嘘の螺旋

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 簡易ベッドが並ぶ保健室風の『部屋』でデスクに向かっていたアルヴァ=アロースミスは、デスクの片隅に置かれていた魔法道具マジック・アイテムが反応を示したのを機に本から目を上げた。分厚い魔法書を閉ざしてデスクの上のスペースを空けると、彼は細長い棒状のマジック・アイテムを手元に引き寄せる。継ぎ目の部分を軽くひねると光が溢れてきたので、アルヴァはその光が壁に当たるよう向きを調節してから手を離した。通信魔法に使われる『レリエ』と呼ばれるマジック・アイテムは壁に光のスクリーンを作り出し、そこにとある人物の顔を映し出す。鮮やかな金髪に紫色の瞳が印象的な少年は名をユアン=S=フロックハートといった。

『アル! 一体どういうこと!!』

 ユアンがすでに色めき立っていたので、答えに窮する質問をされたアルヴァは眉をひそめた。

「何が?」

『クレアの恋人のことだよ! ハル=ヒューイットってどういうことなの!?』

 その件かと、アルヴァは胸中でユアンに応えた。アルヴァからは特に報告を上げたりはしていないのだが、どうやらユアンは学園側の事情も具に知っているようだ。これでは一任されている意味がないと思ったが、それは口には出さず、アルヴァは小さく息を吐いてから口火を切る。

「どういうことだと言われてもね。クレア=ブルームフィールドの交際相手にまで僕が口を出すわけにはいかないだろう?」

『だけど、彼はアオイの……』

 勢い込んで喋っていたユアンが、そこでふと言葉を濁した。閉口したユアンから疑いのまなざしを向けられたアルヴァは、彼の考えが読めなくて首を傾げる。

「何?」

『アオイが好きだった人だって、知らないわけじゃないよね?』

「知ってるよ、もちろん」

 そこまで職務怠慢を疑われたものかと、アルヴァは憤りを通り越して渇いた笑みを浮かべた。

「むしろ僕は、何でユアンがそんなことまで知ってるのか疑問なんだけど」

『だってアオイ、創立祭の夜に泣いてたんだもん』

 ユアンの話によるとトリニスタン魔法学園の創立祭が行われた夜、葵はたまたまハル=ヒューイットと彼の恋人だったステラ=カーティスという少女がキスをしている場面を目撃してしまったらしい。その時に流れた葵の涙を見て、ユアンは彼女がハルを好きなのだと直感したとのことだった。さらにはそんな葵を慰めるために、クレアを彼女の元に遣わせたというのだ。それが転じてクレアが葵を苦しめていたのでは世話がない。

『責任感じちゃうよ。こんなことになるなんて思わなかった』

「僕も思わなかったよ。クレア=ブルームフィールドがマジスターに手を出して、学園内で悪目立ちするなんてね」

『悪目立ち? してるの?』

「分校の生徒は低俗なんだよ。ユアンが考えている以上にね」

 他人の目を気にしないクレアは悪目立ちすることを避けたがる葵以上に手のかかる存在だ。加えてクレアの場合、アルヴァは彼女に対する外聞まで気にかけなければならない。素顔で接することの出来る葵とは、最初から厄介の度合いが違うのだ。

「でもまあ、今や彼女は貴重な『協力者』だ。学園から追い出そうなんて考えてないから、その点は安心してくれていいよ」

『協力者? 何のこと?』

「聞いていないのか? ミヤジマが、自分から召喚獣であることを明かした」

『えっ、そうなの?』

 どうやら本当に知らなかったらしく、ユアンは驚いた表情で瞬きを繰り返している。雇い主であるユアンには真っ先に話が行くだろうと思っていたアルヴァはクレアの行動を訝って眉をひそめた。

「クレア=ブルームフィールドは、どうして言わなかったんだろう?」

『それはたぶん、彼女の頭の中ではアオイが異世界からの来訪者であることと、それを召喚したのが僕だっていうことがイコールじゃないんだよ。アオイが話していなければ気付かないだろうね』

 クレアはもともと細かなことを気にする性格ではなく、また大陸外の出身であるため魔法にも疎い。何より葵の秘密を護ろうと考えた結果だろうとユアンが言うので、アルヴァは少し感心してしまった。

「義理堅いな」

『いい子だよ。だからアオイと友達になってもらいたかったんだ』

 そこで一度言葉を切ると、ユアンは再び葵のことを話題に上らせた。今の葵がどういう状態なのかと問われ、アルヴァは嘆息してから答えを口にする。

「どうもこうも、ハル=ヒューイットのことは過去みたいだよ」

『アルの目から見ても、そう思う?』

「思わないな。でもミヤジマは、そんなんじゃないと言い張っている」

『それはアルの聞き出し方が悪いんじゃないの? 無理矢理認めさせようとしてたりしない?』

「そうかもね。僕には女心とやらが分からないらしいから」

『もう! アルってば変なところでコドモなんだから!』

 本当の子供に『コドモ』と言われては立つ瀬がなく、アルヴァは自嘲的な笑みを浮かべる。

「僕はどうしたらいいんだ?」

 困ってしまったアルヴァが考えることを放棄するとユアンが、クレアに葵とハルの過去を話せと言ってきた。想像するだけで修羅場を巻き起こしそうなシチュエーションに、アルヴァは目を瞠る。

「それは……良策とは言えないんじゃないか?」

『クレアは友達と男の取り合いなんかしないよ。それに、クレアがハル=ヒューイットから身を引けば悪目立ちもしなくなるんでしょ? 一石二鳥じゃない』

 ユアンの歳で女心が分かりすぎるのも問題だと、アルヴァは密かに呟きを零した。しかし彼の立てた計画には一つ、落とし穴がある。

「それだと、クレア=ブルームフィールドが泣くことになるんじゃないの?」

 葵ばかりを優先させてクレアは泣かせてもいいのかと、アルヴァは計画の穴にメスを入れてみた。だがユアンはそこまで思案済みだったらしく、小さく首を振って見せる。

『良くはないよ。クレアも泣かせたくない。でもさ、アオイがハル=ヒューイットのことを好きだって知ってるのはきっとアルだけじゃないでしょ? アオイの気持ちを知ったら、クレアはどのみち自分を責めちゃうよ』

 他人の口からどういう風に聞かされるか分からないという危惧があるのなら、今のうちにアルヴァから伝えてしまった方がいい。ユアンがそう言うので、アルヴァは肩を竦めた。

「分かったよ。でもそこまで知ってるなら、ユアンの口から伝えればいいじゃないか」

『僕じゃダメだよ。情報は全部又聞きだもん』

 実際に傍で見てきたアルヴァの口を介した方が、葵の気持ちをリアルに伝えることが出来る。そう言われてしまえばアルヴァにはもう反論の余地がない。

(これで全てがユアンの思惑通りに運べば……すごいな)

 他人の感情を読んで性質を理解し、自分の思うように動かせる。それはまさに王者の気質というもので、純粋に称賛したくもなるし畏怖の念も抱く。アルヴァは改めて、末恐ろしいと思った。

「ところで、僕からも一つ報告があるんだけど」

『何?』

「王室が召喚魔法のことを嗅ぎ付けたらしい。狩猟者ハンターを放って召喚獣を探しているみたいだ」

 アルヴァが持ち出した話題に、ユアンの表情が一瞬にして凍った。彼は多少の悪事が発覚しても免責になることが多いが、王室関連となると話は別だ。王室はいわば、ユアンのウイークポイントなのである。

『それ……どこからの情報?』

「情報源はロバート=エーメリー。噂という言い方をしてたけど、念のために調べてみた方がいいね」

『分かった。アルも気をつけてね』

 青褪めたユアンはそう言い置くと、通信を終了させた。葵のことが露見すると自分もただでは済まないことが分かっているので、アルヴァも嘆息してからレリエを引き出しにしまう。それから彼は、当面の問題について考えを巡らせた。

(さて、どう話したものか……)

 お節介な役を買って出ることになってしまったが、クレアがマジスターから手を引くというのならば悪い話ではない。同情を誘うように誇張するべきかなどと思案しながら、アルヴァは煙草に火をつけた。






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