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 冬月とうげつ期の雪が深々と降っている白殺しの月の十七日、東の大陸を治めるスレイバル王国の謁見の間にはロイヤル・ファミリーの姿があった。通常であればこの場所に姿を現すのは国王のみなのだが、今日は謁見を望んだ人物が王家にとって特別な存在だったため、国王は王妃と王女を伴っている。その『特別な人物』とは、この国の次代の国王となることが決まっている、ユアン=S=フロックハートだ。正装している彼の傍には家庭教師であるレイチェル=アロースミスの姿があり、玉座の後方に座している王女の傍らには、彼女の教育係であるローデリック=アスキスの姿もあった。

「皆、楽にせよ」

 スレイバル王国の要人が勢揃いしている謁見の間には、傍から見ると物々しい雰囲気が漂っているように思えるだろうが、口火を切った国王の口調は硬いものではなかった。ここには身内しかいないため、国王はリラックスした様子で言葉を次ぐ。

「ユアンよ、我らが言葉を交わすのに改まる必要はあるまい。いつものように上へ行かぬか?」

 国王の言う『上』とは、謁見の間の上階に位置する王族のプライベートルームや屋上庭園のことである。いつもはそこで紅茶を飲みながら談笑するのだが、国王に目を向けられたユアンは片膝を床につき、臣下の一礼をしてから再び立ち上がった。

「本日は改まったお話をさせていただきたいので、この場の方がよろしいかと存じます」

「改まった話? それは一体、どのようなものなのだ?」

「法について、僭越ながら私見を述べさせていただければと思っています」

 ユアンは将来的には国王の座に就く人物だが、今はまだロイヤル・ファミリーの正式な一員ではない。身分の定まっていない彼が私見とはいえ法について語るのは、時期尚早というものである。そう思ったのは国王だけではないようで、王妃やローデリックも眉根を寄せていた。予想通りの反応に、ユアンは臆することなく話を続ける。

「進言をお許しいただけますか?」

「発言を許そう」

「ありがとうございます」

 それまで親睦だった国王の態度が国を代表する者のそれに変わったので、ユアンも改まって一礼してから本題を切り出した。

「現在の世には異種族差別が存在しています。これを法によって禁止していただきたいのです」

「異種族の差別とは、具体的にはどのようなことをいうのだ?」

「娯楽による狩猟ハントや稀少生物の人間による収拾などが、それに当たります」

 このユアンの発言は、一歩間違えれば不敬罪が適用されてもおかしくないほど踏み込んだものだった。というのも、ロイヤル・ファミリーはコレクターの筆頭であり、収拾を否定するということはロイヤル・ファミリーの行い自体を非難することになるからだ。王室は代々、美術品や宝石などに加えて異世界からやって来た者やその子孫達をも収拾している。それが当たり前のこととされてきた彼らにはユアンが何故それを禁止しようとしているのか分からなかったようで、王族は一様に怪訝そうな顔をしていた。

「ハント場を閉鎖し、希少生物の収拾をやめろ、と言いたいのか?」

 短い沈黙の後で国王が問いかけてきたので、ユアンは小さく首を振ってから答えを口にした。

「それだけではありません。現在コレクションされている召喚獣たちも解放してあげて欲しいのです。そして彼らに、この世界で自由に生きられる権利が与えられることを、私は望みます」

 姿形は違えど、異世界からやって来た者達も心を持っている。それはこの世界で生まれ育った者達と何ら変わらないことだというのに、見た目が珍しいという理由で彼らは自由を奪われているのだ。そのような差別は本来、あってはならない。多くの召喚獣は自らの意思とは関係なく、この世界の人間の手によって世界の壁を越えてしまったのだから。そうしたユアンの言葉を聞いて、国王は少し間を置いてから言葉を次いだ。

「それまで容認していたものを急に規制すれば混乱が起きる。ユアンよ、話は理解したが、志は自身の治世で果たすべきなのではないか?」

 いずれ国王となった時に、自分で新たな法を作ればいい。国王が苦い顔で述べた意見を、ユアンはもっともだと思った。もともと、彼はそのつもりで準備を進めていたのだ。しかし状況は変わり、今は一刻も早く召喚獣たちを自由にしてあげなければならない。そのためにはどうしても、国王に重い腰を上げてもらわなければならないのだ。仕方がないと胸中で呟いたユアンは短く息を吐き、表情を改める。

「陛下の仰ることはごもっともです。私もそのつもりで、折りを見てシャルロット様と話をするつもりでいました。けれど先日、シャルロット様のコレクションハウスを訪れた時に急がなければならないという気持ちを強くしたのです」

「それは何故だ?」

「人間の少女とまったく変わらぬ姿をした『召喚獣』が、シャルロット様の館にいたからです」

「まったく変わらぬ姿?」

 どうやら宮島葵という少女の話は耳に入っていなかったようで、眉をひそめた国王は娘を振り返った。王妃も興味深げにシャルロットを見たため、二人の視線を受けてローデリックが口を開く。

「フェアレディが先日、入手された召喚獣のことです。ユアン様の仰る通り、見目は人間の少女と変わりません」

「今すぐここへ連れて参れ」

「はっ」

 国王に向かって一礼すると、ローデリックは謁見の間を後にした。思惑通りの展開に、ローデリックの背中を見送ったユアンはそのままレイチェルへと視線を移す。彼女は何も言わなかったが、理知的な輝きを湛えたブルーの瞳が、じっとユアンを見据えていた。

(アオイなら、大丈夫)

 昨夜、ユアンは人目を忍んで彼女と会ってきたが、これから起こることは何も話せていなかった。それでも、不安は感じていない。どのような事態を目の当たりにしても葵なら、きっと事情を察して黙していてくれるだろうと思うからだ。そう考えているのはおそらく、レイチェルも同じだろう。それと分からないように微かに頷いて見せるとユアンはレイチェルから視線を外し、ローデリックが戻って来るのを待った。






 その日、宮島葵は王都の郊外にある王女のコレクションハウスで自分と同じ境遇にあるマーメイドのレムとまったり話をしていた。そこへ難しい顔をしているローデリックがやって来て、葵にすぐさま着替えろと命じたのだ。また王女の召喚かと、葵はうんざりしながら身支度を整えた。しかしローデリックに連れられて行った場所は、いつもの王女の部屋ではなかった。

「連れて参りました」

 周囲より一段高くなっている所に椅子が置かれていて、そこに座っている中年の男に向けてローデリックが一礼する。ローデリックのその態度と、椅子に座っている男の格好から、葵は直感した。彼はこの国の王で、この部屋の中にはロイヤル・ファミリーが勢揃いしているのだと。そしてよくよく室内を見てみると、そこにはユアンやレイチェルの姿もあった。

「この少女が本当に、召喚獣なのか?」

 葵の見た目がこの世界の人間と変わりないものだからだろう、国王はローデリックに向かって疑わしげな口調で問いかけた。それを受け、ローデリックが『証』を見せると言い出す。ギクリとした葵は体を硬くしたのだが、ローデリックの暴挙はユアンの声によって制された。

「待って、ロル」

 どうやらユアンには逆らえない様子で、ローデリックは動きを止める。葵の安全が確保されたのを見届けてから、ユアンは国王に視線を移した。

「彼女の『証』は臀部でんぶにあるのだそうです。その『証』を見せるとなると、陛下の御前で彼女のスカートを捲り上げなければなりません。ご覧の通り、彼女は人間と変わらないのです。そのようなことをされれば当然、恥辱を感じるでしょう」

 すでに王女とローデリックが確認しているようなので、彼らに尋ねてみればいい。ユアンがそう言って庇ってくれたので、葵は安堵の息を吐いた。ユアンの助言に従って王女とローデリックに確認を取った後、国王は再びまじまじと葵を見る。

「そなた、その姿は変態で人間に似せているのか?」

 葵が無言で首を振ると、国王はその場で一周してみろと言ってきた。そのくらいのことならばと、葵も申し出に応じる。それでも何も違いが見出せなかったからだろう、国王は嘆息した。

「驚いた。似せているわけでもないのに、これほど人間と酷似した召喚獣は初めてだな」

「彼女と私達の違いはただ一点、生まれ育った世界のみです。それなのに彼女は自由を奪われている。これは由々しき事態であると、思います」

 ユアンと国王の会話を聞いて、葵は自分達が解放されるための交渉が始まっていることを知った。この話し合いの結果で今後が決まる。そう察した葵は表情を正し、二人の会話に真剣に耳を傾けた。






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