エスカレーション

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 トリニスタン魔法学園が昼休みに入ると、葵はクレアと共に屋敷に帰ってきた。このところ昼食には弁当を持参することが多かったのだが、今日はクレアが午後から仕事なので、それに合わせて昼食を屋敷で取ることにしたのだ。着替えてくるというクレアとエントランスホールで別れると、葵も一度寝室に戻ることにした。

 葵が寝室として使用している部屋は二階の隅にあり、私室に戻った葵は手にしている魔法書を置くためにデスクへと向かった。すると急に、前方でボンッという派手な爆発音が鳴り響く。突然の出来事に驚いた葵は「うわあ」と悲鳴を上げ、魔法書を取り落としてしまった。

(び、びっくりした……)

 まだドキドキしている胸に手を当てると、葵は爆発の原因を探すべく周囲に視線を走らせる。デスクから黒煙が立ち上っていたので、原因はすぐに判明した。どうやら、そこに置いてあったトリニスタン魔法学園の生徒の証が爆発したらしい。

「何や、今の音!」

 慌てた様子のクレアがドアから顔を覗かせたので、葵は黒煙が細く立ち上っているデスクを指差した。

「なんか、爆発したみたい」

「爆発? 何がや?」

「トリニスタン魔法学園の、生徒の証」

「はあ?」

 意味が分からんとばかりに眉根を寄せると、クレアは葵の横を通り過ぎてデスクへと向かって行った。そして煙を発している生徒の証を、いとも簡単に手に取ってみせる。葵は熱くないのだろうかと思ったが、クレアの様子を見る限り、そんなことはないようだった。

「何で急に爆発したんだろ?」

「ん〜、なんや魔法っぽいニオイがしとるが、うちじゃよう分からん。これ持ってって、アルに訊いてみぃ」

 クレアの口からアルヴァの名前が出たことで、葵は若干表情を曇らせた。それを見咎めたクレアが不可解そうに言葉を次ぐ。

「何や、その顔?」

「あ、別に」

「おたく、あの『ケータイ』っちゅーのを持って来いって言われとったやろ? それもまだなんやないの?」

「……忘れてた」

 携帯電話の充電のこともあるのなら、アルヴァに会わないわけにはいかない。気は進まなかったもののクレアと昼食を済ませた後、葵は早めに学園へ戻ってアルヴァの元を訪れた。

「はい、これ」

 葵がそっぽを向きながら携帯電話を差し出すと、アルヴァは無言でそれを受け取った。しかしその直後、彼は嫌味っぽいため息を吐く。

「それが他人ひとにモノを頼む態度か?」

「……よろしくお願いします」

 アルヴァに頭を下げるのは癪だったが、事が携帯電話となれば低姿勢にならざるを得ない。そんな葛藤まみれの低頭はいい加減なもので、アルヴァは呆れたようだった。だが言及することはアルヴァにとっても都合が悪いらしく、彼はさっさと話を元に戻す。

「確かに渡しておくよ」

「ねぇ、マッドとどうやって連絡取ってるの?」

「前に会った時、レリエの情報を共有したんだ。用が済んだのなら、教室に戻りなよ」

 これ以上の雑談には応じないとばかりに、アルヴァはデスクに向き直ってしまった。白衣の後ろ姿をねめつけた葵は、そのあまりの素っ気なさに口唇を尖らせる。

(そんな急に、拒まなくたっていいじゃない)

 プライベートに首を突っ込むなとアルヴァは言うが、そもそもアリーシャと葵を引き合わせたのは彼である。その時はきっと、ここまで明確な線引きをしようとは思っていなかったのだろう。それなのに何故、急にこういうことになるのか。考えれば考えるほど理不尽に思えてきた葵は背後からアルヴァに近付き、彼が座っている椅子を後ろに引いた。そしてそのまま、無理矢理椅子を回転させる。自分の意思ではなく振り返ることになったアルヴァはひどく、驚いた表情をしていた。

「アル、ちょっと腹割って話そうよ」

「……え?」

「昨日はビックリして黙って帰っちゃったけど、私、納得してないから」

「納得?」

 何の話だか分からない様子で、アルヴァは彼らしくもなく困惑している。すぐに話が通じるだろうと思っていた葵も不可解に眉根を寄せた。

「何で急にプライベートがどうのとか言い出したの? 今まで、そんなことなかったじゃん」

「……ああ、その話か」

 話が通じると落ち着きを取り戻したようで、アルヴァは困惑を面から消し去ると葵の手を退けた。それまでアルヴァの肩を掴んでいた格好だった葵は姿勢を正し、改めて彼と向き合う。

「急に態度変えられたらこっちもやりづらいよ」

「じゃあ訊くけど、ミヤジマは僕のプライベートに興味があるの?」

 アルヴァから急に反撃を食らった葵は即答出来ず、口の中で呻いてから黙り込んだ。興味があるかと問われれば、ないとは答えられない。だが何としてでも聞き出したいというほど強い思いではなく、彼の過去に不用意に触れてはならないことも分かっているのだ。踏み込みすぎるときっと、お互いにとって危険なことになる。それが分かっているからこそアルヴァも接し方を変えてきたのだろう。だが変化は性急すぎて、そのやり方もスマートを好む彼らしくない。

「アルが何で態度を変えたのかは分かる、つもり」

 沈黙の後に葵が口を開くと、アルヴァはその答えに冷笑した。

「へぇ。分かってるのに、僕の譲歩を否定しようっていうの?」

「分かった、ごめん。もうプライベートなことには口出さないから。でもさ、追い払おうとしないでよ。私にはアルだけなんだから」

 葵は『アルヴァが最も頼りに出来る人だ』という意味で言ったのだが、アルヴァからはしばらく反応が返ってこなかった。奇妙な間を置いて、アルヴァは細長いため息を吐く。

「分かった。お互いへの気遣いは、くれぐれも忘れないようにしよう」

「うん」

 アルヴァが要求を呑んでくれたことに、葵は心底ホッとした。初めは信用ならない奴だと思っていたのが、いつの間にか随分とアルヴァを頼りにしていたようだ。気まずかった関係が改善されたところで、さっそく彼の援けを必要とした葵はスカートのポケットから生徒の証を取り出す。

「さっき家に帰ったら、これが突然爆発したの。何でだか分かる?」

 葵が差し出したものを見るとアルヴァは顔色を変えた。

「これは、生徒の証?」

「うん。黒焦げになっちゃってるけど」

 葵から生徒の証を受け取ると、それを片手に乗せたアルヴァは空いている方の手を証の上に掲げた。そして「アン・ナリーゼ」と呪文を唱える。すると生徒の証から文字が浮き出て来て、空中に羅列された。

「何、これ?」

「触るな。これは生徒の証が受けた魔法を文字化して示したものだ」

 ここから爆発の原因を探るのだと言うと、アルヴァは閉口してしまった。喋っている時から難しい表情で字面を睨んでいた彼は、やがて深々と嘆息する。

「どうやら伝言メサージュのようだね。一度に大量のメッセージを受け取ったせいで生徒の証がパンクしたようだ」

「メサージュって、誰かが私にメッセージを送ってきたってこと?」

「ただのメッセージじゃない。これは呪詛だよ」

「……どういうこと?」

 嫌な感じだけはひしひしと伝わってきたものの、葵には今ひとつアルヴァが言わんとしていることが理解出来なかった。再び眉根を寄せたアルヴァは葵を見据え、補足を口にする。

「もしミヤジマがこの証を持っていたら、パンクしたのはミヤジマの頭の方だっただろうね」

「えっ、ええ? それって、つまり……」

「嫌がらせだよ。それもかなり悪質な」

 アルヴァが断言するので葵は絶句した。しかし言葉を失ったのも束の間、ふと教室での出来事が蘇ってくる。今朝、やたらとクラスの女子に見られていたのは、実はそういうことだったのではないだろうか。原因に見当がつくと腸が煮えてきて、葵は怒りのあまり声を震わせた。

「あ、あいつら……」

「心当たりがあるようだね?」

「でも、何でそんなことされるのか分からない」

「それはきっと、マジスター絡みじゃないの?」

 アルヴァの憶測は葵が今朝考えた理由と一致していた。キリルの「オレに惚れろ」発言がこんなにも尾を引くとは予想出来ず、葵は再び言葉を失ってしまう。

「やはりミヤジマは生徒の証を持っていない方がいいね」

「……私が持つ分には厄介って、こういうことだったのね」

「ところで、ミヤジマ。キリル=エクランドのことはどうするつもりなんだ?」

「どうって……言われても」

「キリル=エクランドの気持ちがどうあれ、ミヤジマの方には彼とどうこうなる気はないんだろう? それなら早く、今の状態から脱した方がいい」

 キリルが付き纏う限り、嫌がらせは続く。アルヴァがそう言っていることは葵にも分かっていた。この学園の女子は放っておくと、どんどんエスカレートしていくのだ。すでにそういった目に遭ったことのある葵は早くキリルと話をしようと思い、アルヴァの元を後にした。






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