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 謁見の間でユアンが『おしおき』を受けている間に、葵はローデリックと二人で王女のコレクションハウスに移動した。絵画や美術品などが展示してある長い廊下の一角で歩みを止めた二人は、そこに飾られている巨大な水晶柱を仰ぐ。水晶で造られた檻の中では、レイチェルとよく似た金髪の青年が静かな眠りに就いていた。

「ミヤジマ=アオイ」

 ローデリックから名前を呼ばれたので、水晶柱を注視していた葵は側方に視線を傾けた。しかしローデリックは顔を上げたままでいて、そのまま視線を動かすことなく言葉を続ける。

「わたしがこの青年を収監した日のことを覚えているか?」

 アルヴァ=アロースミスが無実の罪によってこのような姿になった日。忘れられるはずがないと、葵は少し顔をしかめながら頷いた。横目で葵の反応を確認したローデリックは、嘆息してから話を続ける。

「あの日、わたしは不思議に思っていた。大罪を告白しているにもかかわらず、この男の表情があまりにも穏やかだったからだ。それは今日、秘されていた真実を知っても変わりがない。そこで尋ねたいのだが、この男は何故、このように安らかな顔をしているのだ?」

「そんなの、目の前にいるんだから本人に聞いてよ」

 御託はいいので、早くアルヴァを解放して欲しい。葵が暗にそう言うと、ローデリックは苦い表情になりながら姿勢を正した。

「レ=ヴァント、ピリエ・ドゥ・クリスタル、イシィ」

 ローデリックが呪文を唱えると廊下に発生した風が水晶柱を持ち上げ、それを彼の眼前に運んできた。風は発生させたまま、ローデリックは再び呪文を唱える。

「クオーツ・プリズン、アンニュレースィオン」

 二度目の呪文が水晶の檻を解除するものだったらしく、アルヴァを閉じ込めていた石柱が砕け散った。同時にアルヴァの体は宙に放り出されたのだが、それはローデリックが発生させている風が支える。ゆっくりと横たえられたアルヴァの傍に、葵はすぐさま膝をついた。

「アル……アル、大丈夫?」

 呼びかけながら軽く頬を叩いていると、そのうちにアルヴァは目を開けた。虚ろなブルーの瞳に自分の姿が映ったことで、葵はホッと胸を撫で下ろす。

「アル……良かったぁ」

「……ミヤジマ?」

「手を貸そう。立てるか?」

 ぼんやりとした顔つきで葵を見ていたアルヴァは、容喙してきたローデリックに視線を移すと不意に我に返ったような仕種を見せた。

「貴方は……、アスキス様」

「わたしの名を覚えていたか。記憶に問題はないようだな」

 アルヴァが差し出した手を取ろうとしなかったので、屈んでいたローデリックは姿勢を正した。アルヴァも自力で立ち上がったため、その傍に座っていた葵も腰を上げる。ローデリックと一言二言交わした後、アルヴァは怪訝そうな顔を葵に向けてきた。何がどうなっているのかと問いかけてくるまなざしに、葵は微笑みでもって応える。だが説明を加える前に、第三者の声が介入してきた。

「アル!」

 声のした方を振り返ってみると、ユアンとレイチェルの姿があった。解放されたアルヴァを見て歓喜の声を上げたのはユアンで、彼は不自然な歩き方をしながら少しずつ近付いて来る。両手で臀部を押さえているのは、痛いからなのだろう。ひよこのようだと思った葵は顔を背けて吹き出した。

「アオイ……笑ったね?」

「え? 笑ってないよ?」

「ウソだ! まだ顔が笑ってるよ!」

「だって、おかしいんだもん」

「ひどい! 聞いてよ、アル。アオイとレイってばひどいんだよ」

 自分は裏切られたのだと、ユアンは大袈裟な泣き真似をしてアルヴァに縋りつく。アルヴァが大いに困惑している横で、戯れはきれいにスルーしたレイチェルがローデリックに向かった。

「お手数をおかけして申し訳ありませんでした」

「……構わない。フェアレディはご一緒ではないのか?」

「フェアレディは館の者達の解放を行っておられます」

「そうか。では、わたしはこれで失礼する」

 ユアンとアルヴァが戯れている様を微笑ましく思いながら眺めていた葵は、ローデリックが去って行こうとしているのに気付き、その後を追った。後方から声をかけて呼び止めると、ローデリックは怪訝そうな面持ちで振り返る。

「何だ?」

「さっきの質問、しなくていいの?」

「ああ……そのことか」

 葵が後方を指差しながら尋ねると、ローデリックも眉間のシワを解いてからそちらへ視線を傾けた。しかし彼は、アルヴァの元へ戻る素振りは見せずに言葉を重ねる。

「ユアン様やレイチェルのいる前で私的な話はしたくない」

「そういうものなの?」

「そういうものなのだ。レイチェルに、時間があるのなら話がしたいと伝えておいてくれ」

 ローデリックの言い分はよく分からなかったが、伝言は快く引き受けた。葵が頷いたのを見ると、ローデリックは面白くなさそうに顔を歪めて踵を返す。小首を傾げてローデリックを見送った葵は、元いた場所に戻るとレイチェルの傍に寄った。

「レイ、あのローデリックって人から伝言」

「何でしょう?」

「時間があれば話がしたい、だって」

「そうですか。ありがとうございます」

 そこで葵との話を切り上げると、レイチェルはユアンに向き直った。

「ユアン様、そろそろ参りましょう」

「え?」

 キョトンとしてレイチェルを振り向いたユアンは、これから場所を移してアルヴァに説明を加えるつもりでいたらしい。しかしレイチェルは、ユアンには次の予定があるのだという。

「アオイ、アルヴァに説明をお願いできますか?」

「うん。いいよ」

「ありがとうございます」

 葵に一礼すると、レイチェルはさっさと踵を返した。ユアンも名残惜しそうにしながら別れを告げ、レイチェルの後を追う。二人きりになると、葵はアルヴァを振り向いた。

「とりあえず、行こうか」

「……そうですね」

 不可解さを残しながら葵の提案に同意したアルヴァは、すぐに転移の呪文を唱える。短い呪文の詠唱が終わると、葵とアルヴァの姿はコレクションハウスから瞬く間に失われた。






「レイ、聞きたいことがあるんだけど」

 葵やアルヴァと別れて二人きりになると、ユアンはそんな言葉でレイチェルに話を切り出した。真顔を向けてきたレイチェルは平素の通り、抑揚のない口調で「何でしょう」とだけ応える。そのポーカーフェイスが崩れることがあるのかどうか、ユアンはじっくりと観察しながら言葉を次いだ。

「ドレスアップしてロルの所へ行ったのは、何で?」

 自分に従えば弟を助けてやると脅され、レイチェルはローデリックの元を訪れた。だが、初めからユアンの秘密を暴露するつもりでいたのなら、彼女がそんなことをする必要はなかったのだ。そう考えると、レイチェルの行動に説明がつかなくなる。

「大人の事情というものです」

 レイチェルの答えは本気とも冗談ともつかない、非常に曖昧なものだった。彼女がそうした答えを寄越してくることは珍しく、興が乗ったユアンはニヤリと笑う。

「ロルってば、ずいぶんとしおらしくなっちゃったよね。レイ、何したの?」

「特別なことは、何も」

「でもさぁ、レイに対するロルの態度が明らかに変わってるよ。あの夜以来」

「ユアン様、誤解を誘う物言いは感心致しませんね。わたくしの諫言では物足りないようですから、禁を破ったことも含め、ご両親からお叱りを受けていただきましょう」

 レイチェルが唐突に両親のことを持ち出してきたため、ユアンはギョッとした。

「もしかして告げ口、したの?」

「すでにお察しかと思っていましたが、まだ事の重大さをお解かりになっていなかったのですね。あれほどの大罪、わたくしの一存では明かすことなど出来ません」

「失望……してた?」

 ユアンは物心ついた時から、両親とは共に暮らしていない。年に数回しか会うことはないが、それでもユアンは両親を深く尊敬していた。だからこそ彼らの目には『自慢の息子』として映るよう心がけてきたのだが、悪行が知れてしまったのでは失望されてしまったかもしれない。レイチェルの口から両親の肯定を聞くのが恐ろしかったユアンは拳を握り締めた。必要以上に構えているユアンを見て、レイチェルは嘆息する。

「ユアン様、ご両親はこう仰っていました。例えどのような悪事を働いても、あの子は結果的に赦されてしまうだろう。だからこそ我々は、あの子に誰よりも厳しい態度で臨む。あの子が何をしても赦されると奢るような人間にならないように、と」

 失望などしていたら、このような発言は出てこないだろう。レイチェルがそう付け加えたので、ユアンは安堵するのと同時に胸苦しさを覚えた。






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