世界の中心へ

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「確かに、今生の人王は我欲が過ぎる。この機に代替わりしていただいた方が、我らとしても円滑に世界の調和を保っていけるやもしれんな」

 精霊王の意見に同意を示すと、海龍王は好きにすればいいと淡白に言ってのけた。そういうことならばと、あれほど猛反発していた地生類王も渋々ユアンの望みを受け入れる。この場にはもう一人、草木王がいるらしいのだが、彼の王からも異論は出なかった。

 会議は『ユアンの好きにしていいが他の者は手を貸さない。また、ユアンの行いが世界の調和を乱すと判断された場合には容赦なく排除に乗り出す』ということで決議して、ハルモニエ達はそれぞれが在るべき世界に帰って行った。会議の会場となった巨木が地に還り、海面を覆っていた雲が散り、風景を曖昧なものとしていた濃い霧が晴れてしまうと、辺りは途端に平凡な景観を取り戻す。その場には葵とユアンの他、まだ精霊王だけが消えずに残っていた。

「ありがとう」

 ユアンが改まって頭を下げると、精霊王は少し弱ったような笑みを浮かべて口を開く。

「会議の席で言ったことは本心だよ。君はハルモニエのくせに我欲が強すぎる。個人的にはそんな君が好きなのだけれど、ハルモニエとしては容認出来ない」

「僕はこういう人間だけど、それでも世界は僕に調和を護る者としての役割を与えたんだ。まだ人王でいられるってことは、僕は僕のままでいいんじゃないかと思ってる。だから、セントル・モンディアルに行ってくるよ」

「彼女も、一緒に?」

 ふと精霊王が視線を傾けてきたので、葵はすぐさま頷いて見せた。迷いのない返答にか、精霊王は少し苦い表情になりながら言葉を続ける。

「あの青年が消されてしまったのは世界の意思だ。それを覆そうとしている君達は世界の意思に反しているのだよ。人王と一緒にセントル・モンディアルへ行けば、あなたも存在を消されてしまうかもしれない。本当に、それでも行くの?」

 ユアンの言っていた『命懸け』とはそういうことだったのかと、葵はようやく状況を理解した。しかし納得はしても、決断が覆されることはない。すでに決意は終わっているため、葵は再び頷いて見せた。

「私はこの世界の理に縛られない存在なんでしょ? だったら、きっと大丈夫だよ」

「それって、僕は消えても自分だけは生き残るって宣言?」

「アルが戻って来てもユアンが消えちゃったら意味ないよ。一緒に、アルを連れて帰って来よう?」

「アオイ、大好き!」

「ちょっ……ユアン!」

 いきなり飛びついてきたユアンがキスの雨を降らせてきたので、葵は赤くなりながらユアンを引き剥がした。彼に抱きつかれたりキスをされるのはだいぶ慣れてきたが、さすがにこれは恥ずかしい。それでもユアンがひっついてくるので遠ざけようと頑張っていると、戯れを見ていた精霊王が小さく吹き出した。

「助力は出来ないけれど、うまくいくように祈っているよ」

「あ、待って!」

 精霊王の体が宙に浮いたので、葵は慌てて声を張り上げた。上昇しようとしていた精霊王は動きを止め、葵を見下ろしてくる。その澄んだ瞳を見つめ、葵は言葉を次いだ。

「色々と、ありがとう。せっかく忠告してくれたのにこんなことになって、ごめんなさい」

 葵が一礼すると精霊王は言葉の代わりに柔らかな笑みを残して、今度こそ青空に溶けていった。








 大粒の雪が深々と降りしきる夜、アステルダム公国にある屋敷を後にしたキリルはセラルミド公国にあるエクランド公爵の本邸に帰って来ていた。エクランドの本邸は火山の内部にあり、外で雪が降っていてもここまでは届かない。窓の外ではマグマが気泡のようになって弾けていたり、マグマから生じた炎があちこちで飛び交っていたりするのだが、そのような現象を見慣れているキリルは気に留めることなく城の廊下を歩いていた。

 長兄であるハーヴェイに会うために実家に帰って来たキリルは、兄の私室の前で歩みを止めた。ノックをして呼びかけると返答があったので、扉を開けて室内に進入する。ハーヴェイはデスクに向かっていたが、キリルの姿を見るとソファーに移動した。

「どうした?」

「兄さんに報告があって、来ました」

 勧められてハーヴェイの正面に腰を落ち着けたキリルは、次いで『報告』の内容を口にした。ミヤジマ=アオイが帰って来たのだと聞くと、ハーヴェイは動じた様子もなく頷いて見せる。

「王室から達しがあった。近々、法の改正が行われるようだな」

「法?」

「……ああ、いや。気にしなくていい」

 何かに思い至ったように言うと、ハーヴェイはすぐさま話題を変えた。

「報告はそれだけか?」

「はい。兄さんには助力していただいたので、その礼を言いに来ました」

「そうか。いい心がけだ。ついでに少し、ミヤジマ=アオイのことを聞かせてくれ。戻って来てからの様子は、どうだ?」

「また行方不明になりました」

 キリルがムスッとして答えると、ハーヴェイは眉をひそめた。

「その理由は判明しているのか?」

「はい。男とどこかに行ったようです」

「なるほど。それでお前がそんな顔をしているのか」

「……それだけじゃありません」

 ひょっこり帰って来たかと思えば上の空で、葵は無事に戻って来たことを喜ばせてもくれなかった。その上また、誰にも行き先を告げずに行方をくらましたのだ。それでどこの誰とも知れぬ男と一緒にいるのだと聞けば、キリルでなくとも不愉快に感じるだろう。

「キリル、そんな女を想うのはやめたらどうだ?」

 ここ数日で味わった不愉快さを思い出して再びイラついていたキリルは、ハーヴェイから放たれた一言で我に返った。視線を傾けてみると、ハーヴェイは真顔でキリルの返答を待っている。兄が何故そんなことを言い出したのか分からず、キリルは困惑しながら口を開いた。

「何故、ですか?」

「一般論だ。傍目からでも、ミヤジマ=アオイの行為は誠実さが欠けているように感じられる。それに、彼女はお前のことを想っていないのだろう? 振り向いてもらえるかどうかも分からない女のことを想い続けるのは不毛だと思わないか?」

「でも、前は本邸に連れて来いって……」

「話を聞いていて気が変わったのだ。私はお前とミヤジマ=アオイが交際することに賛成出来ない。それでもお前は、彼女のことを想えるか?」

 強制的に服従させようとする魔法は解けていても、キリルにとってハーヴェイの言葉は絶対の命令に近い。しかしそれでも、キリルはしばらくの沈黙の後に頷いて見せた。

「あの女が戻って来た時にオレ、心の底から無事で良かったと思ったんです。あんな気持ちになったのは初めてでした」

「……誰に何を言われても心は変わらないということか」

「あいつのことが好き、なんです」

「キリル、彼女は……」

 何かを言いかけて、ハーヴェイは言葉の途中で口をつぐんだ。彼がそのような逡巡を見せることは珍しく、キリルは驚きながら言葉の続きを待つ。しかしその続きは、結局は紡がれることがなかった。嘆息したハーヴェイは小さく首を振って、それからキリルを見つめる。

「そこまでの想いなら、自身で決着をつけろ。私はもう何も言うまい」

「? はい」

 ハーヴェイが何を言いたかったのかはよく分からなかったが、キリルは兄に頷いて見せると一礼してから部屋を後にした。






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