海辺の出会い

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「アル、あの人達フロンティエールの話してるよ。偶然だね」

「え? どのテーブルの方ですか?」

「あそこの、ターバンつけた四人組。これからフロンティエールの港町に荷物を運ぶみたい」

 葵が指し示した方向へさりげなく目を向けたアルヴァは男達の会話に耳を澄ませるために口を閉ざした。彼らはその間もネイズ国とフロンティエールの間に現れるという渦潮の話をしていたが、アルヴァからはいっこうに反応が返ってこない。さすがに間が長すぎると思った葵はターバンの男達から視線を外し、アルヴァを振り向いた。

「アル?」

 男達の方ではなく何故か葵を注視していたアルヴァは、マントの影からガイドブックとは別の本を取り出した。それは海上で筆談をする時に彼が使っていたもので、密談の気配を察した葵はアルヴァの手元を覗き込む。するとそこには、アルヴァからのメッセージが綴られていた。

『彼らが話しているのはネイズ国の公用語じゃない。今はネイズ国の公用語しか翻訳していないから、僕には彼らの会話が分からない』

「……え?」

 船上での三日を文字の勉強に費やしたこともあり、さほど時間を要さずにアルヴァからのメッセージを読み解いた葵は眉根を寄せながら本から目を上げた。葵がメッセージを読み取ったことを確認したアルヴァは開いているページを指でなぞり、さらに文章を付け足していく。

『召喚に使う魔法陣には召喚された者と意思の疎通が出来るようにする呪文が組み込まれている。だからミヤジマはわざわざ翻訳の魔法を使わなくても、この世界の誰とでも普通に会話が出来るんだ』

 以前にもそのような話を聞いた覚えのあった葵は、アルヴァからのメッセージに納得して頷いた。便利だと思ったのは葵だけではないようで、本を閉ざしたアルヴァもニヤリと笑む。

「ミヤジマ、交渉してきて下さい」

「ええ? 私が?」

「労せずに目的を達することの出来る、またとないチャンスです。頼みましたよ」

 半ば強引にアルヴァに追い立てられた葵は仕方なく、上機嫌に雑談しているターバンの男達のテーブルへと向かった。






 ネイズの港町で出会ったターバンの男達はファスト大陸の者ではなく、南海に浮かぶ群島諸国の商人だった。群島の名産品である黒砂糖を売買している彼らはフロンティエールだけでなく、ファスト大陸の様々な国と交易しているらしい。ネイズへ立ち寄ったのも交易のためで、これからフロンティエールへ向かうのだという男達の船に、葵とアルヴァはちゃっかり乗船していた。

「いい人達で良かったね」

 交渉にあたった葵が笑顔で振り向いたので、ゼロ大陸とファスト大陸を結ぶ客船よりも乗船料をせしめられたアルヴァは小さく肩を竦めて見せた。しかしこれで、労せずにフロンティエール入りすることが出来る。徒歩で赴かなければならない労力を考えれば安いものだったかと思い直したアルヴァは、葵に話を合わせることにした。

「フロンティエールという国について、彼らは何と言っていましたか?」

 群島諸国で使われている言語はガイドブックに載っていないため、アルヴァには商人達の言葉が分からない。そのため彼は言葉の通じる葵に少しフロンティエールのことを探ってくるように指令を出していたのだった。もう話は聞いてきた後のようで、葵はすんなりと答えを口にする。

「アルはフロンティエールが閉ざされた国だって言ってたけど、別にそういう所じゃないんだって。誰も行きたがらないだけだって、あの人達が言ってた」

 この時点では、葵の言っていることの意味をアルヴァは掴みかねていた。彼が本当の意味で商人達の意見を理解したのは、半日足らずの航海を終えてフロンティエールの土を踏んだ瞬間だった。

 タラップを降りて大地に足を着いた時、アルヴァは言い様のない違和感が体を突き抜けていったような奇妙な感覚を味わった。それは様々な体験をしてきているアルヴァでも初めて経験する感覚で、とにかく何かが起きたらしいというくらいしか情報を得られなかったアルヴァは、困惑しながら自身の変化を探してみる。試しに腕を持ち上げてみると異変の正体がはっきりと見えて、アルヴァは瞠目した。

「これは……」

「何? どうしたの?」

 何事もなかったかのように平然としている葵が小首を傾げながら問いかけてくる。彼女がケロッとしているのは、葵の身には変化が起こっていないからだ。それは彼女が、魔法を使えない召喚獣だということに由来していた。

 自身の変化に焦ったアルヴァは脇目も振らず、荷を降ろしている最中の商船に飛び乗った。そこで改めて腕を持ち上げて見ると魔力の輝きが戻って来ていたので、試しに魔法を使ってみる。魔力を失ったわけではなく、封じられただけであることを確認してから、アルヴァは浜で怪訝そうな表情をしている葵の元へと戻った。

「何がどうしたの?」

「魔法が使えません」

「? フロンティエールってそういう国なんじゃなかったっけ?」

「ミヤジマは初めからそう思っていたのですね。僕は、フロンティエールという国は魔法が使えない人々がいる・・・・・・・・・・・・国なのだと思っていました」

 魔法を使えない場所と、魔法を使えない人々が暮らす国とでは、認識に大きな違いがある。魔法は文化なので地域によって発展に差があるが、この世界で生を受けた者は誰でも使うことが出来るはずのものなのである。特定の精霊がいない土地ではその類の魔法が使えないといった事例はあるが、個人が有している魔力そのものが封じられてしまう場所など聞いたことがない。それがフロンティエールという国を孤立させている原因なのだと悟ったアルヴァは、これまで感じていた様々な違和感に納得のいく答えを見つけた。

(閉ざされた国とは、そういうことだったのか)

 魔力の強弱によって国内の力関係が決しているゼロ大陸では、魔法が盛んではない国との交流は基本的に持たれていない。ファスト大陸の国々にしてもガイドブックすら使えないのでは、フロンティエールとは交流の仕様がないだろう。そうした理由から、フロンティエールは望むと望まないとに関わらず孤立してしまっているのだ。

(この国には何かがありそうだ)

 葵のための旅だったはずが思わぬ謎に直面し、アルヴァは本来の目的を忘れかけた。しかし葵が話しかけてきたため、我に返って彼女の方を振り返る。

「それって、そんなに重要なことなの?」

 あっさりとそう言ってのけた葵は、もともとは魔法の存在しない別の世界で暮らしていた。その彼女にとっては『魔法が使えない』というのは大した問題ではないようだが、アルヴァにとっては大問題だった。

「ミヤジマ、料理は作れますか?」

「は? 何、いきなり?」

「ちなみに僕は作れません。食事も提供していただける宿を探しましょう。それと、ミヤジマには通訳をお願いしなければなりませんね」

「ああ……そっか」

 葵が状況を理解したようだったのでアルヴァは何もない海辺を離れるべく、陸地へ向かって歩き出した。

「しかし、なんだって彼らはこんな何もない場所で荷物を下ろしてるんだ?」

「あれ? 口調が元に戻った」

「翻訳の魔法も使えないんじゃ、僕の言葉を理解出来るのはミヤジマくらいだろう? だったらこっちで話していても問題ないからね」

「ああ、それでネコかぶるのやめたんだ?」

 納得して頷いた後、葵はアルヴァが零した独白について答えを口にした。

「この浜辺に置いておけば取りに来るんだって」

「よく知ってるね」

「さっき船乗りさんに聞いた。その人に一緒に連れて行ってもらう?」

「ああ、それがいい」

 フロンティエールはアルヴァでさえも初めて訪れた場所のうえ、地図もない。葵がいるので言葉には不自由しないが、地元の人間と遭遇する前に迷子にでもなったら事だ。そう判断したアルヴァは葵の意見に同意を示すと、日陰になっている岩場に腰を落ち着けた。






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