アルヴァ=アロースミス

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 世界が誕生してから今この瞬間までの様々な出来事が記憶されているのだという記憶の原野ソールス・オブ・メメントは、世界の中心セントル・モンディアルと呼ばれる場所にある。世界の中心には闇が広がっていて、その中にぼんやりと光る一本道がソールス・オブ・メメントへと続いていた。ソールス・オブ・メメントは洋館の形状をしていて、その中に飛び込むようにして進入した宮島葵とユアン=S=フロックハートは、館のエントランスで同時に息を吐き出した。

「無事に、辿り着いたね」

「うん。アオイのおかげだよ」

「何が?」

 特に何かをした覚えもなかった葵はユアンの言葉を不思議に思い、首を傾げた。ここへ来るまでに余程神経をすり減らしたのか、ユアンは疲れた表情を浮かべながら言葉を重ねる。

「アオイを見ていて裏技を思いついたんだ」

「裏技って、どんな?」

「アルを助けようとすると世界に拒絶されちゃうから、ソールス・オブ・メメントに来る目的を変えたんだ。そっちの目的の方は大丈夫だったみたい」

 説明を受けてもユアンが何を言っているのかさっぱり分からず、葵は眉根を寄せた。一度の説明で全てを理解してもらおうとは思っていなかったようで、ユアンは歩き出しながら補足する。

「目的を変えるって言っても、特別なことは何もしてないんだ。ただ、アルを助けたいって思いながら歩くのを止めて、別のことを考えながら歩いてただけ。その別のことっていうのが、アオイを見ていて思いついたことだったんだよ」

「その別のことって、何?」

「その説明をする前に、まずはこれを見て」

 そう言い置くと、ユアンは扉を開けた。その扉は館のエントランスから奥へ進むためのもので、扉の先に広がっている光景を目にした葵は息を呑む。そこは図書館のような造りになっていて、巨大な本棚が視界を埋めていた。整然と並んではいるものの、本棚は果てしなく続いている。どこを向いてみても、先が見えないのだ。そのあまりの広さと図書の膨大さに、葵は感嘆の息を零す他なかった。

「すごいねぇ。何冊くらいあるんだろ?」

 葵が素朴な疑問を口にすると、ユアンは数え切れないくらいだと答えた。また、数えることにも意味がないのだと言う。

「何で意味がないの?」

「僕たちの目には本の形状をしているように見えているけれど、あれは本じゃないから。あの一つ一つが世界の記憶なんだよ」

「へぇ……あれが」

「世界の記憶は普通、ハルモニエだって見ることが出来ない。これを自由に見ることが出来るのは世界だけなんだけど、そもそも世界はこれを記憶している母体だから、わざわざ探す必要なんてないんだ。それに記憶はしていても、実際に世界がそれを顧みるかどうかは分からないからね。だから、数える必要なんてないわけ」

「……なんか、ややこしいよ。全然わかんない」

「分からないなら分からないでいいんだよ。僕達はただ、目的を果たせばいい」

 そこで一度言葉を切ると、ユアンは次に果たすべき目的を告げた。その目的というのがバラージュの記憶を探すというものだったので、不可解に感じた葵は眉をひそめる。

「それ、アルに関係なくない?」

「うん。でも、アオイには関係があることだよ」

 ユアンが口にしたバラージュという人物は、召喚魔法の生みの親だ。葵もそのことは知っていたが、ユアンの説明はどうにも腑に落ちない。確かにバラージュのことも気になるが、今はアルヴァを何とかする方が先ではないのか。葵がそう訴えると、ユアンは口唇の前で人差し指を立てた。

「今は、アルのことは考えないで。そうじゃないとまた、世界が反発する」

「よく分からないけど、アルのことは後回しにするってこと?」

「うん。先に、バラージュについて調べてしまおう」

 ユアンがそう言うのならと、勝手の分からない葵は彼の指示に従うことにした。それでも分からないことだらけだったので、葵は再び疑問を口にする。

「調べるって、どうやって?」

「この中からバラージュの本を見つけるんだ。そうすれば彼の全てが分かる」

 ここに立ち並んでいる『本』は、世界の記憶そのものである。その中からバラージュに関するものを探し出せば、彼の生涯を映像として見ることが出来るらしい。送還の魔法もバラージュが完成させたものなので、彼の生涯を見れば送還魔法を簡単に復活させることが出来るだろう。そこまで説明されて初めて、葵はハッとした。

「でも、この中からどうやって探すの?」

「う〜ん、ちょっと待ってね」

 言い置くと、ユアンは魔法を使って体を宙に浮かせた。そのまま手摺りを飛び越えると、彼は空中を泳いで本棚の間を渡っていく。しばらくそんな動作を繰り返した後、戻って来たユアンは地に足を着いてから口火を切った。

「一応、年代別に整頓されてるみたい。あとはバラージュが生きていた時代の記録をしらみつぶしに探すしかないね」

「千年くらい前のことなんだっけ?」

「よく知ってたね。正確な生没は分かってないんだけど、大体そのくらいだと考えられてる」

「シュシュのコレクションハウスに私の他にも召喚獣がいたでしょ? あの人に教えてもらったの」

「あの、半人半魚の?」

「そう。彼女、レムって名前なんだけど、レムはバラージュに召喚されたんだって」

「ええっ!?」

 自分が初めてその話を聞いた時のようにユアンが驚きを露わにしたので、葵は共感しながら話を続けた。

「長生きにもビックリだったし、バラージュに召喚されたってのも驚きだよね」

「そんな人が身近にいたんだったら話を聞いてからソールス・オブ・メメントに来れば良かったね」

 情報はあればあるほど目的の『本』を探しやすい。しかしユアンも初めからバラージュのことを調べようと考えていたわけではないので、今更言っても仕方がないかと苦笑いで話を終わらせた。葵も同意を示し、レムの話題からは離れる。

「前から聞きたかったんだけどさ、バラージュって英霊として呼び出すことも出来ない魔法使いなんでしょ? 研究も失われてるって聞いてるんだけど、ユアンはどうやって召喚魔法を復活させたの?」

「アオイ、英霊のこととかも知ってるんだ? 魔法のこと、勉強したんだね」

 エライエライとユアンに褒められ、頭を撫でられた葵は複雑な気分になった。葵がどういう反応を返すべきなのか悩んでいると、ユアンはリアクションを待たずに説明を始める。

「アオイの言う通り、バラージュは本人も研究も謎に包まれてる。僕が召喚魔法を復元させることが出来たのは、たまたま魔法書の写本を手に入れたからなんだ」

「しゃほん?」

「バラージュが使っていた魔法書の写し。の、一部。欠けている部分は僕が類似事項を寄り集めて作ったから、オリジナルの召喚魔法を完全に復元出来たわけじゃないんだ」

 ツギハギだらけの不完全な魔法で葵を召喚出来た時は本当に驚いたのだと、ユアンは懐かしそうに語って目を細める。召喚が成功したのは偶然に偶然が重なっただけなのかもしれないと知って、葵は改めて絶句してしまった。

(今更だけど、なんていい加減な……)

 ユアンと出会った時、彼が軽い調子で「また失敗しちゃったよ」と独白していたのを思い出す。やはりユアンは『おしおき』を受けるべきだったのだ。王城で選択を迫られたときレイチェルに味方して良かったと、葵はつくづく思った。

「話はこれくらいにして、バラージュの『本』を探そう。アオイ、文字は読めるんだっけ?」

 ユアンが話を元に戻したので、葵は呆れを募らせつつ頷いた。葵は以前、アルヴァからこの世界の文字を習っていたことがある。その甲斐あってトリニスタン魔法学園の図書室で探し物が出来る程度には読解出来るようになっているので、本を探す分には問題ないだろう。

「じゃあ、アオイは下段を探してくれる? 高い所は僕が見て回るから」

「分かった」

「まずは千年前あたりの棚に行かないとね」

「え? ちょっと……!」

 突然屈みこんだユアンは同意も得ず、葵を『お姫様だっこ』で抱え上げた。小柄なユアンがいとも容易く葵を抱き上げられたのは、その身に風を纏っていたからだ。その体勢のまま、ユアンは手摺りを飛び越える。宙に放り出された葵が恐怖心から縋りつくと、ユアンは嬉しそうに笑いながら本棚の間を泳いでいった。






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