勝負はフェアに

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「ところで、勝負って何?」

 湖底にある庭園で全員が円卓に着くと、オリヴァーが魔法で紅茶を淹れている間にハルが口火を切った。誰もが「何を今更なことを」と思う中で、オリヴァーが何かに気がついたように表情を改めた。

「そういえば、ハルはあの時いなかったんだったな」

「あ、そっか」

 ウィルが妙なことを言い出した時、ハルは大空の庭シエル・ガーデンから追い出されていたのだ。これでは知らないのも当然であり、オリヴァーが簡単に説明を加える。するとハルは、葵の方に顔を傾けてきた。

「ウィルまでたらしこむなんて、やるね」

「……たらしこんでないし」

「まあ、ウィルがどこまで本気で言ってるのかは分からないけどな」

 とりあえず勝敗をつけさせれば、あの二人も騒ぐことはなくなるだろう。オリヴァーがそんな楽天的なことを言ったので、葵は渋い表情をした。

「ほんとに、一回だけだよ?」

 すでに説得されてしまったので今回だけは応じるが、二度目のデートは存在しない。それ以前に決着がつかなければいいと思っている葵が念を押すと、オリヴァーも苦笑しながら頷いた。

「で、どんな勝負にするかなんだけど……」

「はい! それについては僕から提案があります!」

 ユアンが身を乗り出してきたので、オリヴァーはあっさりと進行役を彼に譲った。ユアンは喜々として、話を続ける。

「実はもう、大方のプランは考えてきたんだよね。まずは日程なんだけど、六日後の九日がいいと思うな。次の日が休みだから、勝敗が決まった後にすぐデート出来るでしょ?」

 ユアンの考えは合理的かつ他人事で、ノリノリで話を進められることに葵はさっそく頭痛を感じ出した。クレアは大丈夫かと気を遣ってくれたが、ユアンは本領発揮とばかりにさくさくと話を進めて行く。

「それで、勝負の内容なんだけど、僕は三本勝負がいいと思うな。テーマは知力・体力・統率力」

「内容も決めてあるのか?」

「ううん。それはアオイに決めてもらおうと思って」

 オリヴァーからの問いかけに答えると、ユアンは葵に話を振ってきた。突然指名された葵は自分を指差し、小首を傾げる。

「私?」

「そう。この世界の遊戯だと前もってやったことがあるかないかで差が出ちゃうから。その点、異世界の遊びなら公平でしょ?」

「ああ……そういうこと」

「フロンティエールでやったドロケイ。あれなんか統率力の勝負にはもってこいだと思うな。体力もいるしね」

「でもあれは、魔法が使えないって環境だから出来たんじゃないの?」

 ドロケイは鬼ごっことかくれんぼの要素がある遊びで、魔法を使って自由に空が飛べたり、魔力で相手が接近してくるのが分かってしまうスレイバル王国では適さないのではないか。葵がそう言うと、ユアンはポケットから取り出した指輪を二つ、テーブルの上に置いた。

「オリヴァーとハル、嵌めてみて」

 ユアンに言われるがまま指輪を手に取った二人は、それを自分の指へと滑らせた。その直後、オリヴァーとハルは同時に目を瞠る。

「何だ、これ」

「ル=フュ」

 オリヴァーが茫然と自分の腕を眺めている横で、ハルが基礎中の基礎である火の魔法を使った。平素であればハルが立てた指の先に火球が出現するはずなのだが、今は何の反応もない。だが、そうなることを分かっていて呪文を唱えたようで、無表情に戻ったハルはオリヴァーを振り向いた。

「魔法が使えない」

「みたいだな。俺も、魔力が全然感じられない」

 二人で確かめ合った後、オリヴァーとハルはユアンを見た。彼らに目視だけで説明を求められたユアンは、その指輪がどういったものなのかを話して聞かせる。フロンティエールの魔法陣を参考にした指輪だと聞き、葵は納得して頷いた。

「あの指輪、何個も作ったんだ?」

「あの二つだけじゃないよ。アステルダム分校の生徒にも参加してもらおうと思ってるから、たくさん作ったんだ」

「は? 何で?」

「だって、ドロケイをやるなら人数がいるでしょ?」

 ドロケイはすでに勝負の中に組み込まれているようで、ユアンはニコリと笑って言った。加えて彼は、すでにアステルダム分校の生徒を巻き込むことに理事長の許可も取ってあるのだという。たった一日でどこまで根回しをしたのかと葵は呆れてしまったが、オリヴァーやハルはユアンの手際の良さに感心していた。

「ところで、どろけいってどんな遊びなんだ?」

「ああ……ええとね、」

 オリヴァーに問われた葵は簡略に、ドロケイのルールを説明した。その途中からソワソワしていたオリヴァーは、説明が終わるなり「やってみたい」と目を輝かせる。それにユアンが便乗した。

「今やっちゃう? 実は僕もやりたかったんだよね」

「やろうぜ!」

 ユアンに煽られたオリヴァーが喜々として席を立ったので、葵は慌てて止めにかかった。

「ここじゃ無理だって!」

「なら、場所移動するか?」

「人数も必要だし、それはまた今度にしようよ」

 フロンティエールでは王城内を走り回って、侍従長にこっぴどく叱られた。その苦い経験を生かして葵が制すると、それならば明日やろうとユアンが提案する。

「アステルダム分校の生徒には事前に練習しておいてもらいたし、場所は僕が確保しておくよ」

 それまでに生徒の選抜も済ませておくと、ユアンはどんどん話を進めて行く。オリヴァーがそれに乗ったので、葵達はまた明日、このメンバーで集ることが決まってしまった。

(……まあ、いいか)

 久しぶりに体を動かして遊びたいという欲求もあったので、葵も明日の集いについては黙認した。それで話が決まると、後の二つの勝負を何にするかという話に移っていく。異世界の遊びの話で盛り上がるうちに、葵も趣旨を忘れて夢中になっていった。

「迷路とかは? 子供の頃に連れて行ってもらって、はまったなぁ」

 全員『迷路』の意味は分かっていても、それが遊びにつながる感覚が分からないようだったので、葵は迷うことを楽しむのだと補足した。勝負となると先にゴールした方が勝ちということになるが、ゴールさせることを阻むトラップなどが仕掛けられていても面白い。そんな風に葵が自分からアイデアを出していくと、自然と周囲も乗ってきた。

「それ、いいな。面白そうだ」

「俺、作ろうか?」

「ハル、そういうの得意だもんな。グラウンドにでっかい迷路作って、キルとウィルを迷わせてやろうぜ」

 オリヴァーとハルの間で話がまとまったところで、迷路も勝負に追加されることとなった。あと一つは何がいいかと葵が考えていると、オリヴァーが溌剌とした笑顔で口を挟んでくる。

「あれはどうだ? ユキガッセン」

「あっ! 雪合戦!」

 キリルとウィルに勝負をさせるというよりは自分がやりたいからという理由で、葵はオリヴァーの意見に同意した。実際に雪合戦が何であるのかを知っているのは葵とオリヴァーだけだったので、他の者達から次々と質問の声が上がる。これにはオリヴァーが答えていたのだが、彼の口から説明を聞いているうちに葵はウズウズしてきてしまった。

「ねぇ、雪合戦なら簡単だし、今からやらない?」

「おっ、いいな。やろうぜ」

 オリヴァーがすぐさま賛同したので、一行は湖畔に移動することにした。水中庭園からそのままは出られないので、一度本邸に戻ってから魔法陣を使って地上へ出る。冬月期の間は朝となく夜となく雪が降るため、湖畔は白銀に染まっていた。

「アオイ、手加減はしないからな?」

 さっそく雪玉を作ったオリヴァーが不敵に笑って宣戦布告をしてくる。葵もつられて、ニヤリと笑い返した。

「私だってしないよ? 真剣勝負じゃなきゃ面白くないもんね」

「よし、行くぞ!」

 オリヴァーが掛け声と共に雪球を放ってきたので、葵はそれを躱しながらオリヴァーに向かって雪球を投げつける。躱しながら投球してくるとは思っていなかったようで、反応の遅れたオリヴァーの顔面に雪球が命中した。ただ葵の方も、バランスを崩して新雪に倒れこむ。それでも葵とオリヴァーは笑いながら、再び雪球を作った。

「じゃあ、行っちゃう?」

「ああ。やっちまうか」

 あえて主語を伏せて意思の確認をすると、葵とオリヴァーは見物していた三人に向かって雪球を投げつけた。すさまじい反射神経で躱したのはユアンだけで、クレアとハルは棒立ちのまま雪球をくらってしまう。不意打ちに憤ったクレアが反撃してきたのを皮切りに、湖畔では日が暮れてしまうまで、本気の合戦が続いた。






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