ガチでいこう

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 ユアンが使用している部屋にレイチェルが率いる警察チームが戻って来ると、フロンティエールの王宮を舞台にしたドロケイが始まった。泥棒チームに逃げる時間を与えるため、警察チームは百を数え終えてから彼らを追うことになっている。一人の侍従が刻々とカウントを続ける中、警察チームのリーダーであるレイチェルは部下達に最終的な作戦を伝えていた。

「逃げている者達はここが牢であるということを知りませんが、万が一の事態に備えてわたくしがこの部屋に残ります。逃げている者を捕らえた時や指示を仰ぎたい時などは、この部屋へ戻って来てください」

 フロンティエールの侍従達から「はーい」という揃った声が上がる。警察チームが即席にしては異様なほど団結しているのは、先程レイチェルが指導力を示したからだった。

 ゲームが始まる前、レイチェルは牢屋とする場所の下見をすると言って、自軍のメンバーだけを連れて部屋を出た。実はそこから闘いは始まっていて、レイチェルが自軍を連れ出した本当の目的は人海戦術のための割り振りをすることだったのだ。いつから王宮に滞在しているのかは分からないが彼女の頭では王宮内の地図が完成しているらしく、レイチェルは王宮を区画整理し、各エリアごとに人員を配置した。初めてやるはずのゲームの本質を神業的な速さで理解し、仲間に的確な指示を与えることが出来る。フロンティエールの侍従達はレイチェルのそうした手腕を評価したらしく、まるで王族の命令を聞くかのように自然と従順になっていた。

「それぞれが受け持つ場所は、さきほど確認しましたね。逃亡者を発見したら仲間を呼んでください。一人でやるのではなく、全員でやれば必ず勝てます」

 百をカウントしている者までがレイチェルの激励に耳を傾け、頷いている。こういった場面で見せるレイチェルの統率力はさすがだ。学生時代を彷彿とさせる眺めに若干苦い気持ちになりながら、アルヴァは周囲で飛び交っている理解不能な言葉を聞き流していた。

「アルヴァ」

 レイチェルが不意にこちらを向いたので、侍従達から少し離れた場所で腕組みをしていたアルヴァは姿勢を正した。

「はい」

「あなたは自由に動いてください」

「分かりました」

 アルヴァは侍従達とコミュニケーションがとれないため、共同作戦は難しい。こうなったら個人で活躍することによって汚名を雪ぐしかなく、アルヴァは力みすぎない程度に返事に気迫をこめた。

 カウントダウンがゼロに近付くにつれ、室内は何故か静まり返っていった。たかがゲームの開始とは思えない緊張感の中、室内にいる者は誰もがカウントゼロを待ち侘びている。やがて、百を数えていた侍従の口からゼロが宣告された。その一瞬の後、指揮官のレイチェルが口火を切る。

「さあ、行きましょう」

 ゲーム、開始。






 ユアンが使用している部屋を一斉に後にした泥棒チームは、さらに二・三人のグループに分かれて王宮内に散って行った。葵はユアンとペアになり、身を潜ませる場所を探している。ゲームに参加していない侍従達は王宮内で普通に働いているため、妙な出で立ちをしてコソコソしている葵達は思いのほか注目を集めてしまっていた。

「これだけ注目されちゃうとまずいね。早く隠れる場所を見つけよう」

 ユアンも同じことを考えていたようで、彼の足取りが自然と早くなる。葵はユアンの後に続く形で王宮内を歩いていたのだが、そのうちに穏やかな空気を引き裂くような鋭い異音が響き渡った。

「な、何? 何の音?」

「あれは笛の音だね」

 突然の出来事に狼狽している葵に冷静な答えを返した後、ユアンは不意に彼女の手を引いて近くにあった部屋の中へ駆け込んだ。間もなく、バタバタと廊下を走る音が近付いて来て、そのまま通り過ぎて行く。足音が遠ざかってからこっそり廊下を覗いてみると、青い布を頭に巻いた侍従らしき人物の背が遠くに窺えた。

「誰か見つかったみたいだね」

「えっ、もう?」

「たぶん。あの笛の音は逃亡者を発見した合図みたいだ。仲間を集めて、確実に潰しにかかろうとしてる」

 時計がないので正確なところは分からないが、おそらくはゲーム開始直後に起こったであろう出来事に葵は戦慄を覚えた。なんと見事なチームプレイだろう。この作戦を考え出し、それを指揮しているのは、レイチェルかアルヴァに違いない。

「このゲーム、すごいね」

 葵は初めてやるはずのゲームに驚くほど順応しているレイチェルやアルヴァを凄いと感じていたのだが、ユアンが零した呟きは葵の考えとはズレのあるものだった。どういう意味かと思った葵は首を傾げてユアンを見る。壁に背を預けてその場に座り込んだユアンは、部屋の奥に見えるフロンティエールの景観を指差して言葉を次いだ。

「あそこに水路を隔てて通路が見えるでしょ? 例えば今、あの通路に青チームの誰かが現れて僕達を見つけたとする。でも水路があるから、迂回しないとこの部屋へは辿り着けない。そして僕達は、その間に逃げることが出来る」

 ユアンが言いたいのはどうやら、縦横無尽に水路が巡らされているフロンティエールの構造が、ゲームをより複雑で高度なものにしているのだということのようだった。かくれんぼであれば見付かった時点で終わりだが、鬼ごっこの一種であるドロケイは発見されても逃げ切ればゲームを続けられるという特徴がある。ジノクと遊ぶにあたってドロケイを選んだのは単なる思い付きだったのだが、言われてみれば確かに、フロンティエールの構造はドロケイの舞台としては最適のように思われた。

「偶然ってすごい……」

「偶然も必然の一部だよ。ところでアオイ、このゲームってやっぱり異世界の遊びなの?」

「うん。子供の頃によくやってた遊びなんだ」

 まだ男女の垣根が低かった小学生の頃、葵は友人の弥也ややという少女に誘われて、よくこの遊びをやっていた。弥也は昔から空手をやっているスポーツが好きな少女で、ドロケイだけでなく屋外の遊びなら何でも好きだった。最近はめっきり運動をしなくなったが、葵も体を動かすのが嫌いではない。そのため子供の頃は、日が暮れるまで夢中になって遊んでいた。

(懐かしいな……)

 ふとしたキッカケで郷愁に浸ってしまった葵は、ユアンが言葉を重ねたことで我に返った。

「このゲーム、アオイが考えた遊びってことにしておきなよ」

「ん?」

「アオイは、僕達には想像もつかないようなことをたくさん知ってる。それを『どうして?』とか『どこで覚えたの?』とかって言われた時は、全部自分で考えたことにしちゃうといいよ。どうせ本当かどうかなんて分からないんだから、堂々とつく嘘なら怪しまれない」

「あ、うん……」

 急に現実に引き戻されたと感じた葵はユアンの提案に曖昧な返事をすることしか出来なかった。雑談をしつつもゲームに集中しているユアンは真剣そのもので、彼の幼い横顔に平素の笑みは浮かんでいない。まるで別人と話をしているようだと思った葵はユアンの顔をまじまじと見つめてしまった。

「どうしたの?」

「あ、ううん、何でもない」

 ユアンから視線を逸らした葵は顔を傾けた先で、今まさに警察に捕まろうとしているチームメートの姿を発見してしまった。場所は先程ユアンが例え話に使った水路の向こう側で、泥棒を追いつめている警察はアルヴァだ。

「ユアン、アルがいる」

 葵がガラス戸の向こうを指し示すと、ユアンも緊張を漲らせながらそちらに視線を傾けた。かなり距離があるので声などは聞こえないが、アルヴァは侍従の少女に何かを語りかけながらジリジリと距離を詰めているようだ。逃げる側の高度なテクニックとして、警察に触られないよう脇をすり抜けるというものがある。どうやら少女はそれをしようとしたらしいのだが、アルヴァにあっさりと体に触れられてしまった。その瞬間、少女がアルヴァに向かって倒れこむ。特にアルヴァが引き寄せたようには見えなかったが、少女の体はとっさに彼女を支えようとしたアルヴァの腕の中にすっぽりと納まった。

「今……自分から抱きついた?」

「アルってばモテモテだね」

 呆気に取られた葵からも、くすくすと笑うユアンからも、緊張感は失われている。だが、少女に抱きつかれたアルヴァが逃げ道を求めるように視線を泳がせたことで、こちらの存在に気付かれてしまった。葵より早く行動を起こしたユアンは「行こう」と言い置いて立ち上がる。間に水路があるのでそう簡単には追いつかれなさそうだったが、葵も無言でユアンの後に従った。






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