決意を新たに

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 その日の授業が終了した放課後、葵は正門に向かう生徒の波から外れて校舎の北側にある裏門を目指した。正門にも裏門にも同じく転移用の魔法陣が描かれているのだが、大多数の生徒が使っているのは正門の魔法陣なので、裏門付近は寂れている。人気のないその場所で、エレナは門柱に寄りかかって葵を待っていた。

「何で裏門?」

 エレナと顔を合わせるなり、葵は昼休みに聞けなかった疑問を口にした。するとエレナは、何を問われているのか分からないといった風に小首を傾げる。

「アタシ、人がいっぱいいるのって苦手だから。それが何か、問題あった?」

「問題っていうか、こっちの魔法陣はマジスターくらいしか使ってないみたいだから。何でだろうと思って」

「そうだったんだ?」

 エレナの反応から察するに、どうやら彼女は本当に知らなかったらしい。この学園の女子生徒でここまでマジスターに関心の薄い者も珍しく、葵はエレナの態度に好感を抱いた。

(警戒しなくても大丈夫そう、かな?)

 マジスターが絡まなければ嫌がらせをされる謂われもない。ここへ来るまではまだエレナの家に行くことに不安を抱いていたのだが、それもどこかへ行ってしまった。

「じゃあ、行きましょう?」

 そう言い置くと、エレナは葵を魔法陣へ促した。二人とも魔法陣の上に乗るとエレナが呪文を唱え、瞬時にして場所を移動する。そうして行き着いた先は日本の一般的な一軒家のような、わりとこじんまりとした屋敷だった。

「狭い所で悪いんだけど、入って」

 エレナはそう言っていたが、これくらいが適度だと思った葵は変に臆することもなく、彼女の家にお邪魔した。部屋数は多くなさそうだったが、家の中には広々としたサルーンがあり、そこに通された葵は暖炉の傍で椅子に腰を下ろす。暖炉に火を入れると、エレナはさっそく本題を口にした。

「召喚魔法はね、バラージュっていう魔法使いが生み出したの。彼は送還の魔法も完成させていたのだけれど、今はそのどちらもが失われているわ。そのことは知っている?」

「あ、うん。そのあたりのことは、何となくは」

「異世界から召喚された者のことを召喚獣というのだけれど、そのことは?」

「知ってる」

「そう。じゃあ、これは知っているかしら? 召喚獣がこの世界にやって来るのには二つのパターンがあるの。一つは、言うまでもなく召喚ね。もう一つはこちらから呼んでいないのに、彼らの方からやって来るパターン」

「えっ、そんなのがあるの?」

 この世界にいる召喚獣は全て、誰かに召喚されたものだと思っていた葵はエレナの発言を意外に思った。葵が知らない情報を知っていたことが嬉しかったのか、エレナは少し得意げな面持ちになって説明を続ける。

「世界と世界の間には狭間の世界があるでしょ? その狭間の世界に歪みが生じると、稀に異世界同士がつながってしまうことがあるんですって」

「そこを通れば元の世界に帰れる、ってこと?」

「それは無理よ。偶然開かれた道というのは繋がる世界もランダムだもの。召喚獣が元いた世界に帰ろうと思うのなら、ちゃんとした送還の魔法を使う以外に方法はないわね」

「そうなんだ……」

 それではやはり、送還の魔法を復元する以外に自分が帰る方法はない。そう思ったのと同時に、あることを思い出した葵は空を仰いだ。

(そういえば、管理人さんは自分からこの世界に来たんだって言ってたっけ)

 葵が以前に住んでいたワケアリ荘というアパートの管理人は、葵と同じく異世界からの来訪者だった。葵が自分の意思とは無関係に召喚されたのに対して、管理人は後者の方法を使って自らこの世界に来たというわけだ。一人で納得した後、葵はエレナを振り向いた。

「エレナは送還魔法についても詳しいの?」

「詳しい、とは言えないわね。なにしろ大元の研究自体が失われてしまっているわけだから」

「召喚魔法にしても送還魔法にしても、やっぱりバラージュって人の研究が完全に分からないと難しいってことだよね?」

「そうね。でも、それが出来ないから召喚魔法は禁呪とされているのよ」

「何とかして復活させる方法、ないのかな?」

 そこまではエレナにも分からないようで、彼女はバラージュという魔法使いが非常に優秀だったことを口にして、話を終わらせた。

「あら、まだお茶も出してなかったわね。ちょっと待っててくれる?」

 そう言い置くと、エレナはいったんサルーンを出て行った。戻って来た時にはワゴンを押していて、その上にはシルバー製の茶器が並べられている。魔法ではなく手作業で紅茶を淹れると、エレナはティーカップを葵の元に運んできた。葵がお礼を言いながら受け取ろうとすると、エレナの手から滑り落ちたティーカップが宙に舞う。それは椅子に座っていた葵の上に落ち、真っ白なローブに茶色の染みをつくった。

「やだ、大変!」

 ローブの惨状を目にして慌て出したエレナは、大袈裟なことに入浴を勧めてきた。さらには「一緒に入ろうかな」などとエレナが言い出すので、焦った葵は首を振る。

「それは、ちょっと。恥ずかしいから」

 葵の体には召喚獣の証が刻まれている。一緒に入浴などしてしまったら、自分が異世界からの来訪者だと自白しているようなものなのだ。

「こんな恰好じゃアレだから、帰るね」

「待って。そんな恰好で帰せないわよ。せめて着替えだけでもしていって?」

 自分の服を貸すからと言うと、エレナは葵をサルーンから連れ出した。別室で手渡されたのはトリニスタン魔法学園の制服で、エレナが出て行くのをしっかりと確認した後、葵は苦笑しながら着替えを始めた。

(エレナって天然なのかな)

 紅茶を零してしまったところまではいいとしても入浴を勧めるのは大袈裟すぎるし、それで一緒に入ろうなどとは、どこか抜けている感じがする。今まで周囲にいなかったタイプではあるが、嫌いではない。そんなことを考えながら汚れたローブを脱いだ葵は、ふと視線を感じたような気がして辺りを見回した。

(……気のせい、かな?)

 外から覗かれないように窓にはちゃんとカーテンが引かれているし、人の気配のようなものは感じられない。それでも少し気味が悪く、早く着替えてしまおうと思った葵はエレナが用意してくれた替えのローブに手を伸ばした。刹那、ローブを掴んだ左手から炎が立ち上る。

「うわっ!」

 左手の薬指に嵌めている指輪から出現したのは、炎が人間を模ったものだ。甲冑を着込み、先端が細いランスを持っているそれは炎の守護者フレーム・ガルディアンと呼ばれている。

 葵がフレーム・ガルディアンを見たのは、これが二度目のことだった。唐突に出現したそれをどう扱えばいいのか分からず、葵は下着姿のまま右往左往する。フレーム・ガルディアンはしばらく辺りを警戒するような動きを見せていたが、やがてひとりでに指輪へと戻って行った。

(な、何だったの?)

 フレーム・ガルディアンは主の身を護る代物なのだという。それが何故、このタイミングで出現したのだろうか。別段身の危険を感じていたわけではない葵は不可解に思ったが、扉の外からエレナの声が聞こえてきたので思考を中断して着替えを済ませることにした。

 着替えを終えて部屋の外へ出ると、エレナが廊下で待ち構えていた。葵はそろそろ帰ろうと思い、エレナにその旨を告げる。するとエレナが家まで送ってくれると言い出したので、葵は首を振った。

「送ってくれるなら学校にお願い」

「学園まででいいの?」

 それなら家まで送るとエレナは言ってくれたが、屋敷の場所をあまり他人に教えるのはまずいので、葵は適当な用事をでっちあげることにした。学園に用があるのならと、エレナも納得する。

「あ、そうだ。エレナって何年何組?」

「二年S二組よ」

「二年生なんだ?」

「あら、友達になるのに学年なんて関係がないでしょう?」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」

「いいのよ」

 分かってるわと言うと、エレナは人好きのする笑みを浮かべた。その笑顔につられて、葵も頬を緩ませる。

「準備が整ったらアタシから会いに行くわ。だから、アオイは待っててね?」

「分かった。じゃあ、待ってるね」

「フフッ。それじゃあ、行きましょうか」

 屋敷の外へ移動すると言ってエレナが歩き出したので、葵もその後に従って彼女の家を後にした。






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