不審の種

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 ウィルの双子の兄弟であるマシェルは、自分では交わした覚えのない血の誓約サン・セルマンに縛られていた。そのため彼は、ある単語を口にすると大量出血するという特異な状態に陥っていたのだ。その単語は、ミヤジマ=アオイ。これは葵が、自分の知らないところで誓約に組み込まれていたことを意味している。誰がそんなことをしたのかと考えれば、思い当たる人物は一人しかいない。

 ウィルとオリヴァーの会話からアルヴァの存在を導き出した葵は、自分の考えを否定することが出来なかった。サン・セルマンを知っているかと尋ねた時のアルヴァの反応は何か含みを持たせたものだったし、ウィルの体に現れた異変もアルヴァの姉であるレイチェルと同じものだ。これはもう、偶然などではないだろう。アルヴァは間違いなく、ウィルが目の色を変えて探している『あいつ』だ。

「アオイ? どないした?」

 クレアに声をかけられて、考えに沈んでいた葵はハッとした。

「顔、真っ青やないか。具合が悪いんやったら帰るで」

「ううん、平気」

 心配してくれているクレアにそう応えた後、葵は気分を立て直すために深呼吸をした。

「ちょっと、ウィルと二人だけで話をさせてくれない?」

 葵の申し出にキリルがまず顔を曇らせ、オリヴァーとクレアは怪訝そうに眉根を寄せた。なりゆきで同席していたものの、あまり関心がないらしく、ハルは一人でさっさと姿を消す。ハル以外の三人は説明が欲しそうな顔をしていたが、ウィルが葵と同じことを言うと部屋を出て行った。余人の姿がなくなると、葵は深刻な表情でウィルに向き直る。

「ウィルが言ってる『あいつ』って、誰のこと?」

「それが言えるなら苦労しないよ。でも、もうア……」

 ウィルが何かを語ろうとすると、それを阻止するかのように彼の体がビクリと震えた。のけ反った後で体を丸めたウィルからは苦しそうな喘鳴が聞こえてきて、突然のことに驚いた葵は茫然と立ち尽くす。しばらく苦しんだ後、オリヴァーのベッドに身を投げたウィルは舌打ちをしてから会話を再開させた。

「あんたの名前も言えないみたいだ」

「私の、名前……」

 ウィルは血を噴き出したりはしなかったが、葵の名前が禁忌に触れるという点ではマシェルと同じだ。この事実をどう捉えればいいのかと葵が思案していると、ウィルがさらに言葉を重ねた。

「僕と二人で話したいなんて言い出すくらいだから、もう見当はついてるんじゃないの?」

「…………」

「その答えを確実なものにしてあげたいんだけど、見ての通り、あいつに都合の悪いことは言えないようになってる。ホント、忌々しいよね」

 あの、イカレ実験者。ウィルが憎々しげに吐き捨てたことで、葵は自分の考えが正しかったことを確信してしまった。

「……分かったから。もう、いい」

「そう? 分かったんだ? じゃあ、あいつの所に連れて行ってよ」

「それは……ごめん、出来ない。でも話は、してみる」

「話、ね」

 シニカルな笑みを浮かべたウィルの言葉には棘と含みがあったが、葵は聞かなかったことにした。

「今から会いに行って来るから。学園まで送ってくれると嬉しいんだけど……」

 一時は自力で魔法を使えたこともあったのだが、葵は現在、独力で魔法を使うことが出来ない。そのため申し訳なく思いながら頼んだのだが、ウィルはすぐに「無理」という答えを寄越してきた。それが当て付けなのだと思った葵は肩を竦めたのだが、ウィルはそんな葵の反応に不愉快そうな表情を浮かべる。

「別に、意地悪で言ってるわけじゃないよ。本当に無理なんだ」

「……え?」

「魔法が使えないんだよ。付随する感覚も全部閉ざされてるから魔力も見えない」

 魔力が見えないせいでキリルの接近に気付けず、ああも簡単に背中を取られてしまったのだと、ウィルは悔しそうに補足した。

 マジスター達は普段、相手の魔力を見たり感じたりすることによって様々なことを計っている。お互いの姿を目視する前から距離感を掴んでいる彼らにとっては、顔を合わせてから初めてお互いを認識することの方が異常なのだ。シエル・ガーデンの隠し通路でキリルがなかなかウィルを認識出来なかったのも、そうした事情があったからである。

「そういうわけだから、誰か他の人に頼んでよ」

「あ、うん。分かった……」

 まだ顔をしかめているウィルに頷くと、葵は彼がいる部屋を後にした。廊下に出るとすぐ、扉の脇に立っていたキリルと目が合う。そこにいたのは彼だけで、クレアやオリヴァーの姿は見当たらなかった。

「ウィルのヤローに何もされなかったか?」

 眉間にシワを寄せて何を言うのかと思えばそれかと、葵は呆れてしまった。ウィルにそんな気がないことは、葵よりもキリルの方がよく知っているはずだろう。

「何もないよ。それより、クレアは?」

「あっちの部屋にいる。その前に、ウィルと何を話してたのか聞かせろよ」

 余人に聞かれたくない話だから人払いをしたのだという考え方は、キリルの中には存在しないらしい。しつこい追及にうんざりした葵は答えずに歩き出そうとしたのだが、キリルに腕を掴まれて動きを制される。掴まえられたのが左腕だったので、薬指に光る指輪が目についた。

(こういう時こそ出て来てくれればいいのに)

 フレーム・ガルディアンはどうやら、キリルの言動にはノータッチのようだ。何が基準なのか分からないと思った葵は、フレーム・ガルディアンの出現について疑問に思っていたことを思い出した。

「ねぇ、これってどんな時に出て来るものなの?」

 葵が話題を変えると、キリルもすんなり答えをくれた。フレーム・ガルディアンは怒声を浴びせられた時や荒っぽい動作をされた時などに出現するらしいのだが、その基準は指輪を嵌めている者の拍動にも関係しているらしく、一概には言えないとのことだった。

「あとは、魔法の気配に反応する」

「魔法……」

 以前、エレナの家に招待された時、葵の他には誰もいない場所でフレーム・ガルディアンが出現した。その時は殴られたり怒鳴られたりするような状況ではなかったため、魔法に反応して現れたのだろう。しかしそれが何の魔法なのかまでは分からないため、葵の疑問は完全には解消されなかった。

(……まあ、いいか)

 エレナの言っていたことが本当なら、明日にはこの指輪を外すことが出来るのだ。そうなれば今ここで、キリルにあれこれと質問してもあまり意味はない。

「で、ウィルと何話してたんだよ」

 フレーム・ガルディアンの話が一段落すると、キリルはまた話題を元に戻して来た。掴まれていた腕はすでに解放されているので、葵は適当にキリルをあしらいながらクレアがいるという部屋へ移動する。その部屋ではクレアとオリヴァーが話をしていて、葵の姿を認めると二人とも席を立った。

「ウィルとの話はもういいのか?」

 まずオリヴァーが声をかけてきたので、彼に頷いて見せた後、葵はクレアに向き直った。

「私、帰るね。クレアはどうする?」

「アオイが帰るんやったらうちも帰るわ」

「じゃあ、学校まで送ってくれない?」

「ええで」

「ちょっと待て! まだ話が終わってねーだろ!」

 クレアはすぐさま申し出に頷いてくれたのだが、キリルが納得がいかないといった様子で割り込んできた。キリルが葵と何の話をしたがっているのかを知ると、クレアとオリヴァーは呆れ顔になる。

「他の人に聞かれても構わんようなことやったら、初めから二人で話したいなんて言わへんやろ」

 他人の気持ちを汲めるようにならないとダメだと、クレアが諭すように言う。加えてオリヴァーが「その態度は優しくない」と言うと、キリルは黙り込んだ。クレアやオリヴァーの言葉に大意はないのだろうが、密談を強調されると何とも居心地が悪い。そう思った葵は一人で苦笑いを浮かべていた。

「ほな、うちらは帰るで」

 オリヴァーとキリルに言い置くと、クレアはローブのポケットから形状記憶カプセルを取り出した。それを床に叩きつけると、葵とクレアを中心に魔法陣が展開される。オリヴァーは物珍しげに、キリルは不服顔で見ている中、葵とクレアはオリヴァーの家を後にした。






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