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 昼食もそこそこに二年A一組の教室を後にしたクレアは、昼休みで人気のない廊下を歩いていた。目指す先は校舎の五階にある、サンルーム。マジスターの専用とされていて、一般の生徒が近寄らないその場所にクレアが向かっているのは、伝言メサージュという魔法で呼び出されたからだった。

 サンルームは教室が優に三つは入ってしまいそうなほどの広さを有していて、そこではオリヴァーがクレアを待っていた。メサージュは発信者の特定が難しい簡易な魔法だが、自分を呼び出したのは彼ではないかと予想していたクレアは特に驚きもなくオリヴァーの傍へ寄る。

「うち、メサージュは嫌いやねん。次からうちを呼び出したい時は手紙レトゥルにしてや」

 メサージュもレトゥルも通信魔法の一種だが、紙を媒体とする手紙とは違って、伝言は伝達が行われた形跡を残さない。それは即ち、伝言の場合は頭の中に直接内容が届けられるということだ。これまで魔法を使うことが一般的ではなかった社会で生きてきたクレアは、このメサージュという魔法がどうにも苦手なのだった。

「あ、そうか。悪かった」

 オリヴァーはクレアの出身地を知っているため、彼女が何を言っているのかすぐに理解したようだ。その上で即刻謝罪をしてくるオリヴァーに、改めて違和感を覚えたクレアは小さく首を傾げる。

「おたく、ほんまに腰低いなぁ。貴族がそない簡単に謝ってええんか?」

「いいんだよ。俺は公爵家の一員ではあっても爵位継承者じゃないしな」

 一口に貴族と言っても色々なのだと、オリヴァーは苦笑混じりに言う。この国の貴族制度については以前に認識不足から雇い主に迷惑をかけてしまったことがあるため、クレアはそこで貴族の話題を終わらせることにした。

「それで、話って何や?」

 クレアが本題を切り出すと、オリヴァーは葵のことだと答えた。その答えは予測していたものの、嫌な予感がしたクレアは眉をひそめる。

「おたくが出てくるっちゅーことは、またキリルが何かやらかしたんか?」

「これからやらかそうとしてるって感じだな」

 苦笑しながらそう言うと、オリヴァーはシエル・ガーデンでの出来事をクレアに打ち明けた。キリルが頑なに自分の気持ちを否定しつつも葵を手に入れようと画策していると聞き、クレアは呆れた表情になる。

「なんや、それ。ワガママすぎやろ」

「まあ、キルは基本的にワガママだからな」

「おたくらがそれを容認しとるからつけあがるんやないの? うちに相談する前に、自分らでなんとかしぃや」

「それが出来ればやってるって。キルだけならともかく、ウィルが面白がって煽ってるからタチ悪いんだよ」

 自分の手には負えないのだと肩を竦めているオリヴァーは、不甲斐ないと言えば不甲斐ない。しかし彼はマジスターの中で唯一人、親身になって葵のことを考えているのだ。クレアに助力を乞いに来たのも、そうした気持ちの表れである。それが分かるだけに、クレアはオリヴァー一人を責めるのを止めにした。悪いのは彼ではない。傍若無人思考のキリルと、悪質な謀を巡らすウィルなのだ。

「分かったわ。うちもアオイが振り回されるのはイヤやさかい、協力したる」

「そう言ってもらえると助かる。俺も出来るだけキルを暴走させないようにするからさ、クレアはアオイのこと見ててやってくれ」

 クレアの協力を得られたことで、オリヴァーは心底ホッとしたような表情を見せている。彼の葵に対する態度には以前から気になるところがあったので、いい機会だと思ったクレアは疑問を口にしてみることにした。

「ちょお、訊きたいんやけど。ええか?」

「ん?」

「何でオリヴァーは、アオイにそこまで親切なんや?」

 日頃の言動からオリヴァーが『いい人』であることは見て取れるが、葵に対するそれは少々過剰なような気もする。クレアがそうした本音を打ち明けると、オリヴァーは苦笑いを浮かべた。

「クレアまでそんなこと言うのかよ」

「うちもっちゅーことは、仲間にも言われたんか」

「ああ。キルとウィルが煩くてな」

「せやけど、言われてもしゃーないと思うで? 実際、オリヴァーはアオイのことどう思ってるんや?」

「俺達のせいで迷惑かけて、申し訳ないと思ってる」

「同情、っちゅーことかいな」

「アオイの身になって考えてみろよ。フツウに可哀相、だろ?」

「せやなぁ……」

 うまくはぐらかされたような気がしないでもないが、クレアはそこで追及を止めることにした。誰にだって言いたくないことの一つや二つあるもので、今は葵の援けになりたいというオリヴァーの気持ちが本物であれば、それでいい。

「おたく、ほんまに貴族の変り種やな」

「褒め言葉と取っておくぜ」

「よっしゃ、共同戦線や! キリルの毒牙からアオイを護るで!」

「おう」

 クレアとオリヴァーががっちりと手を握ったところで、ここに内密の同盟が誕生したのだった。






 校舎一階の北辺にある保健室の扉を後ろ手に閉めるなり、葵は大きなため息をついた。先程のアルヴァの態度も気にかかるが、それ以上に弥也から投げつけられた言葉が胸に重くのしかかってくる。


『あたしに電話してくる前にやることがあるでしょーが』


 そう言っていた弥也は、正しい。彼女に電話が繋がったのだから他にも電話をかけられるかもしれないと、もっと早くに気付くべきだったのだ。そして弥也の言っていた通り、せめて両親には、自分の口から無事であることを伝えなければ。

(ほんと、浮かれてたりしてる場合じゃないよね)

 恋愛よりも何よりも、自分がやらなければならないのは元の世界に帰れる方法を探すことだ。改めてそう思った葵は教室へ帰ろうとしたのだが、ふと、あることを思いついて歩みを止めた。

(この学校って図書室とかあるのかな?)

 トリニスタン魔法学園は魔法を学ぶ場だ。もし図書室があるのなら、そこには魔法に関する本がたくさんあるはずである。何で今まで気がつかなかったのかと自分を罵った葵は再び踵を返した。しかし保健室の扉に手をかけたところで、先程の光景を思い出して動きを止める。

(……やめよう)

 アルヴァは今、機嫌が悪い。それに、何でもかんでも彼に頼るのでは依存しすぎだ。そう思った葵は自力で図書室を探すべく、校内を歩き出した。

 しばらく一人で人気のない校内を歩いていると、やがて前方から話し声が聞こえてきた。トリニスタン魔法学園の校舎は円に近い形をしているので、緩いカーブを描いている廊下の先にいる人物は、まだ見えない。しかし話し声と、前方から漂ってくる独特な魔力によって、葵にはそこに誰がいるのか分かってしまった。

(マジスターだ)

 条件反射的に逃げ出そうとして、ふと我に返った葵は苦い笑みを浮かべた。今は昼休みで人の目がないし、もう出合い頭にキリルが拳を振り上げてくることもない。何も、逃げることはないのだ。むしろキリルには話があるのだから、これは好都合だろう。

 しばらくその場に佇んでいると、やがてキリル・ウィル・ハルの三人が葵の前に姿を現した。彼らはすでに葵がそこにいることを知っていたようで、遭遇したことに対する驚きはない。少しだけハルを気にした後、葵はキリルの傍へ歩み寄った。

「話があるんだけど、今いい?」

 葵からの申し出には答えず、キリルは何故かウィルを振り返った。するとウィルは、何かを心得ているように頷いて見せる。ウィルの反応を見てから再び葵に視線を傾けてきたキリルは、そのままの勢いで唐突に顔を近付けてきた。

「いっ!?」

 前歯がぶつかり合うガチッという音がして、口唇に衝撃を受けた葵は後退するのと同時に口元を手で覆った。アクションを起こした側のキリルにも想定外の事態だったらしく、彼もまた口元を手で覆って端整な顔を歪めている。顔を上げたらキリルの後方にいるウィルとハルの姿が目に留まり、公衆の面前で破廉恥な行為をされた葵はキリルを睨みつけた。

「急に何すんのよ!!」

「うるせぇ! お前の受け身がヘタクソだからオレまで痛い思いしただろうが!!」

「私のせいだって言うの!?」

「オレのせいかよ!?」

「あんたのせいでしょ! ヘタクソ!!」

 ヘタクソという一言が心に突き刺さったようで、ショックを受けた表情をしているキリルは言い返してこなかった。ウィルはポカンとしたままだったがハルが吹き出したのを機に、とてもこの場にいられないと思った葵は踵を返す。そうしてマジスターから遠ざかってから、葵は「サイテー!」という叫びを校内に谺させたのだった。






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