最悪のゲーム

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「それで、ジノク王子はキルと何を話したかったの?」

 それぞれが紅茶を飲んで一息ついた後、ウィルが本題を切り出した。それを受けてジノクは、未だ顔を背けているキリルに視線を移す。

「そなた、ミヤジマのどういったところが好きなのだ?」

「はあ?」

「余と同じで、好きなのだろう? ミヤジマのことが」

「勘違いしてんじゃねーよ、バーカ! 誰があんな女のこと……」

「何だ、好きではないのか」

 それならライバルが減っていいとジノクが言うので、言葉に詰まってしまったキリルは閉口した。言い負かされたわけではないのに口をつぐむしかなかったことが、非常に悔しい。だがジノクのように葵が好きだと断言することは、キリルには出来なかった。

「ジノク王子は彼女のどういう所が好きなの?」

 ウィルがジノクに話を振ったため、眉をピクリと動かしたキリルはそのまま耳を澄ませた。

「余はミヤジマの、よく分からぬところが好きだ」

 ジノクは胸を張って答えたが、その答えこそがよく分からないものでもあった。キリルは眉根を寄せ、ウィルは首を傾げている。しかしそんな二人の反応など意に介さず、ジノクはいかに葵が好きかということを力説し始めた。

「大抵の女が喜ぶようなことをしても、ミヤジマは喜ばない。喜ばせようとしても駄目なのに、時々わけが分からないところで喜ぶ不可解さがたまらなく魅力的だ」

「要するに、思い通りにならないからいいってこと?」

「それだけではないぞ。ミヤジマはどんな時でも他人を思い遣れる美しい心を持っている。己のことだけを優先させてきた余は、彼女の愛の鞭で目が覚めたのだ」

「それは引っぱたかれた、と解釈していいのかな?」

「ああ。清々しいほど力一杯にな」

 殴られたことを嬉しそうに語っているジノクを見ていると、キリルの中で何かが弾けた。

「オレだってあいつに殴られたことくらいあるわ!」

「何だと!? 余だけではなかったのか!」

「それしきのことで余裕面してんじゃねーよ!」

 ざまあみろと言わんばかりのキリルに、ショックを受けているジノク。彼らの低俗な言い合いを傍から見ていたウィルは、会話が途切れた隙間に容喙した。

「ちなみに、僕もアオイに殴られたことあるんだけどね」

「何だって!?」

「何だと!?」

 キリルとジノクが一斉に振り返ったため、ウィルは小さく吹き出した。しかしからかっただけのウィルとは違って、キリルとジノクの表情は真剣そのものである。

「ミヤジマを娶るのは余だ!」

「めとる? お前、頭おかしーんじゃねーの?」

「うるさい! ミヤジマを好きでもない輩が口を出すな!」

「てめーらがイチャイチャしてんのが目障りなんだよ!」

「ならばそなたがどこかへ行け!」

「てめーこそ国に帰れ!!」

 お互いに白熱したジノクとキリルが言葉を途切れさせる頃には、二人とも肩で息をしていた。だが言葉はなくなっても、睨み合いは継続している。感情的になっている今は、どちらが先に手を出してもおかしくない状況だ。

「じゃあ、勝負すれば?」

 ウィルの冷静な横槍により、一触即発の雰囲気を漂わせていたキリルとジノクはピタリと動きを止めた。二人の視線を一手に引き受けたウィルは、傍観者の平静さで言葉を次ぐ。

「話し合いでも、殴り合いでも解決出来ないんだったら、それしかないでしょ」

「ふむ。勝負、か」

「こいつにだけは負けねぇ!」

 キリルが闘争心を剥き出しにしたためジノクもそれに煽られ、二年A一組の教室では当事者不在のまま『勝負』の内容について議論が尽くされたのだった。






 フロックハートの別邸を出た後、葵とクレアは遅めの朝食を取ってからトリニスタン魔法学園に登校した。エントランスホールでクレアと別れた葵が向かっている先は、一階の北辺にある保健室だ。マジック・キーを使って保健室の扉を開けると、その先には窓のない部屋がある。簡易ベッドが並ぶ保健室に酷似した『部屋』で対面した青年に、葵は言葉をかけるより先に笑みを向けた。

「ありがとね、アル」

 この部屋の主である金髪の青年は、トリニスタン魔法学園アステルダム分校で校医をしているアルヴァ=アロースミスという。葵が開口一番に伝えた謝意に、アルヴァは首を傾げるだけで応えとした。ベッドへと移動した葵はそこに腰かけ、壁際のデスクにいるアルヴァの方を見ながら言葉を次ぐ。

「今朝、ユアンに会ってきた」

「対応が早いな」

 褒め言葉はきっと、実の姉であるレイチェルに向けたものだろう。ユアン本人にアポイントメントを取り付けるでもなく、レイチェルに対処を依頼したのは、この早急さを見越してのものだったのかもしれない。だがアルヴァとレイチェルの間には、普通の姉弟では有り得ない何かがあるのだ。それなのにアルヴァが姉に連絡をとったというのは、レイチェル本人も驚いていたように非常に稀なことだった。

「アルが、レイに頼んでくれたんだってね。レイも驚いてたみたいだよ」

「そう。それで、仲直りは出来たの?」

「うん。寝込みを襲ってきた」

「……そう」

 葵はVサインをして軽口を叩いてみたのだが、アルヴァから返ってきたのは素っ気ない反応だった。いつもの調子で軽口を返してくると思っていた葵は何となく気まずくなって、すごすごとVサインを引っ込める。

(やっぱり、レイの話はタブーなのかな……)

 気前よく応えてくれる時もあるだけに、匙加減が分からない。どうしていいのか分からなくなってしまった葵が無言でいると、アルヴァは何かを思い出したかのような顔つきで席を立った。

「ミヤジマ、これを」

 アルヴァから布に包まれた何かを受け取った葵は首をひねった。

「何、これ?」

「洋服だよ。アリーシャの店で注文しただろう?」

「ああ! 制服!」

「トリニスタン魔法学園の制服と同じ魔法がかかってるから、学園内で着てても不便はしないと思うけど」

 着替えたいのならベッドカーテンを閉めればいいとアルヴァが言うので、葵はさっそく新しい制服に袖を通してみることにした。着心地はオリジナルと大差ないが、ミニスカートだというのに寒くない。それだけでも、葵は感動してしまった。

「この部屋、鏡ってあったっけ?」

「ちょっと待って」

 ベッドから出て来た葵にそう言い置くと、アルヴァは鏡を召喚した。出てきたのはやたらと装飾の施されている乙女ちっくな鏡で、葵は誰の持ち物なんだろうと思いながら鏡に姿を映す。特に指定をしない場合、召喚魔法は防御魔法ガードのかかっていない物をランダムで召喚するのだ。

(うーん、黒い)

 久しぶりにまじまじと頭を見れば、肩の下まで伸びた髪は日本人らしく真っ黒だ。ナチュラルなブラウン辺りの髪色を気に入っていた葵は染めたいと思いながらアルヴァに視線を移した。

「ありがと。もういいや」

「何か、気になることでも?」

 眉間にシワが寄っていたからとアルヴァに指摘され、苦笑いを浮かべた葵はカラーリングの話をしてみた。

「そういえば、初めて会った時は茶髪だったね」

「あのくらいの色が理想なんだけど、そんな魔法はないんだったよね?」

「いいじゃないか、黒髪で。ミヤジマの顔立ちには似合っているよ」

 けなされることこそあっても、容姿のことで褒められた記憶のなかった葵はアルヴァの率直な言葉に驚いてしまった。しかしアルヴァには葵が何に驚いているのか分からなかったようで、彼は眉根を寄せている。

「何か変なことを言ったか?」

「う、ううん。ありがと」

 なんだかむず痒い気持ちになった葵はアルヴァに別れを告げることにした。荷物はこの部屋に置いておいて、帰りに取りに来ればいいとアルヴァが言うので、葵は魔法書だけを持って『アルヴァの部屋』を後にする。廊下に出るなり、葵は溜めていた息を思いきり吐き出した。

(アルが柔らかい……)

 世界一周旅行を終えた辺りから、アルヴァは確実に変わった。その変化は葵にとって好意的なもののはずなのだが、今まで散々なことをしでかしてくれた人物が急に丸くなると、それはそれで気味が悪くもある。新たな距離感にどう対処すればいいのか若干悩みながら、魔法書を胸に抱いた葵は廊下を歩き出した。






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