「アオイさんもアオイさんですけれど、あなたもあなたですわ。よりにもよってハル様に手を出すなど、世間知らずもいいところです」
身の程を知りなさいと、ココがクレアを一喝する。これには葵の時以上に周囲から賛同の声が上がった。やはりマジスターは、この学園では特別な存在なのだ。あまりの反響の大きさに葵はゾッとしてしまったが、これしきのことでは動じないクレアは逆にふんぞり返っている。
「はん! 悔しかったら遠くでキャーキャー言うてないで自分で口説いてみろっちゅーねん」
「何ですって!? 皆様、聞きました!?」
ココがさらに煽ると、周囲からブーイングが沸き起こった。指揮者のように腕の振りで周囲を静めると、ココは肩にかかった髪を後ろに払ってから言葉を重ねる。
「クレア=ブルームフィールドさん? あなたはどうやら自分の立場はおろか、マジスターの皆様のことを何も解っていないようですわね。マジスターの皆様は高嶺の花なのです。下賤の者が高貴な花を摘むことは許されない罪なのですわよ? 今後はその辺りのことをしっかりと胸に刻んで行動なさい」
「下賤やて? それやったらうちだけやなく、おたくらも全員卑しい存在っちゅーことやな」
「わたくし達とあなたを一緒にしないでくださいます!?」
「せやな。おたくらがマジスターを好き言うてるんは恋愛やない。一緒にされたらうちの方がかなわんわ」
クレアが嘲りながら放った一言に、教室中がシンと静まり返った。確かに、マジスターをアイドル視しているこの学園の女子生徒達の思いは『恋愛』とは違うものなのかもしれない。だが強い憧れは恋愛感情にも通じるもので、それを否定することは誰にも出来ないのだ。自らも最愛の芸能人がいるだけに、葵は「言いすぎだ」と思った。しかし葵が容喙する前に、こめかみに青筋を立てたココが静かな怒りを露わにする。
「許せませんわ。自分が何を言ったのか、解っていますの?」
侮辱されたと感じたのはココだけではない。クラス中の女子生徒が、クレアに殺気のこもった鋭い目を向けていた。まさに一触即発の雰囲気だったが、それは廊下から喚声が聞こえてきたことによって霧散する。どうやらマジスターの誰かが校舎にいるようで、それを察した二年A一組の女子はクレアを捨て置いて教室を出て行った。
「クレア……」
男子生徒しかいなくなった教室で、葵は声にほんの少しの非難を滲ませながらクレアに話しかけた。するとクレアは「心外だ」と言いたげな目を向けてくる。
「なんや、その顔? うちは
「でもさ、さっきの言い方は良くないよ。クレアだってアルとかをカッコイイって言ってるじゃん? マジスターを好きっていうのはそれと同じことなんだよ?」
「確かにうちも好みのタイプがおったらカッコええって言うわ。せやけどなぁ、うちは別にカッコええって思ったからって、それ以上は何も望んでへん。あいつらはちゃうやろ? マジスターと仲良くなりたいって望みを持っとるくせに、一人じゃそれが出来んから集団になって喚いとる」
「そうかもしれないけど……でも、本当にそうかなんて分からないじゃない。分からないことを決め付けて責めるのはよくない、と思う」
「それは……そうやな」
全てにおいて葵の意見を受け入れたわけではないだろうが一理はあると思ったようで、クレアは自身の非を認めた。そうしてあっさりと自分が悪かったと言えるクレアは、本当に良くも悪くもストレートだ。クレアが折れてくれたことで反対意見を唱えていた葵はホッとしたのだが、気分が和らいだのも束の間のことだった。最初は遠くの方で聞こえていた女子生徒の嬌声が、次第に二年A一組へと近付いてきたからだ。
「あ、なんか……嫌な予感がする」
「ああ……うちもそんな感じがするわ」
葵とクレアがお互いの予感が同じであることを確かめ合った直後、開きっぱなしになっている教室のドアからキリルが姿を現した。窓際にいる葵とクレアに目を留めると、彼はツカツカと歩み寄って来る。そうして葵の前まで来ると、キリルは間を置かずに口火を切った。
「オレに惚れろ」
初め、何を言われたのか分からなかった葵は無反応でいた。クレアはポカンと口を開けていて、キリルの一挙一動に注目していた女子生徒達に至っては絶句している。しばらくして「意味が分からない」という思考に達した葵は、異様なほど静まり返っている空気の中で恐る恐る口を開いた。
「え?」
「逆らったらタダじゃ済まさねーからな」
真顔で捨て台詞を吐くと、踵を返したキリルは放心している女子生徒達を押し退けて教室を出て行った。あまりにショックが大きかったようで、女子生徒達はキリルが行ってしまっても後を追うことすら出来ないで立ち尽くしている。葵も二の句が継げずにいると、クレアが呆れたような息を吐いて静寂を破った。
「あれで告白しとるつもりかいな」
クレアが発した『告白』という単語が放心状態の女子生徒達を刺激したらしく、不意に甲高い悲鳴が上がった。驚いた葵が廊下の方へ視線を移すと、女子生徒の群れの中から「ココさん!」という声が聞こえてくる。どうやらキリルを気に入っているココがショックのあまり、卒倒してしまったらしい。
その日、トリニスタン魔法学園アステルダム分校では過度の精神的負担によって倒れる生徒が続出し、保健室が大賑わいだったという。
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