捕縛

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 冬月とうげつ期中間の月にあたる白殺しの月の十一日。その日、トリニスタン魔法学園アステルダム分校に一人で登校したクレアは、窓際の自席に何かが置いてあるのを発見した。机に近付いてみると、それが指輪であることが分かったので、手に取って見てみる。鳩の血ピジョン・ブラッドと呼ばれる濃い赤のルビーが輝くその指輪を、クレアは見たことがあるような気がした。

「なあ、これ見てや」

 自身では判別が出来なかったため、クレアはたまたま近くにいたクラスメートの男子に助言を求めた。クレアの掌にある指輪を見て、その男子生徒はキリルが葵にあげたものだと言う。やっぱりそうかと思ったものの、それが何故自分の机の上にあったのかと、クレアは眉根を寄せた。

「アオイさん、その指輪外しちゃったんだ……」

「キリル様にお返しするつもりなのかな」

 男子生徒達はそんなことを話していたが、それはおかしいと、クレアは思った。この指輪は儀式をしないと外せないことになっていて、その儀式はエクランドの者でなければ出来ないらしい。葵が指輪を外したのならキリルと合意の上でのことだろうし、それならば、その時に指輪も返すだろう。

(……なんや、キナ臭い感じがするなぁ)

 今朝になってもまだ、葵は帰って来ていない。そうした事情も手伝って、直感的にそう察したクレアは登校してきたばかりの教室を後にした。校内に鳴り響く本鈴を無視して、向かった先は校舎の東にある大空の庭シエル・ガーデンだ。

 いつものように隠し通路を通って花園の中に入ると、花を愛でるために設けられたスペースにはオリヴァー=バベッジが一人でいた。優雅に紅茶を愉しんでいた彼は、一人でやって来たクレアを見て眉をひそめる。

「どうした?」

「アオイ、知らん?」

「俺は見てないけど……また、何かあったのか?」

 葵が妬心に駆られたクラスメートに拉致されて、大騒ぎになったのはつい先日のことである。その余韻も覚めやらぬ中で再度の失踪をにおわせられれば、オリヴァーでなくとも眉をひそめるだろう。

「何かあったかどうかは分からんのやけど、一昨日から帰って来てないんや。それで今朝、クラスに行ったら、うちの机の上にこれが置いてあったんよ」

「これは……」

 例の指輪を見せると、オリヴァーは眉間のシワをさらに深いものにした。目が合ったので頷いて見せ、クレアは指輪をテーブルの上に置く。

「キリルにも話を聞きたかったんやけど、まだ来てないみたいやな?」

「……連れて来る。ちょっと、待っててくれ」

 そう言うとオリヴァーは異次元から魔法書を取り出し、転移の魔法で姿を消した。言われた通りに待っていると、やがてオリヴァーが寝ぼけ眼のキリルを伴って戻って来た。オリヴァーに叩き起こされたらしく不機嫌そうな顔をしていたキリルは、テーブルの上に置かれた指輪に目を留めると真顔になった。

「何でこれがここにあるんだよ」

 キリルが問いかけてきたことで、クレアはこの指輪が合意の上で外されたものではないことを知った。しかし現に、葵が嵌めていたはずの指輪がここにある。オリヴァーがキリルに事情を説明している間に考えをまとめたクレアは、キリルに向き直って口火を切った。

「キリルが外したんやないんやったら、他にどうやったらこの指輪が外れるんや?」

「オレが聞きてーよ」

 渋い表情をしているキリルから視線を外してオリヴァーに向けてみても、彼は小さく首を振っただけだった。これ以上彼らに尋ねても問題は解決しそうになかったので、クレアはさっさと話題を変える。

「せやったら、本人に聞きに行くしかないなぁ」

「本人? って、誰だ?」

「アオイの失踪に関わっとると思われる女がおるんや」

 首を傾げているオリヴァーはあの場に居合わせていなかったため、クレアは簡単にエレナ=アンダーソンという少女のことを説明した。その間、ずっと難しい表情をしていたキリルが、会話が途切れたと見るや口を挟んでくる。

「失踪って、どういうことだ?」

 エレナと出掛けてから葵が家にも戻っていないと聞くと、先頃の失踪騒ぎが頭に浮かんだのだろう、キリルは顔色を変えた。彼を逸らせないためか、オリヴァーはキリルの肩口に手を置いてから口を開く。

「キル、調べてみようぜ」

「……ああ」

「そっちはおたくらに任せるわ。うちは保健室に行っとるさかい、何か分かったら教えてや」

 そこで一旦マジスター達と別れると、シエル・ガーデンを後にしたクレアは校舎に戻った。そして一階の北辺にある保健室を訪れてみたのだが、相変わらずアルヴァの姿はない。代わりに白いウサギがいたので、クレアはアルヴァを呼び出してくれるようウサギに申し出た。しかしウサギは空を仰いで鼻をひくつかせるだけで、何かをしようという気配がない。これはダメだと思っていると、キリルとオリヴァーが保健室に姿を現した。

「早っ! ビックリしたわ〜」

「オレらのこと、あんまナメんなよ」

「ちゃんと調べてきたぜ」

 キリルもオリヴァーも自負の滲み出た表情をしていたが、和やかなのはそこまでだった。彼らが調べてきたところによると、アステルダム分校にエレナ=アンダーソンなる女子生徒は在籍していないというのだ。

「つまり、制服着とっただけで部外者っちゅーわけやな? どうりで胡散臭いと思ったんや」

「偽名の可能性が高そうだけど一応、アンダーソン家についても調べてきたぜ。爵位は伯爵だけど、あんまり裕福な一門じゃないみたいだ。王都の郊外に本邸があって、あとは別邸が一つだけだな」

「偽名にしたって、名前を使われてる時点で無関係じゃねーだろ。締め上げて吐かせりゃ、何か分かるかもしれねぇ」

 とりあえず乗り込むぞと、キリルが血気盛んに言う。彼の言うことにも一理あったので、クレアも賛成することにした。

「よし行くで!」

「おう!」

「おいおい、二人とも落ち着けって」

 まだ確かなことは分からないだろうと言いつつもアンダーソン家に行くことには異論がないようで、オリヴァーもクレアとキリルの後を追う。嵐が去った保健室では窓際のデスクの上にいるウサギが静かに、彼らが去った後を見つめていた。






 アステルダム分校内にある保健室に酷似した窓のない部屋で、アルヴァは先程のクレア達のやり取りを全て見ていた。話の全貌は分からなかったが、どうやら彼らはアンダーソン伯爵邸に乗り込むつもりらしい。一応報告を上げておくかと思ったアルヴァは、デスクの引き出しを開けてレリエという魔法道具マジックアイテムを取り出した。

 レリエは通信魔法に使用されるマジック・アイテムで、電話と同じような効果を果たす。細長い棒状のそれを壁際に置くと、アルヴァは通信を始める呪文を唱えた。呼びかけた相手は、ユアン=S=フロックハートという少年。つい先日、気まずい別れ方をしたばかりなので応じてくれないかもしれないとも思ったが、ユアンは何事もなかったかのように通信に応じてきた。

『どうしたの? こんな時分に珍しいね』

「クレア=ブルームフィールドがアンダーソン伯爵邸に乗り込むのだと息巻いていた。詳しい事情は分からないが、放っておいても問題ないか?」

『……アンダーソン、伯爵?』

 何か問題があったようで、ユアンはギョッとしたような顔をした。一瞬後、彼は俄かに慌て出す。

『止めて! アル、今すぐクレアを止めて!!』

「止めた方がいいならそうするけど、そんなに取り乱してどうしたんだ?」

『父親なんだよ!』

「……え?」

『アンダーソン伯爵はクレアの父親なんだ!』

「何だって?」

 それが何を意味するのか考える暇もなかったが、とりあえず止めに入った方が良さそうだと察したアルヴァはユアンとの通信を打ち切り、急いで席を立った。






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