ただいま特訓中

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「疑って悪かった!」

 葵が血の誓約サン・セルマンに関与していないことを認めると、マシェルはすぐ謝意を口にした。勘違いをしていたとはいえ女の子に手を上げるなんてサイテーだと、マシェルは一人で喚いている。その様子から察するに、普段の彼は女性に対して乱暴なことなどしないのだろう。謝罪にも誠意が窺えただけに、葵はマシェルを豹変させた『血の誓約サン・セルマン』というものに不審を抱いた。

「ねぇ、サン・セルマンって何なの?」

 先程クレアからも同じ質問が出ていたが、二人に問いかけられたオリヴァーは苦笑することで茶を濁した。

「その話は今度にしようぜ。今はとにかく、この空間から出るのが先だ」

 そろそろ屋敷の中に入ってみようとオリヴァーが言うので、一同はそれに賛同した。周囲の意を受けて、オリヴァーがさっそく扉に手を伸ばす。その何気ない仕種に、葵とクレアは慌てて制止の声を上げた。

「魔法! 魔法使って!」

「そうやないとペナルティ食らうわ!」

 葵とクレアがあまりにも必死に声を張り上げたので、オリヴァーは瞠目していた。どこからか点滴セットを取り出して、自分で輸血を始めていたマシェルが呆気に取られているオリヴァーの代わりに口を開く。事情を説明するよう求められた葵とクレアは、進級試験に向けて魔法の特訓をしていたことだけを簡略に説明した。

「へぇ。進級試験なんてものがあるのか」

「なんや、マジスターは受けなくてええんか?」

「俺達には関係ないな。本校ではそういうの、あるのか?」

 オリヴァーの独白にクレアが応えたことにより、試験の話題はマシェルにまで及んだ。話が脱線してしまったため、また足止め状態になったことに葵は苦笑する。和やかだなぁと思いながら眺めているとキリルと目が合ってしまったので、葵は慌てて顔を背けた。

「よし、じゃあ今度こそ行くか」

 イミテーション・ワールドに閉じ込められている現在の状況を、オリヴァーは少し楽しみ始めているようだ。朗らかに宣言すると、彼は扉を開ける呪文を唱える。「アン・ムヴール」という呪文に反応した扉はすんなりと、一同の前に道を開けた。

 中へ入ってみると、そこは葵とクレアが暮らしている屋敷ではなかった。彼女達が暮らしている屋敷は玄関戸を開けるとすぐエントランスホールがあるのだが、イミテーション・ワールドの屋敷は玄関戸が小部屋につながっていたのだ。最後に葵が入室すると、彼女の背後で扉がひとりでに閉まる。誰かが呪文を唱えたわけではなかったので、そういう仕組みだったのだろう。

『試練の館へようこそ』

 玄関戸が自動で閉まると、どこからともなく無機的な声が聞こえてきた。中性的な声は屋敷に招き入れた者達の反応とは無関係に、事務的なアナウンスを口にする。その説明によると、この館の試練をクリアすれば外に出られるとのことだった。

「面白そうだな!」

「俺達でやっていいか?」

 マシェルもオリヴァーも『試練』という言葉にワクワクしているようだったので、葵とクレアは同時に「どーぞ」と答えた。住人の許しを得るとオリヴァーとマシェルはさっそく奥に続く扉を開け、先に進んで行く。その後をキリルが追ったので、葵とクレアはさらに後から歩き出した。

「あ、フツウに歩いちゃった」

「うちもや。せやけど、へーきみたいやな?」

「そうだね。私達の練習とはルールが違うのかも」

 そこで一度話が終わると、クレアが不意に笑みを浮かべた。その微笑みは冷やかしを含んだもので、不穏な気配を感じた葵は眉根を寄せる。

「何?」

「さっきのキリル、ちょおカッコ良かったやんか」

 先程の出来事は葵も少なからず意識していたため、クレアが何を言いたいのかすぐに分かってしまった。しかし、だからといってどういう反応をしていいのか分からず、葵は眉間のシワを深くする。そこへ早く来いとの呼び声がかかったため、これ幸いと話を切り上げた葵はクレアを促した。

(庇ってくれたのは、嬉しかったけど)

 そもそもキリルには、今まで散々な目に遭わされてきている。それをたった一回庇ってもらっただけで帳消しにすることは出来ないし、そう簡単に態度を変えるのも無理だ。そう思った葵はとにかく考えないことに決め、目の前の試練に集中することにした。

 小部屋を抜けた先は広い空間になっていた。部屋というよりはホールと言った方が良さそうな空間には何もなく、ただ風だけが吹いている。しかしただの風・・・・・というわけではないようで、何かを察した様子のオリヴァーがすぐに呪文を唱えた。

「レ=プス=アン=ナリエール=ヴァント」

 オリヴァーが使ったのは風の魔法で、呪文を直訳すると『風で、風を押し返せ』という意味合いになる。要は吹き付けてくる風に魔法を使った者が生み出した風をぶつけて相殺するのだが、オリヴァーの魔法が強すぎたのか、風は止んでしまった。

「もしかして、試練ってこれで終わりか?」

 しばらく待ってみても何も起こりそうになかったので、オリヴァーが味気無さそうに独白を零す。しかしその直後、葵とクレア以外の三人は一様に同じ方向へと視線を傾けた。ワンテンポ遅れて、葵とクレアも少年達の視線を追う。すると前方に、巨大な竜巻が出現した。

「あれを止めろってことだな? オレが行くぜ!」

 不気味にうねりながら近付いて来る竜巻を見て嬉しそうな声を発したマシェルの姿が、瞬く間に遠ざかって行った。前方に向かって跳躍すると同時に風を纏った彼は、天井付近の空中で動きを止めると竜巻に向かって何かの魔法を放つ。すると天井まで立ち上っていた竜巻が大きく揺らぎ、隙間が出来た。その瞬間を逃さず、マシェルは竜巻の内部へと姿を消す。しばらくの後、渦を巻いていた風は内側から弾け飛んで、跡形もなくなった。

「今……何がどうなったの?」

 全てを目撃していてもマシェルが何をしたのかさっぱり分からず、葵はオリヴァーに説明を求めた。クレアも彼を見たため、オリヴァーは二人に向かって口火を切る。オリヴァーの説明によると、マシェルは風の魔法で飛翔し、竜巻に風の魔法をぶつけることで渦を巻いていた風の流れを堰き止め、相殺されたことで出来たスペースを利用して竜巻の内部に入り込み、内部から強圧な風を四方へぶつけることで竜巻を四散させた、ということらしかった。

「はあ……ぜんぶ、風の魔法だったわけね」

「風を相手にするには土か火か、同属の風がいい。ウィルもマシェルも、ヴィンス家は風の魔法が得意だからな」

 だからマシェルは風を使ったのだろうと、オリヴァーは言う。納得した葵とクレアは、それぞれに深々と頷いた。

「対戦するんやったら、属性の相性は常に考えなあかんな」

「あ、そっか。対戦なんだっけ」

 葵とクレアが受ける進級試験は教師の前で魔法を披露するのではなく、実際に魔法を使って生徒同士が闘う形式なのだ。そうなってくると攻撃をするにも防御をするにも、魔法の相性は重要だ。葵とクレアがそのことを確かめ合っていると、戻って来たマシェルが後方を指差した。

「竜巻を消したら扉が出てきたぜ」

 マシェルが指差した方向を見てみると、確かに竜巻があった辺りにポツンと扉が出現している。それは『試練を乗り越えたので先に進め』という意味なのだろう。今は兎にも角にも進むしかないため、一同は扉をくぐって次のステージへと向かった。






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