葵を部屋から追い出した後、再び憤りを露わにしたアルヴァはロバートに詰め寄った。怒りに任せて胸倉を掴み上げると、されるがままでいるロバートは薄笑いを浮かべる。
「君が本気で腹を立てるのは珍しいな」
「もう一度訊く。ミヤジマに何もしなかっただろうな?」
「大したことはしていない。それを彼女がどう捉えたかは、分からないがな」
「何をしたのか、具体的に言え」
「立場上、卑猥な発言は控えたいのだが」
「いいから言え!!」
「君が望むのなら、仕方がない」
わざとらしく嘆息すると、ロバートは葵の体に触れたことを明かした。それが肩に手を置いただけのものだと知り、煽られて熱くなっていたアルヴァは絶句する。
「それのどこが卑猥なんだ」
激しい眩暈と頭痛を覚えたアルヴァはロバートから手を離し、フラつく体の拠り所を求めてベッドに腰を下ろした。動揺を隠しきれなかったアルヴァを見て、ロバートは心底楽しそうに笑う。からかわれたアルヴァは胸中で、やはりこの男は腐っていると毒づいた。
「ところで、私の創り出した
先頃、ある空間を魔力の殻で包むことによって世界から隔絶し、その内部に新たな世界を構築するという、
「僕は関係ない」
「この部屋の存在自体が、君があの論文の発案者であることを如実に物語っていると思うがね」
アルヴァとロバートがいる保健室に酷似した『部屋』は、アルヴァが創り出した一種のイミテーション・ワールドである。この部屋はアルヴァがアステルダム分校の校医となってすぐに創ったもので、ロバートは論文が発表される以前からイミテーション・ワールドが存在していたことを知っているのだ。さらに本校の同窓生でもある彼は、アルヴァの過去も知っている。
学生時代、アルヴァは確かに自身の魔力で物体を覆うことで、その物体を世界から隔絶してしまえることを証明してみせた。実際に新技術を確立したユアン=S=フロックハートという少年も、アルヴァのこの発想を基にイミテーション・ワールドを創り上げたのであり、そういった意味では、アルヴァが発案者であると言えないこともない。だがアルヴァはユアンの名を持ち出さず、自身の関与も完全否定することで、全てをレイチェルの功績だと断言した。
「君の姉君への献身は見事なものだ。だがそうして、君の名は闇に葬られてきたのだな」
「何度も言っているが、僕は関係ない。レイチェルが認められているのは彼女の実力だ」
姉を庇うわけではなく、自身を卑下するわけでもなく、アルヴァは本当にそう思っていた。レイチェルには確実に、輝かしい才能がある。それは他の誰でもなく、間近でその才を目の当たりにしてきたアルヴァが、一番よく知っていた。その才能に憧れと妬心を抱いていたのは、今はもう昔の話だ。
レイチェルの才能まで否定するつもりはないようで、ロバートは少し寂しげな笑みを浮かべただけで言葉は次がなかった。ロバートのその表情を見た瞬間、胸中を明かしすぎたことを後悔したアルヴァは乱れた髪を後ろに掻き上げながら話題を変える。
「それで、試験の結果はどうだったんだ?」
アルヴァは試合が始まる前に拉致されたため、特別試験の内容も結果もまったく知らない。理事長の顔に戻ったロバートが葵とクレアに合格を言い渡したと聞き、アルヴァはひとまず安堵した。
「アステルダムの生徒が納得するような内容だったか?」
アルヴァが問うと、ロバートは
「これは……」
「私も驚いた。この炎はエクランドが誇る
「強力な魔法であることは明らかだが、試験ではその防御性のみが際立っていた。これが攻撃に使われた魔法であれば否が応でも目を引いてしまっただろうが、ミヤジマ=アオイは使い方を心得ていたようだな」
葵とクレアの攻撃には泥臭さが目立って、鮮麗された魔法を使うトリニスタン魔法学園の生徒達はその異様さに釘付けになっていた。ロバートがそう言うので、アルヴァはホッとして息をつく。しかし安堵したのも束の間、ロバートから目を向けられたアルヴァは質問を投げかけられそうだと察し、真顔に戻った。すると案の定、ロバートからは好奇心に富んだ疑問が飛び出してくる。
「ミヤジマ=アオイはどうやって、あのような炎を呼び出したのだ?」
「知ってたとしても君には絶対教えないけど、残念ながら僕にも分からない」
「ふむ。分からないというのは本当のことのようだな」
「…………」
「やはり彼女は興味深い。直接話を聞かせてもらいたいところだが、許してはもらえなさそうだな?」
「当たり前だ」
「では、精霊の炎について我が校のエクランド少年に話を聞いてみるとしよう。彼もあの試合は見ていたからな」
「……マジスターがこれを見ていたのか?」
ロバートの一言で新たな懸念を抱いたアルヴァは攻撃的な態度を改めた。しかしロバートがキリルを話題に上げてきたのには真意があったらしく、彼はアルヴァに頷いて見せた後、マシェル=ヴィンスの名前を口にする。
「何故、本校の生徒である彼がアステルダムにいる?」
「それについては、僕も不可解に思っている。本校の方で何か情報はないのか?」
本校の卒業生であるロバートには、後輩の指導をする義務がある。そのため彼は本校の事情には詳しいはずなのだが、マシェルのことについては分からないと首を振った。
「我が校には彼の兄弟がいる。何か関係があるのではないか?」
「ウィル=ヴィンスか……」
本校の生徒であるマシェルがアステルダム分校にやって来た理由は、まず間違いなくウィル絡みだ。葵からマシェルの異変についても断片的な情報を得ていたため、アルヴァもそのことは承知していた。だがこの問題は、ロバートに首を突っ込まれると都合が悪い。そのためアルヴァは今初めてウィルの存在を念頭に置いたというポーズを取り、言葉を続けた。
「試験も終わったことだし、少し僕の方で調べてみるよ」
「そうか。何か分かったら報告を上げるように。私は一応、この学園の理事長なのだからな」
「分かってるよ」
報告を上げる気などさらさらなかったが、アルヴァは涼しい顔で頷いてみせた。それが嘘であることをロバートも見抜いていて、彼は苦笑してから姿を消す。一人になるとアルヴァはまず身なりを整え、それから通信魔法に使用するレリエというマジック・アイテムを取り出した。
実は葵からマシェルについての話を聞いた後、アルヴァは幾度かウィルに連絡を取ろうと試みていた。しかし一度も通信は繋がらず、今に至っている。これまでは試験のことを優先的に考えていたので放っておいたが、そろそろ彼を捕まえる必要があるだろう。そう思ったアルヴァがしつこく通信を要求していると、やがてレリエが魔法を受信した。
連絡を寄越してきた人物はウィルではなかった。しかし連絡を待っていた相手には違いなかったので、アルヴァは素早く服装を正してから通信に応じる。レリエから発せられた光が壁に映し出したのは、スキンヘッドにサングラスといった奇抜な格好をしている青年だった。
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