幽閉の君

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「ジノク王子のお心は、今はあなたにあるのです。そのような状況で、わたくしの想いなど告げられるわけがないでしょう」

 確かに、告白する前から失恋が確定しているのではどうしようもない。葵も似たような状況に陥ったことがあるだけに、リンの抱えている苦しさが他人事とは思えなかった。

「リンさん、けっこう前から王子のこと好きなんでしょ? 私がこの国に来る前に、そう思ったこととかなかったの?」

「十二歳の時に王宮へ上がってから十年、わたくしはずっとジノク王子をお慕いしています。けれどあの方は、わたくしより七つも年下。ましてやこの国の王子なのです。言えるはずがないわ!」

 恥ずかしさにか、それとも長年胸に秘めてきた苦しみが爆発してしまったのか、リンは両手で顔を覆ってしまった。リンの発言に少し気になったことがあった葵は空を仰いで考えを巡らせる。

(十二歳から十年ってことは、リンさんが今二十二歳。その七つ下ってことは……王子は十五歳? 年下!?)

 頭の中で計算をしていた葵は新たな事実に愕然としてしまった。葵はジノクのことを、同い年か少し年上だとばかり思っていたのだ。しかし思い返してみれば、あの無鉄砲さは確かに若さの成せる業かもしれない。もちろん若さだけで片付けられる暴走ぶりではないのだが、納得できる部分はあった。

(でも、十年って……)

 ひとまずジノクのことは忘れてリンのことに意識を戻した葵は、その想いの丈に改めて驚いてしまった。十年も一人の男を思い続けるのは、一夫多妻が当たり前であるフロンティエールにおいては異質としか言い様がないだろう。さらにリンとジノクには七つもの歳の差がある。これでは彼女が思いつめても仕方がないと思った葵は、リンの肩にそっと手を置いた。

「少し、私の話を聞いてくれる?」

 葵が優しく語りかけるとリンは眉根を寄せたが、拒絶することはしなかった。リンを促して並んでベッドに腰かけた葵は、口調に少し苦さを含ませながら過去を告白する。

「私もね、好きな人がいたんだ。でもその人は別の女の子のことが好きで、その子以外は見てなかった」

「それでは、まるで……」

「うん、リンさんと同じ。望みがないって分かってても、やっぱり好きだった。リンさんもそうなんでしょ?」

 コクリと頷いたリンは、そのまま面を伏せてしまった。膝の上に置かれた彼女の手が、微かに震えている。葵はリンの手に自らの手を重ね、過去に思いを馳せながら言葉を続けた。

「私の好きだった人はね、ずっと思い続けてた女の子と両想いになって、遠くへ行っちゃった。その人のことすごく好きだったから苦しかったけど、でも、好きになったこと後悔なんてしてないよ」

「あなたは、その人に自分の想いを伝えたのですか?」

「ううん、言わなかった」

「拒絶されるのが怖かったからですか?」

「うーん、今思うとそれもあったのかもしれないね。でも一番の理由は、好きだった人が好きな女の子とも友達だったからかな」

「そんなの、理由になっていません。本当に好きなら奪ってやればよかったじゃないですか」

「うん……そうだね。でも私は、その女の子のこともすごく好きだったから。彼に辛い顔されるくらいなら、その女の子と幸せになって欲しいって、思っちゃったんだよねぇ」

 自己満足だと、リンは震える声で厳しいことを言う。それは本音ではあるのかもしれないが、リンが葵の気持ちを汲んでいないというわけでもない。本当に王子のことが好きなんだなと改めて実感した葵は笑みを浮かべながら言葉を重ねた。

「だったら、私から王子を奪ってよ」

 それまで目を伏せて話をしていたリンが、がばっと顔を上げた。射るような鋭い目を向けられても怯むことなく、葵は笑みを残したまま言葉を紡ぐ。

「私は、王子とは結婚しない。でもリンさんが王子に気持ちを伝えない限り、また同じことが起こるよ?」

 自分から動かなければ、何も変わらない。葵がそう言いたかったことは伝わったようで、リンはまた目を伏せてしまった。

「私は自分の気持ちを言えなかったけど、それでよかったとも思ってる。でも、リンさんは? このままで、本当にいいの?」

 もう口は開かずに、リンは立ち上がる。彼女はそのまま部屋を出て行ってしまったが、葵はリンの背中に向かって打算ではなく純心から「頑張って」と呟いた。






 葵が幽閉されて四日が経った日の夜、アルヴァ・ユアン・レイチェルの三人は王族も交えた食事の席で明日に結婚式が行われることを告げられた。ジノクがこの話を持ち出した当初は戸惑っていた国王も息子に説得されたらしく、今ではすっかりこの結婚に乗り気だ。結局のところ様子を見ても事態は何一つ変わらなかったため、アルヴァとレイチェルは王宮内でユアンに与えられている客間に戻るなり、彼に決断を促した。

「仕方がないね。捕らわれの姫君を奪還しよう」

 ため息まじりに下されたユアンの決断は、彼の身分を明かさずに事を進めるというものだった。そこでノックの音がしたので、アルヴァがその対応へと向かう。扉を開いてみると、そこにいたのは侍従長のリンという女性だった。

「どうぞ」

 いいタイミングでリンが来たと思いながら、アルヴァは体を退けて彼女に道を譲る。アルヴァに一礼してから室内に進入したリンは、扉が閉まるとまず葵の様子から口にした。

「お食事も取られていますし、衰弱したような様子は見られません」

「そっか。それは良かった」

 ホッとした様子で息を吐くと、ユアンは先程アルヴァとレイチェルに伝えた内容をリンにも明かした。葵を奪還するのだと聞いて、リンは驚きに目を丸くしている。

「塔の様子を詳しく教えてくれる?」

 ユアンが冷静に話を進めると、リンはハッとしたような表情をしてから無表情に戻った。我に返った彼女は全員を机の近くに集め、紙に絵図を描きながら説明を始める。

「この塔はフロンティエールで一番の高さを誇る建物です」

 葵はその塔の最上階に閉じ込められていて、塔がある場所には十名の見張りが常駐しているらしい。そのうち警邏に当たっているのは三人で、後の七名は塔の出入口付近を重点的に警戒している。二階から上へ行けるのは王子から世話役を命じられたリンのみで、例え葵の連れであろうと、王子の許可なしに見張りが通してくれるとは思えない。そこまで語ったところでリンが口をつぐんだので、誰かに何かを言われる前に、アルヴァは率先して口火を切った。

「僕がやります。姉さんとユアン様は明朝、国王に出立することを告げてから王宮を後にしてください」

「でも、アル。一人で大丈夫?」

「問題ありません。ユアン様、彼女にミヤジマが閉じ込められている部屋の詳細と、塔の周囲の地形を図にしてもらいたいとお伝え願えますか?」

 ユアンがアルヴァの言葉を通訳すると、リンはすぐに葵が閉じ込められている部屋の様子を図に表した。窓があることに着目したアルヴァはそこから人間が出られるのかと尋ね、さらには何点かリンに質問をしてから改めて言葉を紡ぐ。

「この窓からミヤジマを連れて脱出します」

「窓からって……魔法も使えないのに、どうやって?」

「ロープで下りるしかありませんね」

「ええっ!?」

「出来ないことはないと思います」

 やったことがないので本当に成功するかどうかは分からないが、アルヴァはハッタリで言い切った。他に脱出路がないかぎりは仕方がないと割り切っているアルヴァはまだ驚いているユアンを捨て置き、早々に話を進める。

「そのためには警邏の目を別の場所に向けておく必要があります。その役目を彼女にお願いしたいのですが」

 レイチェルに向かって言うと、彼女はすぐアルヴァの言葉をリンに通訳してくれた。レイチェルから話を聞いて目を剥いたリンは自分が積極的な共犯者になることを恐れているようだったが、逡巡の末に頷いて見せる。それで腹を決めたらしいリンが何でも協力すると言ってきたので、アルヴァはこれ幸いと言葉を重ねた。

「塔から脱出した後は北にある森に向かいます。幸いなことに塔がある場所がかなり国境寄りですので、この森を抜ければ隣国のネイズに出られるでしょう」

 フロンティエールという国を形成している魔法陣から抜けてさえしまえば魔法が使えるので、後は何とでもなる。問題は塔からの脱出と、その後に待ち構えている森の移動だ。隣国に出られるまでにどれくらいの日数がかかるか分からなかったため、アルヴァはリンに少し多めの食料を用意してくれるよう指示を出した。アルヴァの指示には頷いたものの、リンは「ですが……」と口を挟んでくる。

「男性の方は面会の許可が下りないと思いますが」

 リンはおそらく、レイチェルがアルヴァの役割を担えばいいことだと思って言ったのだろう。しかしアルヴァがレイチェルを振り向いたのには別の理由があり、弟の意を正しく汲み取ったレイチェルはまとめあげていた髪を下ろすと、それを首の後ろで一括りにする。空いている片手で果物篭からナイフを抜き取ったレイチェルは、片手で器用に鞘を払うと自身の髪を惜しげもなく切り落とした。






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