顔を知ってるのは、ごく一部の人間だけだ」

 それは王家とフロックハート家が、ユアンを表舞台に立たせるのはまだ早いと判断しているからだ。そのような人物と繋がりがあることを知らずに示唆してしまうのは、自分の首を絞めるだけでなくユアンや彼の家庭教師であるレイチェルにも被害が及ぶ場合がある。だから彼らに関しては特に慎重になって欲しいのだと、アルヴァはそんな言葉で話を締め括った。

(だからレイの名前を出すと怒ったんだ……)

 おそらくアルヴァがユアンやレイチェルの名前を持ち出すときは、それなりに安全だという確証があって話をしていたのだろう。しかし葵にはどういった状態が安全なのか分からないため、不用意に彼らの名前を口にしてしまっていた。それを誡めた時のアルヴァが怒っているように見えたのは、ユアンやレイチェルのことを気遣っていたためだ。試しにレイチェルについて質問をしてみるとアルヴァはすんなりと答えてくれたため、葵はそう確信した。

「アルって実はカワイイのかもね」

 以前にユアンが言っていたことを不意に思い出した葵が何気なく独白を零すと、アルヴァは不可解を通り越して気味が悪そうな様子で眉根を寄せていた。






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