最悪のゲーム

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 猫耳の青年と共にスタッフルームを出た葵は扉の脇に佇んでいた人物に目を留めてギョッとした。隣にいた猫耳の青年がクレアの姿を見るなり警戒心を露わにしたので、ハッとした葵は慌てて彼を振り返る。

「だ、大丈夫。友達だから」

 それだけを言うと青年に別れを告げ、葵はクレアの手を引いて歩き出した。

(聞かれた、かな……)

 猫耳の青年が警戒を露わにしたのも、おそらくはそれだろう。クレアがいつから扉の所にいたのかは分からないが、あの場所にずっといたのならスタッフルームでの会話が聞こえていないとも言い切れない。

「……アオイ」

「は、はい!」

 呼びかけに大袈裟な返事をしてしまった葵は自分でも分かるほど体を強張らせながらクレアを振り返った。

(あ、これは……)

 聞かれたなと、クレアの顔を見た葵は直感した。だがクレアは、妙な表情をしてはいるものの事務的に言葉を紡ぐ。自分がどういった状況にあったのか、マジスター達は先に帰ったなどの情報を得た葵は、それよりもこれからどうするべきかということを考えていた。

「うちらも帰るで」

 説明すべきことは説明したといった感じで話を切り上げたクレアは、そう告げると歩き出す。てっきり追及されるとばかり思っていた葵は拍子抜けしながら彼女の後を追った。

(訊かない、んだ)

 いや、訊けないのかもしれない。どこに人がいるかも分からない、公の場では。そう思った葵は屋敷に戻ってからも気を張っていたのだが、クレアは結局、何も尋ねてこなかった。エントランスホールで淡白に「ほなな」と言って歩き去って行こうとするクレアを、葵は焦って呼び止める。

「何で、何も訊かないの?」

「何も聞かなかったことにしといた方がええんやろ?」

 振り向かずに紡がれたクレアの科白に、葵は返す言葉に詰まってしまった。確かに、そうしてもらえるのなら葵にとって都合がいい。そしてクレアはきっと、平然とそれをやってのけてくれるだろう。それが分かるからこそ、葵は痛みを感じた。

「……ごめん」

「なに謝っとんのや。うちは……」

「全部、話す」

「話すんかい!」

 どうやら『話せない』という意味に捉えていたらしいクレアは、ずっこけながらツッコミを入れてきた。せっかく格好つけようと思っていたのにとブツブツ独り言を零しているクレアの姿におかしさがこみ上げてきて、葵は小さく吹き出す。

「……なに笑ってんのや」

「いや、クレアのこと好きだなぁと思って」

「やかましい! 話すんでも話さんでもどっちでもええから、とりあえず茶ぁにするで!」

 クレアがずかずかと歩き出したので、葵はまだ若干笑いながらその後を追った。クレアが足を運んだのは一階のサルーンで、その場所を初めて訪れた葵は雪化粧の庭に目を奪われながら口火を切る。

「へぇ、こんな場所あったんだ?」

「へぇって……おたくの家やろ」

「住ませてもらってるけど、私の家ってわけじゃないから」

「……そう、なんやな」

 それまで呆れ顔をしていたクレアがふと声のトーンを低くしたので、庭から彼女に目線を移した葵は苦笑いを浮かべた。

「話、どこまで聞こえてた?」

「ちょい待ちぃ」

 本題を切り出したのも束の間、葵にそう言い置いたクレアはサルーンを出て行った。何だろうと思った葵は首を傾げていたのだが、クレアがなかなか戻って来ないので椅子に腰を落ち着ける。時間にしてみると、十五分くらい経った頃だろうか。ワゴンを押して戻って来たクレアが手作業で紅茶を淹れ始めたので、葵は胸中で律儀だなぁと呟いた。

「さっきの話やけど、うちの方から質問させてもろうてもええか?」

「うん。もう、何でも訊いて」

「アオイが別の世界から来た、いうんはほんまのことなんか?」

「……うん」

 クレアがそこで口をつぐんでしまったので、葵はぽつりぽつりと今までの出来事を話し始めた。ユアンに召喚されてこの世界へ来たこと、ユアンとレイチェルに勧められてトリニスタン魔法学園に通っていること、元の世界に帰る方法を探していること。そういった話を、葵は出来るだけアルヴァのことには触れないように語った。口を挟まずに話を聞いていたクレアは、葵が閉口するのと同時に「なるほどなぁ」と独白を零す。

「妙なことは知っとって一般的なことを知らんのも、それで納得がいくわ。なんや、分かってみれば簡単なことやないか」

 クレアがあまりにもあっけらかんと言ってのけるので、少しは驚いたり見る目が変わったりされるのではないかと思っていた葵は拍子抜けしてしまった。

「えっと……それだけ?」

「うちにとっては重要なことや。得体が知れないのはどうにも気持ちが悪くて好かん」

「そういえば、前にもそんなこと言ってたね」

「まあ、まったく驚いてない言うたらウソになるけどなぁ。うちが前に会ったヴィジトゥールは、もっと獣に近い姿しとったさかい」

 その点、葵は見た目が人間と変わらない。そう続けたクレアの言葉を、葵は驚きで聞き流してしまった。

「私の他にも召喚獣に会ったことがあるの? どこで?」

坩堝るつぼ島でや。あそこは人間も動物もぎょーさんおるからな。たぶん二、三十人くらいおるんちゃう?」

「そ、そんなに?」

「喩えや、喩え。坩堝島の奴らは干渉なんてせーへんから、身を隠したいならもってこいの場所やっちゅー話や」

 そこまでを話しきると、クレアは「それはさておき」と言って話題を変えた。

「この国では異世界からやって来た者を『召喚獣』言うらしいけどな、あんまり使わん方がええんちゃう? 特に、アオイは」

「あ……そうだね」

 召喚獣という言葉は初めてこの世界に召喚された異世界の者が獣に近しい姿をしていたことから生まれた単語だ。そんな言葉があるからこそ、狩られる対象となっているのかもしれないと思った葵はハント場でのことを思い出して顔をしかめた。

「あのゲーム、サイテーだね」

「ああ……ハントのことやな」

 唐突に話題を変えたにもかかわらず、クレアは話についてきてくれた。彼女もゲームハントには否定的なようで、顔をしかめている。

「まあ、マジスターは貴族のお坊ちゃんやからな。ジノク王子も王族やし、狩りは生活の一部であると同時に娯楽なんやろ」

 そう言ったクレアの口調は淡白で、彼女はゲームハントに嫌悪感を抱きつつもどこかで仕方がないと思っているようだった。長引かせても楽しい話ではないため、クレアは早々に話題を変える。

「そういえば、あいつらに何言うたんや? ジノク王子は顔面蒼白やし、キリルは魂抜けとったで?」

「あー……それが、覚えてないんだよね」

「さよか。まあ、そんな事情があったんやったらしゃーないわな」

 血を流して倒れた狐のような少年に、葵は過分に感情移入していた。それは『可哀相だと思った』などという他人事で片付けられるものではなく、彼が明日の我が身かもしれないのだ。実際には狩られる側にも怪我はなく、ハント場のスタッフも純粋な『召喚獣』ではなかったが、それでも葵から脅威が取り除かれたわけではない。むしろハント場へ行って召喚獣がどういう扱いを受けるのか身につまされた葵は警戒を強めようと思っていた。

「クレア、このことは……」

「皆まで言わんでも分かっとる。せやから一つ、アオイに忠告や」

「えっ、何?」

「今日見た通り、この国ではヴィジトゥールの扱いが最悪や。貴族の中にはヴィジトゥールやなくても、見た目が珍しい者をコレクションしとるヤツもおるらしい。狩猟者ハンターと貴族には気ぃつけぇや」

 もちろんマジスターも要注意だと釘を刺すクレアに、葵は頬を引きつらせながら頷いて見せた。






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