勝負はフェアに

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 トリニスタン魔法学園アステルダム分校にある大空の庭シエル・ガーデンという花園は、この学園のマジスター達のたまり場である。ハルと二人でそこへ行くと、花園の中央部にあるテーブル席には真っ赤な髪をした細身の少年と、漆黒の髪に同色の瞳といった容貌の少年がいた。赤髪の少年はウィル=ヴィンス、黒髪の少年はキリル=エクランドだ。現在、葵を巡って妙なライバル関係にあるキリルとウィルは、葵がハルと二人で姿を現したことに眉根を寄せた。

「何で一緒なんだよ」

 不機嫌そうにハルを睨んだのは、キリルだ。ウィルはキリルのように不快感を露わにはしていなかったが、ハルを見据えて口火を切る。

「ハル、よく聞いて。僕たちは今、アオイを口説いてるところなんだ」

「へぇ?」

「だからジャマ、しないでね」

「馴れ馴れしくすんじゃねーぞ、ハル」

 ウィルに続いてキリルまでもがハルを牽制しようとしたので、葵は思わず「うざっ」と呟いてしまった。それは本心ではあったものの口にする気はなかった一言で、葵は慌てて口元を手で覆う。気まずい空気が漂う中でハルが小さく吹き出したので、キリルが顔を真っ赤にして立ち上がった。

「てめっ、ハル! なに笑ってんだよ!!」

「余裕シャクシャクって感じ悪いよね」

 キリルはハルにつっかかり、ウィルは冷ややかに毒を吐いていたが、なんだかんだ言いつつもマジスター達は仲がいい。そんな彼らを見ていて異世界の友人のことを思い出した葵はローブのポケットから携帯電話を取り出した。メールが来ていないか確認してみたものの、場所を移してしまったせいか反応はない。

(メール、届いたのかな?)

 届いているのなら返信が来るはずなのだが、この世界と葵が生まれ育った世界では時間の流れ方に差異がある。気長に待ってみるのがいいかと思って携帯電話をしまおうとすると、ウィルが声をかけてきた。

「それ、何?」

「ああ、これ?」

 ポケットにしまいかけていた携帯電話を掲げると、葵は先程ハルにしたのと同じ説明を繰り返した。携帯電話が異世界と繋がっていることを知ると、ウィルは興味津々に身を乗り出してくる。

「その友達、呼び出してよ。僕も話してみたい」

「ここじゃ無理だし、呼び出したとしても話は出来ないよ」

 言葉が通じないからと葵が言うと、ウィルはその辺りのことについても説明を求めてきた。余計なことを言ったかなと思いつつ、葵は簡略に説明を加える。ウィルの反応は初期の頃のアルヴァ=アロースミスと同じもので、相手をするのが面倒だ。

「……?」

 ウィルの疑問に答えた後、ふと視線を感じた葵はテーブルの方を振り向いた。その視線の主はキリルで、いつの間にかハルと戯れるのをやめていた彼は食い入るように葵の方を見つめている。しかしその視線は、葵の顔よりも若干下方に落ちていた。彼はどうやら、葵が手にしている携帯電話に気を取られているようだ。

(そういえば、これって……)

 この携帯電話は一度壊れ、修理をしてもらったものである。その壊した張本人というのがキリルなのだ。この世界の物は復元の魔法をかけてあるものが多いので、壊れても呪文一つで簡単に直る。しかし葵の携帯電話はそうもいかず、直すのは大変だった。そんなことを思い出しているうちに壊された時の絶望感まで蘇ってきて、葵はムッとした。

「そうだ。ハル、ちょっとじっとしてて」

 あることを思いついた葵はそう言い置くと、ハルに向かって携帯電話を構えた。写真を撮った音がしてフラッシュがたかれると、マジスター達は一様にビクリとする。被写体であるハルも動いてしまったので、画像はブレてしまっていた。

「動いちゃダメだってば」

 ハルに念を押すと、葵はもう一度写真の撮影を試みる。今度はハルも動かなかったので、ちゃんとした写真が撮れた。

「へぇ、ハルがいる」

 背後から携帯電話を覗き込んできたウィルが物珍しそうに言えば、ハルも見せてと言って寄って来る。携帯電話をハルの方に傾けると、彼は「面白いな」と呟いた。

「こういう使い方もあるんだよ」

 再び動かないでと指示を出すと、携帯電話を自分に向けて構え直した葵は、寄り添うようにしてハルに体を近づけた。すると狙い通り、キリルが神経質な声を上げる。

「おい……!」

「はい、動かないでねー」

 割り込んで来ようとしたキリルは無視し、葵は素早くハルとのツーショット写真を撮った。そして自分撮りがうまくいったことを確認すると、携帯電話の画面をキリルに向ける。

「こんな風に自分で自分を写すことも出来るんだよ」

 画面には葵とハルが接近している画像が映し出されていて、それを目にしたキリルは頬を引きつらせた。怒りの形相になったキリルが手を伸ばしてきたので、葵は携帯電話を退避させながら言葉を重ねる。

「あーあ。誰かさんにケータイ壊されなければ、もっと色々撮ってたのになぁ」

 携帯電話を凝視していたのはやはり壊したことを気にしていたからのようで、葵が嫌味を言うとキリルは口をつぐんだ。彼には今まで散々な目に遭わされてきたのだから、これくらいの仕返しは許されるだろう。キリルをやりこめた葵はそう思って、爽快な気分になった。しかし次の瞬間には、そんな気分もどこかへ行ってしまう。キリルが、ひどく傷ついた表情を浮かべたからだ。

(やりすぎた?)

 キリルはすぐに面を伏せたが、彼が今にも泣き出しそうに顔を歪めたのを見てしまった葵は罪悪感に襲われた。すぐに謝ろうとしたのだが、ウィルとハルが同時にあらぬ方向へ顔を向けたのを視界の隅に捉えたため、機を逸してしまう。つられて背後を振り返ると、ちょうど目線の高さに、ダークブラウンの髪色をした見慣れない子供の顔があった。

「……誰?」

 小首を傾げながら問いかけると少年はニコリと微笑み、葵の頬に挨拶程度の軽いキスを落としてくる。驚いた葵は目を見開き、キスをされた頬を押さえて後ずさった。刹那、キリルが怒りの声を上げる。

「てめぇ!!」

「やめろキル!! それはまずい!!」

 ふわふわと宙を漂っている少年にキリルが掴み掛かると、彼が少年を殴ろうとして振り上げた拳をオリヴァーが尋常ならざる様子で止めに入った。いつの間にかシエル・ガーデンに姿を現していたのはオリヴァーだけではなく、揉めている彼らの傍にはクレアの姿もある。

(え? 何?)

 なんとか状況を理解しようとしていると、少年と目が合った。まだキリルに胸倉を掴まれたままでいる彼は、そんな状況にもかかわらず、葵を見て柔らかな笑みを浮かべている。そのふてぶてしい態度と、こちらに向けられている彼の瞳が紫色をしていることに気付いたことで、葵の中で何かが噛み合った。

「もしかして……ユアン?」

「さすが、アオイ。すぐバレちゃったね」

 少年が葵の問いかけに肯定すると、オリヴァーの制止を振り切ろうとしていたキリルもさすがに動きを止めた。ユアン=S=フロックハートという少年の顔はまだ世間に知られていないが、その名が持つ意味は、この国の貴族であれば誰でも知っている。

「そういうことだから。手、離してくれる?」

 ユアンが笑顔で『命令』すると、茫然自失のキリルは簡単に手を離した。オリヴァーは初めからユアンのことを知っていたようで、キリルから覇気がなくなったことに安堵の表情を浮かべている。解放されたユアンは地に足を着くと、すぐ葵の元に駆け寄って来た。

「アオイ!」

 ユアンが抱きついてきた衝撃で後方によろけながらも、葵はなんとか彼を受け止めた。その後は自然と手が、ユアンの髪に伸びる。

「何、この色?」

 ユアンの髪は本来、鮮やかな金髪である。それが今はダークブラウンに染まっているせいで、初めに見た時は誰だか分からなかったのだ。体を離すと、ユアンは喜々として髪色が変化している理由を語り始めた。






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