ガチでいこう

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 レイチェルが発案した人海戦術はうまい具合に機能し、牢屋として定められた部屋には、すでに四人の逃亡者が集合していた。捕らわれているのはフロンティエールの侍従ばかりで、ユアンや葵の姿はそこにない。

「あとはアオイとユアン様、それにジノク王子ですね」

 逃げ方がうまいのか、それとも隠れ方が巧みなのか。間もなくタイムリミットの昼食になるというのに、この三人だけがまだ捕まっていなかった。人海戦術で一通りの捜索を終えてしまったため、レイチェルは作戦を立て直すためにチーム全員を招集している。そこで全員の顔を見回した後、彼女はまず葵とユアンへの対策を部下に伝えた。

「すでに一度、アルヴァがD区画でユアン様とアオイに遭遇しています。移動のために身を晒すことは発見の危険性を高めますので、おそらくはまだD区画のどこかに潜んでいると思われます。よって、D区画に四名を派遣します。徹底的に洗ってください」

 レイチェルが口にしたD区画とは、独自に区画整理した王宮の東に位置するエリアのことだ。チームメートの侍従には丁寧な説明を加えた後、レイチェルは簡略にアルヴァにも同じ内容を伝える。アルヴァは少ない言葉でもレイチェルの意図を理解出来るため、納得した彼は姉に深く頷いて見せた。

「王子はどうしますか?」

「それは残る二名にお任せしようと思います。わたくしはジノク王子の行動パターンを把握しきれていませんので、指示は出さずに探していただいた方が良いでしょう」

 王子の性質を熟知している侍従達に、心当たりを洗ってもらう。ならば自分はD区画の捜索だなと、役割を確認したアルヴァはそこで口をつぐんだ。アルヴァに話したのと同じことを今度は侍従達に伝え、それから改めてレイチェルは檄を飛ばした。

「間もなくゲーム終了となりますが、絶対に捕まえましょう」

 警察チームの心は最初から一つにまとまっていて、指揮官の鼓舞に息の合った鬨の声が応えた。






 警察チームが作戦会議で話し合っていたように葵とユアンは未だ、最初に身を潜ませた王宮の東のエリアに隠れていた。これは下手に動くと見付かってしまうというユアンの意見に基づいたもので、ヒヤリとする場面は何度かあったものの、まだ見付かってはいない。しかし先程から、やけに周囲が慌しくなってきていた。それはどうも、もうすぐ昼食だからという理由だけではなさそうだ。

「行った?」

 葵が小声で尋ねると、小窓から外の様子を窺っていたユアンが体を戻しながら頷いた。葵とユアンは外から姿が見えないよう、壁に背中を押し当てて座り込んでいる。先程から鬼の動きが活発になっているのだが、どうやら今回も発見されずに済んだようだった。

「みんな大丈夫かなぁ?」

 これだけ鬼の動きが激しいと仲間のことが心配になる。しかしそんな葵の思いとは裏腹にユアンはあっさりと、自分達を除く全員は捕まっただろうと断言した。

「僕達のところに追跡者が集中してるのは他の全員がもう捕まっていて、僕達に狙いを絞ってきてるからだよ」

「そ、そうなの?」

「レイに考え、読まれちゃったかな」

 悔しそうに独白を零したユアンが言うには、アルヴァに発見された場所からあまり動いていないのはレイチェルの裏をかいたつもりだったらしい。しかしレイチェルは、正攻法で攻めてきた。これは裏の裏をかかれたことになるらしく、ユアンにとってはそれが悔しかったようだ。

「もうすぐ昼食だって言ってたよね?」

 ふと真顔に戻ったユアンが尋ねてきたので、葵は王宮の厨房で交わした会話を思い出しながら頷いた。昼食の支度をしている場所に確認に行ったところ、確かにもうじき出来上がるのだと言っていた。昼食の準備が整うということはゲームの終了を意味していて、だからユアンは再確認したのだろう。葵は単純にそう思っただけだったのだが、彼はまたとんでもないことを言い出した。

「仲間を助けに行こう」

「えっ、今から?」

「今だから行くんだよ。このままここに隠れていても見付かる可能性が高いし、うまく仲間を助けられれば相手の士気が下がるから」

「士気って……」

 もはや、単なるゲームの域を超えてきていないだろうか。葵がぼんやりそんなことを考えていると、ユアンはすくっと立ち上がった。

「アオイはここにいてもいいよ。一緒に動くと危ないかもしれないし」

「わ、私も行く!」

 ユアンが囮になろうとしてくれているのではと察した葵は勢い込んで立ち上がった。自分より五つも年下の子供に、そんな真似はさせられない。葵がそう言うとユアンは目をぱちくりさせていたが、やがて柔らかく微笑みを浮かべた。

「ありがと、アオイ」

 囮作戦を彼が本当に考えていたかどうかは、分からない。ただ、素直に笑うユアンが殊のほか可愛くて、葵は思わずキュンとしてしまった。

「よし、やるんだったら成功させよう」

「うん。行くよ?」

 お互いに笑みを消して頷き合ったのち、葵とユアンは一時の隠れ家を後にした。周りに鬼がいないかどうか探りながら移動する中で、ふと根本的なことを疑問に思った葵は小声でユアンに話しかける。

「ね、牢屋の場所がどこかっていうのは分かってるの?」

「たぶん、僕が使ってる部屋だよ」

「っていうと、私達が最初にいた部屋?」

「王宮って幾つかの建物を水路と歩道で結んでるでしょ? 僕が使わせてもらってた部屋は少し離れた場所にあるし、歩道は一本しかない。侵入者があればすぐに分かるから、牢屋にするには最適な場所だよね」

「へぇ……」

 ユアンやレイチェルはそんなことまで考えながらゲームをしているのかと、葵はただただ感心してしまった。しかし、そんな堅固な場所から仲間を助け出すことなど本当に出来るのだろうか。葵がそうした不安を口にするとユアンはニヤリと笑い、その点は任せてほしいと豪語した。

「何か、考えがあるんだね?」

「うん。アオイにも頑張ってもらわなきゃ」

 どうやら、何かを期待されているらしい。それが何なのかは教えてもらえなかったが、やる気になっている葵は密かに頑張ろうと誓った。葵とユアンが束の間の平穏に身を置いていたのはそこまでで、突然、前方で笛の音が鳴り響く。

「見付かった!?」

「アオイ、こっち!」

 逃亡者発見を仲間に知らせる警察チームの合図に軽いパニックを起こした葵を引きずって、ユアンは柱の影に身を隠した。落ち着いてよくよく周囲を見てみれば、自分達の他に人影はない。だが鳴り響く笛の音は、確実にこちらへと近付いて来ていた。

(あっ……!)

 身を潜めてしばらくすると、黒髪の少年が葵達の脇を駆け抜けて行った。ジノクだ。しかも彼は警察チームに追われている。

「今のうちに行こう」

 ジノクに続いて警察チームが駆け抜けて行った後、ユアンが耳元でぼそりと呟いた。それはジノクを見殺しにする提案で、微かな反発を覚えた葵は眉根を寄せる。葵の表情から胸中を察したらしいユアンは彼女の頭を宥めるようにポンポンと叩き、それから指で進行方向を示した。

(仕方ない、か……)

 ジノクを追いかけている警察チームは四人もいた。助けになど行ったりすれば、おそらく自分達も捕まってしまうだろう。そうなればゲームは終了となり、葵達の負けとなる。それよりはユアンの意見に従った方が合理的だと、そう自分を納得させつつもジノクが気になった葵は背後を振り返った。そして目にした光景に、瞠目する。

「ユ、ユアン! アルが来た!」

「ええっ!?」

 前を向いていたユアンも慌てて振り返り、葵と同じものを目にすると全速力で走り出した。葵もすぐに逃げ出したのだが、彼女達が発見する前からアルヴァは加速している。引きこもりの研究人にしては意外と足が速く、アルヴァはぐんぐん距離を詰めてきた。

「っ! アオイ、先行って!」

 このままでは追いつかれると悟ったのか、並走するユアンが突然声を荒らげた。一人で逃げるなんて出来ないと言おうと思ったのだが、息が切れていて言葉にならない。そんな葵を励ますように軽く背中に触れた後、急に足を止めたユアンはその場で方向転換をした。

「逃げて!」

 背中から、ユアンの悲壮な叫びが聞こえてくる。立ち止まることを許されなかった葵は覚悟を決めて、一人で王宮の廊下を疾走した。






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