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 冬月とうげつ期最初の月である白銀の月の十九日。その日、王立の名門校であるトリニスタン魔法学園のアステルダム分校は朝から喧騒に包まれていた。平素であれば登校してすぐに校舎へと向かう生徒達は一様に東へと足を向け、全員が同じ場所を目指して進んでいる。主に女子生徒が中心となっているその流れは、敷地内の西の端に位置する正門から、敷地内の東の区画に存在するドーム状の建造物へと続いていた。このドームは広大な庭園になっていて、一般的に『大空の庭シエル・ガーデン』という名で呼ばれている。そこは学園のエリート集団であるマジスターの溜まり場で、生徒達は彼らに会うためにシエル・ガーデンへと向かっているのだった。

 シエル・ガーデンは全面ガラス張りのドーム状の建造物だが、扉や窓といった目に見える出入口は設けられていない。内部へ入るには転移の魔法を使うしかないのだが、あいにくここは一般の生徒には開放されていない場所なので、次々に集って来る生徒達は冬月期の冷たい外気に晒されたまま立ち往生している。そんな衆人監視の中で、建物内にある魔法陣が不意に光を帯び始めた。誰かが使った転移魔法に反応している魔法陣はやがて、その上に二人の少年を出現させる。私服姿で堂々と学園にやって来た彼らはシエル・ガーデンの主、マジスターだ。

「な、何だ?」

 常にはないギャラリーを見てギョッとしているのは、長い茶髪を無造作に束ねている少年。スポーツマンタイプのがっちりとした体躯をしている彼は、名をオリヴァー=バベッジという。

 魔法陣にオリヴァー達が出現したことで、ガラスを隔てた向こう側にいる少女達は急に色めき立った。誰もが口々に何かを訴えかけてきているのだが、シエル・ガーデンのガラスは声を通さないので何を言っているのかは分からない。オリヴァーの隣にいた栗色の髪をしている少年はブラウンの瞳を眠たそうに細めると、ギャラリーは無視に徹して歩き出した。他人に無関心で、どこか怠惰な雰囲気を漂わせている彼の名はハル=ヒューイットという。

「あ、おい、ハル」

 ギャラリーの異様さに気味の悪さを残しながらも、オリヴァーは欠伸をしながら去って行ったハルの後を追った。彼らが向かった先は花園の中央部にある花を愛でるための場所で、テーブルと椅子が置かれているそこには先客の姿が見える。

「おはよう」

 ハルとオリヴァーの姿を認めて声をかけてきたのは、真っ赤な髪の少年。おそろしく女顔をしている彼は、名をウィル=ヴィンスという。また欠伸を零しているハルは手を持ち上げただけでウィルの挨拶に応え、オリヴァーは「おう」と短く返事をした。そしてこの場にはもう一人、黒髪に同色の瞳といった世界でも珍しい容貌をしている少年の姿がある。鋭利な美貌の持ち主である彼は名をキリル=エクランドといい、この四人が、アステルダム分校の現在のマジスターだ。

「あのギャラリーは何だ?」

 オリヴァーが席に着きながら尋ねると、ウィルの視線はキリルへと流された。それで彼が原因なのかと察したオリヴァーも、自然とキリルに目を向ける。ウィルとオリヴァー、二人の視線を一手に集めたキリルはむすっとした。

「なんだよ」

「今度は何やらかしたんだ、キル?」

「何もやってねーよ」

「なんかね、公衆の面前で告白しちゃったらしいよ」

 キリルに視線を流しておきながらも埒が明かないと思ったのか、結局はウィルが説明を加えた。ウィルが口を挟んできたことで一瞬だけ彼に視線を移したオリヴァーは、その後、慌ててキリルに向き直る。しかしオリヴァーが問い詰めるより先に、キリルがウィルに向かって怒りの声を上げた。

「そんなもんしてねー!!」

「オレに惚れろとか言っといて、告白じゃないつもりなの?」

「キル、そんなこと言ったのか!?」

 キリルの反応にウィルは呆れた顔をして、ウィルの一言にオリヴァーは驚いた。しかしキリルから「そんなことは言っていない」という反論は返ってこなかったので、どうやら彼は本当にそんな科白を口にしたらしい。

 キリルは現在、ミヤジマ=アオイという少女に固執している。「オレに惚れろ」などという科白を彼が吐いたのであれば、その科白を投げかけられた相手は間違いなく彼女だろう。それはアオイへの恋情を決して認めようとしなかった今までのキリルからしてみれば、随分な進歩だ。そうするように仕向けたのは実はオリヴァーなのだが、プライベートを探られないための逃げ口上だったため、葵に対して罪悪感を抱いたオリヴァーは微かに顔をしかめた。

「どうして急に気が変わったんだ? 惚れてねぇって言ってたのに」

「オレは惚れてねぇ」

 オリヴァーからの問いかけに、キリルは至って真面目な表情で、大いなる矛盾を生む発言を返してきた。キリルの真意が掴めなかったのはオリヴァーだけではないらしく、ウィルも目を瞬かせている。

「キル……自分が何言ってるか、分かってる?」

「前にお前が言ってたんだろうが。どっちでもいいんだって」

 キリルに矛先を向けられたウィルは眉根を寄せて空を仰いでいたが、どうやら情報が少なすぎて何のことを言われているのか分からないようだ。その後、オリヴァーが少しずつ引き出した情報によると、キリルはどうも、ウィルが「女の子の口説き方を教えてやる」と言った時のことを言っているらしい。その時の状況を思い返してみたオリヴァーは、キリルの短絡的かつ非常に狡猾な意識の逸らし方にあ然としてしまった。

 ウィルが以前に女の子の口説き方を教えてやると言った時、キリルは自分が口説くのは嫌だと駄々をこねた。その時にウィルが言った科白が『要は葵をその気にさせればいいのであって、キリルがどう思おうと関係がない』というものだった。葵への好意を認めたくないキリルは『自分がどう思うかは関係がない』というスタンスを取ることによって自分の気持ちを認めない思考を正当化したと同時に、葵にアプローチをするための正当な理由まで手に入れたのだ。

「ああ……なるほど。キル、うまいこと考えたね」

 その論理ならば確かに、キリルのプライドも傷つかないし葵を手に入れることも出来るかもしれない。キリルの真意を理解したウィルは褒めるようなことを言っていたが、オリヴァーは巻き込まれる葵のことを想って頬を引きつらせた。

「それで? 作戦はあるの?」

「作戦?」

「ダメだよ、キル。無計画に待っててもアオイは手に入らないんだよ?」

 楽しげな表情でウィルが妙なことを言い出したので、焦ったオリヴァーは慌てて容喙した。

「おい、もうやめようぜ」

 オリヴァーが口を挟んだ途端、キリルの鋭い視線とウィルの策謀を孕んだ瞳が一斉に向けられる。予想外の注視に出遭ったオリヴァーは面食らい、椅子の上で上体を引いた。

「やっぱりアヤシイね。キルもそう思わない?」

「……オリヴァー、言いたいことがあるならはっきり言え」

 ウィルに煽られているとはいえ、キリルの瞳に宿った感情は本物だった。お前も葵のことが好きなのか? 言外に問いかけられる重圧に屈してしまったオリヴァーは、両手のついでに白旗も挙げる。

「分かった、もう言わないって。だけど俺は、手を貸さないからな?」

「オリヴァーがいなくても何とかなるよ。ハルは……」

 ウィルの関心がハルの方へ移ったので、オリヴァーも横目で隣に座っている彼を見た。キリルが心なしか凄みを利かせた視線を送っていたが、それもすぐに霧散する。どうも静かだと思ったら、ハルは腕組みをしたまま船を漕いでいた。

「……いつの間にか寝てるしよ」

「この件には無関心、ってことだね」

 キリルとウィルの独白を聞きながら、ハルが抑止力になってくれるのではないかと密かに期待していたオリヴァーは人知れず肩を落とした。しかしすぐに、その考えも危険であることを察して成す術なく嘆息する。

(とりあえず、クレアに相談してみるか)

 葵の友人であるクレア=ブルームフィールドであればきっと、力になってくれるだろう。なにしろ彼女は友人のために、好きな男を見限れるほど友情に篤い人物なのだ。

 葵に極力迷惑をかけないよう、以前は一人で奮闘していたが、今は協力してくれそうな人物が身近にいる。そう思うだけでだいぶ心持ちも違うもので、クレアの姿を思い浮かべたオリヴァーは「頼もしい」と胸中で独白を零したのだった。






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