帰路

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「それで、元精霊王と出会ったことと、ミヤジマの体に起きている変化にはどういった関連性があるんだ?」

 頭を整理する時間を置いた後でアルヴァが再び口火を切ったため、会話が途切れた間にぼんやりと色々なことを考えていた葵は我に返った。

「それは、そのカエルのおじーさんに魔法を使えるようにしてもらったからだよ」

「魔法を使えるようにって、どうやって?」

「どうって……」

 元精霊王が額に触れた時の不思議な感覚は、とても言葉で言い表せるようなものではない。何とか説明をしようと試みた葵の言葉は、そのどれもが抽象的すぎて、やがてアルヴァに発言を制されてしまった。

「さっぱり分からない」

「そんなこと言われたって、あれを言葉で説明するのは無理だよ」

「もういいよ。僕の方から質問するから、ミヤジマはそれに答えてくれればいい」

 アルヴァはそう言い置くと、葵が元精霊王に魔法を使えるようにしてもらった時の状況を事細かに尋ねてきた。葵が素直に答えていくと、やがてある質問に答えたところでアルヴァが不意に眉根を寄せる。

「人王と精霊の力があればとは、どういう意味だ?」

「私を召喚した時にユアンが魔法に失敗したの。おじーさんが言うには、その時に使った魔力の一部が私の中に今も残ってるんだって」

「待って、ミヤジマ。一つ、はっきりさせておきたいことがある」

「うん?」

「人王とは、誰のことだ?」

「え? ユアンでしょ?」

 葵は当然知っているものだとして話を進めてきたのだが、アルヴァはこちらが驚いてしまうほどに目を剥き、絶句してしまった。そこで初めてアルヴァが人王のことを知らなかったのだと知った葵も瞬きを繰り返す。

「あ……知らなかった、んだ……」

 アルヴァの驚き方から察するに、人王という存在には口外してはならない事情があるのかもしれない。しかし元精霊王にしてもそうだが、特に口止めらしきものをされた覚えもない。本当のところはどうなのだろうと思い、葵はアルヴァの顔色を窺った。だがショックが大きかったようで、アルヴァはまだ放心している。

「アル? 大丈夫?」

「……驚いた」

 まだ表情は凍り付いていたものの、アルヴァから返事が返ってきたので葵はホッとした。

「このこと、やっぱり黙ってた方がいいんだよね?」

「そうだね。ユアンがどういうつもりでいるのか知らないけど、公にはしない方がいいことだと思う」

「分かった。喋らないよ」

 葵はもともと、口にする内容にアルヴァからかなりの規制をかけられている。ユアンとレイチェルについては特に慎重に扱えと常日頃から言われているため、今さら彼らの秘密を新たに知ってしまったところでどうということもないのだ。それでも念のためアルヴァに確認をしたのは、葵なりの気遣いだった。アルヴァもそれを察したのか、満足げな笑みを浮かべて見せる。しかしその微笑みもすぐに消え、真顔に戻ったアルヴァは葵を凝視してきた。

「な、何?」

「……見えないな」

 近眼の者がするように目を細めて葵を見ていたアルヴァは、独白を零すと息を吐いた。何が見えないのかと問えば、葵の中に残っているユアンの魔力を見ようとしたのだという。だが元精霊王が言っていたように、やはり人間には見えないらしい。

「厄介だな」

「何が?」

「そのユアンの魔力と、元精霊王の力だよ」

 葵が自力で魔法を使えるようになるということはアルヴァの仕事が減るということでもあり、てっきり喜ばれるかと思っていた葵はアルヴァの不思議な反応に首を傾げた。葵の考えを読み取ったのか、アルヴァは一つ息を吐いてから言葉を重ねる。

「ミヤジマはすでにフロンティエールからの留学生ということになっている。今まで魔法を使えないことが容認されていたのが、急に使えるようになっていたら変に思われるだろう?」

 特にマジスターあたりがやかましそうだとアルヴァが言うので、久しぶりにマジスターの顔を思い浮かべた葵は同意を示すために深く頷いてみせた。しかしふと、アルヴァの発言が妙なことにも気が付いて眉根を寄せる。

「でもさ、アル。私、編入したての頃は何気に魔法使ってたよ?」

 近頃はめっきり使用頻度が減ったが、葵にも魔法を使おうと思えば使える手段はあったのだ。まだフロンティエールからの留学生という立場が確立していない頃は、魔法を使えるように見せかけるためにわざとアルヴァの魔力を身に纏わせていたりもした。そんな小細工をしていたせいで、逆にマジスターから質問攻めにされた経験もある。葵がその話をしているあいだ空を仰いでいたアルヴァは、話が終わるとすぐに「ああ……」と独白を零した。

「じゃあ今度は、ただの指輪リングで他人の魔力を借りているように偽装しよう。誰かに何かを問われたら、それは自分の力じゃないということを強調するように」

「分かった」

「魔法が使えるようになってから、実際にはまだ試してないんだよね?」

「うん」

「ゼロ大陸に戻ったら試してみよう」

 それで話はまとまったかのように思われたのだが、アルヴァがふと、何かを思い出したような様子で口元に手をあてた。

「ミヤジマ、クラス対抗戦の時のことを覚えているか?」

 クラス対抗戦とは、伽羅茶きゃらちゃの月の中頃にトリニスタン魔法学園で行われた女の闘いのことである。非公式のこのイベントを葵はアルヴァと共に観戦していたのだが、それでも彼が何を言いたいのか分からなかった。葵が首を傾げていると、アルヴァが再び口を開く。

「保健室の窓から飛び出した後、魔法を使うでもなく人間離れした跳躍をしただろう。覚えてないのか?」

「あの時は……必死だったから」

「そうか。詳細はともかく、ミヤジマには以前からそういったことがあったから不思議に思っていたんだ」

「そういうことって?」

「魔法を使っているわけでもないのに人間離れした動きをしたり、僕が召喚されたなんてこともあったな」

「私、そんなことしたの?」

「ああ。ロバートとそうじゃないのかという話はしていたんだけど、ユアンが実は人王で、その彼の魔力が体内に残っているとなれば、あながち的外れな推理でもなかったようだ」

 饒舌になったアルヴァが口にしたロバートという人物に、心が拒絶を示した葵は顔を歪めた。アルヴァも葵の渋面を見て口を滑らせたことに気がついたようで、ハッとした様子で閉口する。

 ロバート=エーメリーという人物はトリニスタン魔法学園アステルダム分校の若き理事長で、アルヴァとは旧知の仲である。その彼に、葵は操を狙われていたのだ。そしてその計画にはアルヴァ自身も加担していて、この一件は葵とアルヴァの間に禍根を残していた。そのため気まずい沈黙が、流れる。

「……そろそろ魔力の囲いを解きたいんだけど、何か聞いておきたいことはある?」

 沈黙の後にアルヴァが口火を切ったので、葵は首を横に振ろうとした。しかし肝心なことをまだ聞いていないことに気がつき、魔力を引っ込めかけたアルヴァを慌てて制する。

「バラージュって人のこと教えて」

 これは葵が召喚獣と呼ばれる存在であることに絡む話なので、アルヴァは体に戻しかけていた魔力を再び周囲に展開させた。そうしてバリケードを作ったうえで、彼は話に応じる。

「元精霊王は何て言ってた?」

「召喚魔法も、帰還の魔法も、完成させたのはバラージュって人だって言ってた」

「確かに、そのどちらもバラージュという人が生み出したと言われてる。だけど遥か昔に失われているんだ」

「うん。ユアンはバラージュって人の魔法書か何かを手に入れて魔法を蘇らせたんじゃないかって、おじーさんが言ってた」

「そこまで分かっているなら話は早い。ユアンが召喚魔法を蘇らせたとは言っても、それも完璧にではないし、ミヤジマを召喚する時にも微妙に失敗してる」

 ユアンが魔法に失敗したのは、失われた魔法の復元が完璧ではなかったからだろう。魔法陣の外に召喚された葵が今こうして異世界の一員となれているのは奇跡的なことで、未完成な帰還の魔法で強引に元の世界に帰ろうとすれば、今度こそ世界の狭間に迷い込んでしまうかもしれないのだ。脅す意図があったわけではないだろうが、そう言ったアルヴァの口調が硬かったため、葵も神妙に頷いて見せた。






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