エスカレーション

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「ヤミナベちゅーもんはサイアクやな」

 友人のクレア=ブルームフィールドが昨日から幾度も口にしている科白をまた繰り返したので、宮島葵はトリニスタン魔法学園アステルダム分校の二年A一組の教室で苦笑いを浮かべた。昨夜の闇鍋は発案者である葵もビックリするほどの出来映えで、とても食せるものではなかったのだ。そして結局、クレアがまったく別のメニューで調理をし直したものが夕食となったのだった。

「奇跡的に美味しくなることもあるんだよ?」

「確率が低すぎや。食材がもったいないわ」

 闇鍋に辟易しているクレアが「もう二度とやらない」を繰り返すので、葵は昨夜、食卓を共にしたもう一人の人物の姿を思い浮かべた。

(アルにも悪いことしたかな)

 アステルダム分校の校医をしているアルヴァ=アロースミスは、クレアの強引な誘いによって半ば無理矢理に、闇鍋に参加させられた。その挙句に出てきたのがゲテモノでは、申し訳ないと言う他ない。だが葵は、自然と浮かんできた自分の考えを首を振って否定した。

(アルのことなんて気にすることないよ)

 葵は昨日、アルヴァに意地の悪い仕打ちを受けた。そのせいで夕食の時も、ずっと気まずかったのだ。それなのにアルヴァを気遣ってしまったのはそれがもう癖になっているからで、葵はそんな自分の思考が虚しくなった。

(ああ、もう。サイアク)

 今アルヴァのことを考えると、憤りとやるせなさが同時に襲ってくる。考えないようにしようと思っているうちに本鈴が鳴って、鐘の音に前後して女子生徒達が教室に駆け込んできた。ギリギリの登校はきっと、マジスター絡みだろう。そういうことはしょっちゅうあるので、葵は特にクラスメートを気にすることもなく教室の前方に視線を移した。その後すぐ、扉が開いて老齢の担任教師が姿を現す。授業が始まったので頬杖を突いてブラックボードを眺めていると、ふと、どこからか視線を向けられているのを感じた。

(何だろう……?)

 不審に思った葵が顔を傾けると、何故かクラスの女子のほぼ全てがこちらを見ていた。葵が振り向いたことで彼女達は慌てて目を逸らしていく。しかし葵が前方に顔を据えると、また側方から視線が突き刺さってきた。

(……嫌な感じ)

 今度は振り向くことをしなかったが、葵は胸中で呟きを零した。こうして訳が分からず注目を集めるのは初めてではない。その後には大抵、ろくでもないことになるのだ。またマジスター絡みだと直感した葵は人知れずため息をつき、どうか面倒なことになりませんようにと切実に願った。






 終業の鐘が鳴り響いて昼休みになると、トリニスタン魔法学園の生徒達は昼食を自宅で取るために一時帰宅する。そのため昼休みの間は校内から生徒の姿が失われるのだが、その日は帰宅をせずにいる女子生徒達の姿が四階の一室にあった。この階には一般の教室がないため、生徒が集う姿を見かけることは珍しい。そんな場所に集まっている少女達はやはり普通ではなく、彼女達はそこで密談をしているのだった。

「メサージュ、効果がありませんでしたわね」

 授業が始まる前に示し合わせていた二年A一組の女子生徒達は、教師が授業を始めるなり一斉に、葵に伝言を送った。普通ならばそれで葵の頭はパンクしたはずなのだが、彼女はケロッとしたままで、その後も昼休みに至るまで変化を見せなかった。誰かがシリアルナンバーが正しかったのかと問いかけてきたので、ココは首を上下させる。

「それは間違いありませんわ。それなのに、メサージュは届かなかった。その原因として考えられるのは、生徒の証を携帯していなかったということですわね」

 トリニスタン魔法学園では校則で、生徒の証を携帯するように定められている。だから本来ならばいつも身につけていなければならないものなのだが、葵は校則を無視しているのだ。それではシリアルナンバーが正しくても、メッセージは届かない。

「まさか、こうなることが分かっていて……?」

 生徒の証を持ち歩いていないのかと、誰かが推測を述べた。しかしすぐに、それは有り得ないとココが否定する。

「あの魔法に疎い女が、そんなところに気を回せるはずがないですわ。ですが、誰かが入れ知恵したとは考えられますわね」

「あっ! 坩堝るつぼ島出身の女!」

「あの女は多少魔法の知識があるみたいですから、その可能性は大きいですわね」

「まあ、にくたらしい」

「わたくし、あの女にこそいなくなっていただきたいですわ」

 ココの発言をきっかけに、話は葵のことだけに留まらなくなってきた。二人一緒に追い出す方法はないかとサリーが尋ねてきたので、ココは考えを巡らせる。

「二人いっぺんに追い出すとなると、わたくし達だけでは手に余りますわね」

「方法がない、ということですの?」

「そうは言っていませんわ」

 がっかりしかけたクラスメート達に、ココは策謀を感じさせる笑みを見せた。すると落ち込み気味だった少女達のムードが、期待を孕んだ華やかさに転じる。

「ココさん、どういうことですの?」

「わたくし達にも教えてくださいませ」

 クラスメート達から頼られたことに気を良くしたココは、胸を張って自身が考えた計略を明かした。

「まず、同志を増やしましょう。そして皆さんで、ご両親を動かすのです」

 トリニスタン魔法学園は貴族のみが入学出来る、魔法教育の名門校である。そこに集っているのがエリートだけであるからこそ、教育水準は王立の名に相応しいものになるのだ。しかし基準に満たない者が一人でも混ざっていれば、その人物が足を引っ張った分だけ水準が低下する。それはトリニスタン魔法学園の名に泥を塗ることになると、生徒一人一人が両親に訴える。それが、ココが考えた策略だった。

「でも、ココさん。ブルームフィールドさんはともかく、アオイさんはフロンティエールからの特別な留学生ですのよ? わたくし達が両親を動かしたところで、理事長に説得されてしまっては意味がありませんわ」

「フロンティエールからの留学生と言えど、アステルダム分校にいる必要はありませんわ。留学生の受け入れが国家間の問題ならば、あの女はもっと相応しい場所へ行けばいいだけの話ですもの」

 葵はおそらくフロンティエールの人間が魔法を使えるようになるかどうかのテストケースなのだろうが、そういった特別な事情のある留学生ならば何もアステルダムの分校にいる必要はない。王都の本校なり王家が直々に家庭教師をつけるなり、もっと相応しい教育を受けさせるべきなのだ。初めから学園がその辺りのことに配慮してくれていれば、分校でこんな軋轢は生まなかっただろう。分校に通う生徒の大半がそう考えていれば、例え理事長であろうと葵を庇うことは難しくなる。

「……そうですわね。要は、あの二人がアステルダム分校からいなくなってくれればいいのですもの」

「ココさん、冴えていますわ」

「わたくし、さっそく他のクラスの友人に話してみます」

 それまで無理だと思われていたことが実は可能かもしれないと分かったことで、女子生徒達はにわかに活気付く。葵もクレアも、何としてでも追い出したいという気持ちが人一倍強いココは周囲の色好い反応に満足げな微笑みを浮かべた。






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