すれ違い、重ならない

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 冬月とうげつ期二番目の月にあたる、白殺しの月の二日。冬の間は滅多に雲が晴れることがないため、その日も空には重い雪雲が垂れ込めていた。止む気配もなく降り続いている大粒の雪はあちこちで積もっていて、丘の上に建つトリニスタン魔法学園アステルダム分校を白く染め上げている。だが敷地内の東の一画には、冬景色に似つかわしくない庭園が存在していた。雪を被ることのないその花園は生徒達の間で『大空の庭シエル・ガーデン』と呼ばれている。

 シエル・ガーデンの中央部には花を愛でるための場所が設けられていて、そこには三人の少年の姿があった。彼らは真っ白なテーブルを前に座していて、それぞれに紅茶が注がれたティーカップを手にしている。一般の生徒が自由に出入りすることの出来ないこの場所で、優雅にお茶を楽しめるのは学園のエリート集団であるマジスターだけだ。

「キル、元気ないね」

 会話の口火を切ったのは栗色の短髪にブラウンの瞳といった容貌をしている少年だった。彼は名を、ハル=ヒューイットという。ハルの発した一言にギクリとした表情を浮かべたのは長い茶髪を無造作に括っている少年。スポーツマンタイプのがっちりした体躯をしている彼は、名をオリヴァー=バベッジという。そして微かに眉根を寄せながら顔を傾けた黒髪の少年が、話題に上ったキリル=エクランドである。キリルはその漆黒の瞳にハルの姿を映したものの、すぐにフイッとそっぽを向いた。

「うるせーから黙れ」

「分かった」

 不機嫌そうなキリルに咎められて、ハルは本当に口をつぐんでしまう。その無頓着ぶりは先程の発言に大意がないことを如実に表していて、オリヴァーはどこまでもマイペースなハルに呆れた息を吐いた。

「そこでホントに黙るなよな」

 オリヴァーもハルも、キリルが何故沈んでいるのかを知っている。しかしキリルがその話題を続けることを全身で拒絶していたため、オリヴァーは独白を零すことにした。

「それにしてもウィルの奴、どこで何してるんだろうな」

 アステルダム分校のマジスターはここにいる三人の他に、ウィル=ヴィンスという少年がいる。しかし彼は行方をくらませているため、このところシエル・ガーデンに現れることもなかった。今日もおそらく、姿を見せることはないだろう。その原因となっている人物が現れたので、マジスター達は一様に魔法陣が描かれている方角へと顔を傾けた。

「よ。お揃いだな」

 軽く片手を上げながら挨拶を寄越して来たのは、真っ赤な髪を逆立てている少年。彼は名をマシェル=ヴィンスといい、顔も性格も似ていないが、ウィルの双子の兄弟である。

「帰るからアイサツに来た。いろいろと世話になったな」

 マシェルが姿を現すなり驚くような発言をしたので、オリヴァーは目を丸くしながら口を開いた。

「帰るって、本校にか?」

 マシェルはトリニスタン魔法学園の本校に通っている身である。その彼がアステルダム分校に滞在していたのはウィルを探すためで、ひいては自身に起っている異変を解決するためだった。その異変というのが尋常ならざるものだったのだが、彼はあっさりと問題は解決したのだと言う。昨日までは何も手掛かりがなかった状態だったため、オリヴァーはその急転直下に眉をひそめた。

「ウィルが見付かったのか?」

「いや、そういうわけじゃねぇよ」

「なら、他に原因があったってことか」

「ま、そんなところだ。オレにもよく分からねーんだが、とりあえず元に戻ったから良しとした」

 マシェルの物言いは何かスッキリしないものがあったが、彼はそれ以上のことを語るつもりはないようだった。そこへまた新たな人物が現れたので、その話題は流れてしまう。一般の生徒は気軽に入って来られないはずの場所に現れたのは、トリニスタン魔法学園の制服に身を包んだクレア=ブルームフィールドだった。

「アオイ、見んかったか?」

 傍へやって来るなりクレアが口にしたのは、ミヤジマ=アオイという少女のことだった。その名が持つ効力に、それまで明後日の方角を見つめていたキリルの視線が戻って来る。

「どういうことだ?」

「おたくには訊いてへん!」

 先日の出来事にまだ腹を立てているらしく、クレアはキリルを一喝するとオリヴァーに視線を戻した。クレアの勢いに面食らったキリルは、そのまま呆けた様子で口をつぐんでしまう。可哀相に思いながらキリルを一瞥した後、オリヴァーは改めてクレアと向き合った。

「今日は見てないけど、何かあったのか?」

「屋敷にも教室にもおらんのや。うちも昨日は仕事やったから確かなことは分からんのやけど、どうも昨夜から帰ってないような気がするんや」

 それは、行方不明というのではないだろうか。そう思ったのはオリヴァーだけではなかったようで、キリルがまず血相を変えた。しかし詳しい話を聞こうにもクレアが相手にしてくれないので、無視されたキリルは苛立ちを滲ませる。その様子を見て取ったオリヴァーは慌ててクレアとの話を再開させた。

「アオイの行きそうな場所に心当たりはないのか?」

「せやから、念のためにここへも来てみたんや。でも、おらんようやな」

「塔は?」

 不意にハルが口を挟んできたので、その場の視線は彼に集中した。誰もが意外そうな面持ちをしていたがハルは気にせず、クレアに向かって言葉を重ねる。

「行ってみた?」

「塔?」

「ここの北にある。あそこなら、いるかも」

「……何でお前がそんなこと知ってんだよ」

 クレアとハルの会話を叩き切ったのは、キリルの冷えた呟きだった。その独白にはあからさまな苛立ちと怒りのような感情が含まれていたが、キリルを振り向いたハルはあくまで淡々と答えを口にする。

「前によく、そこで会った。気に入りの場所なんじゃないの」

「オレ達に黙って、二人きりで会ってたっていうのかよ」

「嫉妬?」

「そんなんじゃねぇ!!」

「二人ともやめろって!」

 キリルがハルに掴みかかって行こうとしたので、オリヴァーは彼らの間に体を割り込ませて仲裁した。幼い頃からの付き合いであるマジスターにとっては日常茶飯事な光景だったが、クレアとマシェルは呆れた表情を浮かべている。なんとかキリルを宥めた後、オリヴァーは咳払いをしてからクレアに向き直った。

「とにかく、行ってみようぜ」

 クレアに同行することになったのはオリヴァーだけではなく、結局はその場にいた全員でシエル・ガーデンの北にある塔に向かうことになった。しかし塔を訪れてみても、そこに葵の姿は見当たらない。この後はどうするのかとオリヴァーが問いかけると、クレアは眉根を寄せて空を仰いだ。

「前にも外泊しとったし、そない心配することでもないとは思うんやけどな。とりあえず、アルに相談してみるわ」

「なんか、前にも聞いた名前だな」

「なに言うとんのや。この学園の校医やろ?」

「へぇ。あのウサギ、アルっていうんだ」

 傍で話を聞いていたハルが「初めて知った」と独白の続きを口にすると、クレアは妙な表情になって彼を振り返った。何か、会話が噛み合っていない。そう感じたオリヴァーはクレアに向き直り、辻褄を合わせてみることにした。

「クレアが言ってる『アル』って、もしかしてアルヴァ=アロースミスって人のことか?」

「アルヴァ=アロースミス……だって?」

 頷いて見せたクレアの横で驚愕の表情を浮かべたのはマシェルだった。彼が何に驚いているのかは誰にも理解されておらず、一同は首を傾げている。しかし、すっかり興奮してしまったマシェルの頭からは『説明する』という行為が抜け落ちてしまったようで、彼は瞳を輝かせながらクレアに詰め寄った。

「あの人がここにいるってのか!?」

「な、何やいきなり! おたく、アルと知り合いやったんか?」

「是非そうなりたいぜ! どこにいるんだ? 教えてくれよ!」

 マシェルに迫られたクレアが困窮の悲鳴を上げたので、オリヴァーはとにかく落ち着くようマシェルを説得した。しかしオリヴァーを振り返ったマシェルは、これが落ち着いていられるかと捲し立てる。彼がこれほど興奮している様を見るのは初めてで、オリヴァーは驚くと同時に不可解さを抱いた。

「アルヴァ=アロースミスって、そんなに凄い人なのか?」

「すげぇ人だぜ。な、ハル?」

「トリニスタン魔法学園の生きた伝説?」

「そう、それだ!」

 マシェルとハルの間では話が通じているようだったが、それ何を意味するのか分からないオリヴァー・キリル・クレアの三人は首を傾げた。






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