恋せよ乙女

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「キルはアオイが、理事長のことを何とも思ってないって聞きたいんだよ」

 だからそう言ってやってくれとオリヴァーに頼まれた葵は、何とも思ってないどころか毛嫌いしていると苦い思いで打ち明けた。それを聞いてホッとしたのか、キリルはようやく怒りの表情を消す。彼の態度はいつでもあからさまで、疲れた葵はため息をついた。

(無理だって、何度も言ってるのに)

 いつかは生まれ育った世界に帰るということを抜きにしても、葵にはキリルの気持ちに応えようという気がなかった。彼とは色々なことがありすぎて、いまさら恋愛対象として見ることは出来ない。その気持ちはおそらく、今後も変わることはないだろう。

「ねぇ、この際はっきり訊くけど、アオイはキルのこと嫌いなの?」

 紅茶を飲んでいるとウィルが直球ど真ん中なことを訊いてきたので、葵はあやうく吹きそうになった。ティーカップを置いて口元を拭ってから、葵はウィルではなくキリルに視線を移す。キリルは何とも言えない表情で、こちらの様子を窺っていた。

「嫌いっていうか……付き合うとかは考えられない」

 本人が目の前にいるので慎重に言葉を選びながら、葵は質問に答えた。するとウィルが、間を置かずに問いを重ねてくる。

「それは、何で?」

「何でって言われても困るんだけど……」

「じゃあ、訊き方を変えてみようか。ハルのことはどうして好きになったの?」

 手持ち無沙汰にティーカップをいじっていた葵は驚愕して動きを止め、信じられない思いでウィルを見た。何故、本人が目の前にいるというのに、そんなことを質問出来るのか。答えられるはずもなく、葵はハルの方を見ないようにしながら席を立った。

「わ、私、そろそろ教室に帰るわ」

「待って。本題がまだ終わってない」

 そそくさと立ち去ろうとした葵を呼び止めると、ウィルはハルを振り向いた。彼がいると話がし辛いという理由で、ウィルはハルに席を外すよう求める。特に嫌な顔をするでもなく、ハルはあっさりとシエル・ガーデンを去って行った。

「……俺はいてもいいのか?」

「ハルさえいなければ大丈夫でしょ」

 オリヴァーがハルのことを気にしながら問いかけると、ウィルはそう答えてから葵に向き直る。着席を勧められた葵は眉根を寄せながら再び腰を落ち着けた。

「本題って何?」

「重要なことだから本心を話して欲しいんだけど、アオイってまだハルのこと好きなの?」

 ウィルからの問いかけに葵は頬を引きつらせ、キリルはピクリと眉を動かし、オリヴァーは苦笑いを浮かべた。オリヴァーはともかくとしてキリルは、葵の答えに神経を尖らせている。ハル本人がいなくても答えにくい話題であることは変わらず、葵は「勘弁してよ」と胸中でぼやいてから口火を切った。

「そんなこと、ウィルには関係ないでしょ?」

「関係あるから訊いてるんだよ」

「どういう意味?」

「その前に、僕の質問に答えてよ。ホントのところはどうなの?」

 真意がどこにあるのかは分からないが答えを聞きたいというのは本心らしく、ウィルは真顔のまま葵の返事を待っている。どうもこうもないと思った葵は嘆息してから改めて口を開いた。

「わかんない」

 好きか嫌いかで答えなければならないのなら、決して嫌いではない。ただ異性として好きで、付き合いたいと望んでいるのかと問われれば、その答えは『微妙』だ。自分の感情がどうであれ、ハルとの仲が親密になるわけでもなければこじれるわけでもないことは、もう知っている。よって、まだ好きなのかという質問には『分からない』としか答え様がない。しかしそれでは、キリルが納得しなかった。

「はぐらかしてんじゃねーよ! この際、はっきり言え!」

「はぐらかしてるわけじゃないよ。確かに前は好き、だったけど……今もそうかって言われても困る」

「じゃあ嫌いなのかよ?」

「嫌いではないよ」

「だったら好きなんだろうが!」

「キル、墓穴を掘るのはそのくらいにしなよ」

 葵に今でもハルのことが好きだと認めさせても、キリルには何のメリットもない。むしろ自分にとって激しくマイナスであることに気がついたらしく、キリルはばつが悪そうな表情で閉口した。キリルをやりこめてから、ウィルは改めて葵に話しかける。

「ハルと男女の仲になりたいとかは思ってるの?」

「……それは思ってない」

「キルとも付き合う気はないんでしょ? だったら今は、完全にフリーってことだよね?」

「そう、だけど……それが何?」

 質問を重ねられてもウィルの意図がちっとも見えてこなかったので、葵はストレートに疑問を口にした。するとウィルは、何故かニコリと微笑む。

「アオイに交際を申し込んでみようかと思って」

「はあ!?」

「なっ……んだって!?」

 ウィルが素っ頓狂なことを言い出したため、葵とキリルが同時に声を張り上げた。オリヴァーは驚くよりも怪訝そうな表情をしていたが、ウィルは笑みを浮かべたまま話を続ける。

「先に言っておくけど、冗談じゃないからね?」

「本気だって方が信じられないよ!」

「てめっ! どういうつもりだ!!」

 気色ばんだキリルが席を立ったので、それまで静観していたオリヴァーが慌てて止めに入った。爆弾発言をしておきながら、ウィルは一人で平然としている。涼しい顔でティーカップを口元に運んでいるウィルを見て、葵は呆れてしまった。

「なんだかよく分からないけど、私は誰とも付き合う気なんてないからね?」

「アオイがそういうつもりでいるんだとしても、アプローチするのは僕たちの勝手でしょ?」

「……出来ればやめて欲しいんだけど、そういうの」

「アオイにそこまで僕たちの行動を制限する権利はないよ。人の思いは自由なものでしょ?」

 ウィルの言うことはいちいち正論で、反論する術を持たなかった葵は仕方なく閉口した。葵が黙り込んだのを見ると、ウィルは一見優しげに思える笑みを浮かべて言葉を次ぐ。

「というわけで、アオイをデートに誘いたいんだけど」

「待てコラ!!」

 オリヴァーの拘束を力尽くで破ったキリルが、今度こそウィルに詰め寄る。しかしキリルに胸倉を掴み上げられても、ウィルは相変わらず平然としていた。

「キル、勝負はフェアにいこうよ」

「いまさら妙なこと言い出してんじゃねーよ」

「どっちが先に言い出したかなんて関係ないんだよ。キルがグズグズしてるのが悪いね」

「何だと!!」

「僕に怒ってるヒマがあるなら、キルもアオイをデートに誘ってみたら?」

「デ……」

 デートという単語を口にするだけでも恥ずかしいようで、キリルは真っ赤になって絶句してしまった。気迫を失ったキリルの手を簡単に払い除けると、ウィルは葵を見て微笑む。素早く目を逸らした葵は救いを求めてオリヴァーを見た。

「この二人、なんとかしてよ」

「え? ああ、そうだなぁ……」

 突然話を振られたオリヴァーは困惑を見せると、少し間を空けた後で苦笑いを浮かべた。どうやら妙案は思いつかなかったらしい。

「一回ずつくらい、デートしてやってくれないか?」

 あまつさえオリヴァーがそんなことを言い出したので、葵は即座に首を横に振った。それと同時に、キリルとウィルからも抗議の声が上がる。

「こいつとそんなことさせられるか!」

「僕だってキルにアオイとデートして欲しくないよ」

「お前……とことんオレとやりあう気だな?」

「じゃあ、ジノク王子の時みたいに勝負でもしてみようか」

 キリルの闘争剥き出しの視線とウィルの余裕げな視線が絡み合って、バチバチと火花が散っている。またややこしいことになったと頭を抱えている葵の隣ではオリヴァーがなんとも言えない表情をして、友人達のやり取りを見つめていた。






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