恋せよ乙女

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 転移魔法で王城に移動すると、葵はすぐにアルヴァと別れた。彼は茶会には出席しないらしく、個人的にローデリックと話をするのだそうだ。葵は王女であるシャルロットの侍女に導かれて、王城の最上階に位置している庭園に案内された。そこはシエル・ガーデンのような造りになっているようで、風景を妨げる物は見えなかったが雪は積もっていない。葵が到着した時にはすでに茶会が始まっていて、ロイヤル・ガーデンにはシャルロットの他に王妃やユアンの姿もあった。

「こんにちは」

 庭園の中にあるテーブルに寄ると、葵はまず目上の人である王妃に挨拶をした。「ごきげんよう」と返してきた王妃は優雅に微笑んでみせる。彼女と対面したのは二度目だがこうして改めて見ると、オーラがあるなと葵は思った。

「どうぞ、お掛けになって」

「あ、はい」

 王妃に勧められるがまま空席に腰を落ち着けると、レイチェルが手作業で紅茶を淹れてくれた。本来ならばこういった雑事は彼女の仕事ではないのだろうが、この場ではレイチェルが給仕を引き受けているらしい。

「クレアの腕には及びませんが、どうぞ」

「ありがと、レイ」

 レイチェルがこの場にいない者の名を話題に上らせたので、王妃がクレアのことについて質問している。そんな話に耳を傾けつつ紅茶を一口含んだ葵は、自分には違いがよく分からないと苦笑いを浮かべた。

「シュシュ、元気だった?」

 ティーカップをソーサーに戻すと、葵はシャルロットに話しかけた。あまり口数が多い方ではない彼女は、葵の問いかけにもコクンと頷いただけで応える。しかしその顔には、再会を喜んでいるらしい仄かな笑みが浮かんでいた。

(なんか、こうやってお茶してると捕まってたなんて夢だったみたい)

 葵とシャルロットは最初、ペットと飼い主のような関係だった。その時は異世界からやって来たという理由だけで人間として扱われないことに嫌悪したりもしていたが、解放された後にも色々なことがあったので、今ではもう遠い昔の出来事のようだ。

「シュシュ、アオイに会ったら伝えたいことがあるんじゃなかったっけ?」

 ふと、ユアンが口を挟んできたので、葵は彼の方に顔を傾けた。シャルロットもユアンを見て、小さく頷いてから再び葵に向き直る。何だろうと思って葵が待っていると、シャルロットは突然「ごめんなさい」と言った。娘の発言を聞いて、王妃も葵に目を向けてくる。

「ロイヤル・ファミリーの一員として、シャルロットの母として、わたくしからも謝罪をさせてくださいまし。あなた方には本当に、申し訳ないことを致しましたわ」

 王妃の言う『あなた方』とは、葵を含め異世界からやって来た者達のことだ。この世界の人間とは見た目が違っても、彼らは人間と同じように心を持っている。ユアンに言われるまでそう考えたことがなかったのは人間として恥ずべきことだったと、王妃は言葉を重ねた。

 王妃にしろシャルロットにしろ、畏まって謝罪をされてしまうとどうしていいのか分からず、葵は助けを求めてユアンに視線を移した。目が合うと、ユアンは柔らかく笑って見せる。

「陛下も王妃様やシュシュと同じお考えでいらっしゃるよ。アオイはもう、何の心配もしなくていいからね」

「他の、人達は?」

「コレクションハウスにいたヴィジトゥール達はみんな解放されたし、陛下が差別撤廃を公布してくださった。ハント場もなくなるし、ヴィジトーゥルを捕縛したり収拾したりすると厳罰に処されるから、他の人達ももう大丈夫」

 誰もが自由になったと聞いて、葵は心底ホッとした。しかしその後、ユアンが何故か苦笑いを浮かべる。

「でも、一つだけ困ったことがあってね」

「困ったこと?」

「シュシュの館にいた、バラージュに召喚されたっていうヴィジトーゥルのことだよ」

 シャルロットのコレクションハウスには召喚魔法の生みの親であるバラージュという人間に、直接召喚されたのだという者がいた。マーメイドの彼女はレムという名前で、葵とユアンはレムから直接バラージュの話を聞こうと思っていたのだ。しかし召喚獣達はすでに自由を満喫しているので、彼女がどこに行ったのか分からないのだという。水生のレムを探すのは確かに大変そうだと思った葵はユアンの意見に弱い笑みを浮かべて同意した。

「そっか……。レム、どこか行っちゃったんだ」

「頑張って探すから、あんまり落ち込まないでね?」

「別に落ち込みはしないけど。探すの、よろしくね?」

「それは任せてよ。ね、シュシュ?」

 ユアンが同意を求めると、シャルロットは間を置かずに頷いた。それは国を挙げて取り組むという意味らしく、王妃も葵に励ましの言葉をかけてくる。それだけでも葵には心強く感じられたのだが、さらに朗報があるとユアンが話を続けた。

「召喚魔法専門の研究室を立ち上げたんだ」

「へぇ、研究室」

「室長はもちろん僕で、マッドも協力してくれるって言ってたよ」

 ユアンが話題に上らせたマッドという青年は葵がかつて住んでいたアパートの隣人で、彼はさらに王室直属の研究員でもある。何故か機械に強い彼は壊れた携帯電話を修理してくれた人物でもあり、葵は期待に目を輝かせた。先程から親しげに話をしている葵とユアンを見て、王妃が微笑ましげに容喙してくる。

「ユアンさんとアオイさんは本当に、仲がよろしいのね。シャルロット、妬けてしまうのではなくて?」

 王妃としては軽口を言っただけのつもりだったのだろうが、葵とユアンはギクリとして動きを止めた。しかし当のシャルロットは、嫉妬とは無縁な様子でふるふると首を振る。

「ユアンもアオイも、好き」

 ここでもややこしいことになるのではと危惧していた葵は、シャルロットの言葉を聞いて胸を撫で下ろした。ユアンも安堵したようで、シャルロットに愛の言葉を返している。ユアンは傍で聞いている者の方が恥ずかしくなるような科白を連発していたが、それが日常的なことなのか、シャルロットは嬉しがっているだけで照れたりはしていなかった。

「おかわりはいかがですか?」

 レイチェルがティーポットを手にして話しかけてきたので、葵は空になったティーカップに紅茶を注いでもらうことにした。作業をしながら、レイチェルは言葉を重ねる。

「その後、アステルダム分校のマジスターの様子はどうですか?」

「え? ああ……」

 何の話かと思った葵は自分が召喚獣だと明かした時にレイチェルが傍にいたことを思い出して、質問の意図を察した。しかし、どうだと訊かれても答えに困る。その件とは無関係なところでややこしいことになっているからだ。

「あ、そうだ。レイにちょっと、相談に乗ってもらいたいんだけど」

「わたくしでよろしければ」

 この場で相談を持ちかける気のなかった葵はレイチェルと後日に会う約束をしようとしたのだが、その前にユアンが話に割り込んできた。密談だと騒がれてしまったので仕方なく、その場で事情を説明する。話を聞くと、王妃が上品に笑った。

「殿方に奪い合われるとは、女冥利に尽きますわね。シャルロット、あなたも魅力的な女性になって民を虜にするのですよ?」

 シャルロットは素直に「はい」と言っていたが、葵はすごい科白だと思った。この国の事情はよく知らないが、王妃はそうやって・・・・・国民を虜にしているのだろうか。怖いもの見たさで尋ねてみようかとも思ったのだが、葵は結局、触れないことにしておいた。

「相談というのは、彼らをどうやって諦めさせるかということですか?」

「あ、うん」

 レイチェルが話を元に戻したので、葵は彼女の方を振り向きながら答えた。特に考える間を置くでもなく、レイチェルは言葉を重ねる。

「彼らは、アオイが生まれ育った世界に帰りたいと望んでいることは知っているのですか?」

「……どうだったかな?」

 マジスターと話しているといつも脱線するので、言ったような気もするし言っていないような気もする。眉根を寄せて空を仰いだ葵は極めて曖昧な答え方をしたが、レイチェルは明確な答えを得なくても淡々と話を続けた。

「アオイの望みを知って諦めるようでしたらそれまでのことですし、それでも彼らが諦めないと言うのなら最後まで付き合って差し上げるしかありませんね」

「さ、最後まで?」

「アオイが押し負けてしまうか、彼らが無理だと察して身を引くまでの、どちらかという意味です」

「決着が着かずにアオイが元の世界に帰るっていう結末もあるんじゃない?」

 ユアンが口を挟んできたことで選択肢は三つになったが、どうやらその三つ以外に道はなさそうだ。自分がキリルかウィルと付き合うというイメージを持てなかった葵は一つの道をさっさと切り捨て、残りの二つならいいのにと思う。だが結末がどうなるかは、現時点では誰にも分からなかった。






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