デートの行方

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 三本勝負の初戦は雪合戦だ。冬月期にはとにかく雪が降るので、グラウンドに自然に積もった雪を利用しようということになり、この種目が第一回戦に選ばれた。七名ずつ赤と青の二チームに分かれ、相手チームが立てたフラッグに雪球を命中させるか、全員に雪球を当てて倒した方の勝利となる。ゲームに協力している生徒達は事前に講習を受けているが、キリルとウィルは先程初めて内容を知らされたため、各チームのリーダーである二人だけが四苦八苦していた。魔法を使えないので思うように動けず、キリルなどは苛立って闇雲に雪の塊を投げ散らかしている。

 雪合戦の会場となっているグラウンドは、とにかく広い。見物の生徒達はグラウンドを取り囲むようにして見ているのだが、肉眼ではかろうじてチーム色が見分けられる程度だろう。そのためグラウンドの上空には巨大な画面が出現していて、それが見物人に試合の状況や選手の表情などを伝えている。特別席にいる葵達もそれを見ながら、試合の行方を見守っていた。

「あ、ウィルが倒れた」

「キルもコケてるぞ」

 賞品席の傍にはハルとオリヴァーがいて、彼らはキリルとウィルの無様な姿を笑っていた。ユアンとクレアは実況兼審判としてグラウンドの上空を飛び回っているので、ここにはいない。

「どっちが勝つかな?」

「キルとウィルは戦力外として、四対二か。このまま何事もなければキルが勝ちそうだな」

 ハルとオリヴァーが結果を予想しているのを聞いて、葵は頬を引きつらせた。キリルに勝たれてしまうと後々、非常にまずいことになる。だがウィルに勝って欲しいとも思えず、葵は複雑な心境で成り行きを見守っていた。すると、葵が引きつっているのに気付いたオリヴァーが声をかけてくる。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ」

 こんなことになってしまった原因はオリヴァーにもあるので、葵は恨みがましい視線を彼に送りながら昨日の出来事を説明した。葵の憂慮を聞いてもオリヴァーとハルはキョトンとしていたが、やがてハルが顔を背けて吹き出す。それを機に、オリヴァーもしみじみとした調子になって独白を零した。

「あのキルが、そんなこと言うようになったか」

「確かにデートはするって言っちゃったけど、そんなことまで約束してないよ」

「嫌なの? キルとキスするの」

 オリヴァーと話しているとハルが口を挟んできたので、葵は答えにくい質問をされたなと思いながら顔をしかめた。

「嫌って言うか、私のいた世界ではそんなにキスすることなんてなかったから。慣れてないっていうか、困るっていうか……」

 デートはまだいいとしても、キスをしたり抱き合ったりするのは恋人同士でなければしてはいけないと思う。葵がそう答えるとハルは素っ気なく、ふうんとだけ言った。それきり彼が口を閉ざしてしまったので、オリヴァーが後を引き受ける。

「キルが勝ったら俺がデートの監視するからさ、安心しろよ」

「ほんと? そうしてくれるとすごい助かる」

「何の話?」

 グラウンドの上空にいたユアンが戻って来たので、葵は彼にも簡略に事情を説明した。話を聞くとユアンはあっさりと、そんな心配は無用だと言う。どうやら彼は勝負の結果がどうあれ、初めからデートの邪魔をするつもりでいたらしい。それならば安心だと、葵は胸を撫で下ろした。

「ありがと、ユアン」

「アオイ、ありがとうじゃなくて好きって言ってみて?」

「? スキ」

「僕も大好き」

 ニッコリと微笑むと、ユアンは葵の頬に軽く口づけた。こういうパターンかと思った葵はキスをされた頬を手で押さえ、苦笑いを浮かべる。その後、ユアンにお返しをせがまれたので彼の頬にくちびるを寄せた。

「……ユアン様は平気なんだな」

 オリヴァーが独白を零したので、葵は彼を振り向きながら「何が?」と尋ねた。オリヴァーが短く「キス」とだけ言ったので、葵はああ……と相槌を打つ。

「ユアンは、別」

 出会った当初は困惑したものだが、いつしかユアンとはこれが当たり前のようになっていた。彼とのキスは挨拶であり、恋愛とは無関係な絆を深めるものなのだ。だから意識することなく、口唇を触れ合わせることが出来る。それはユアンも同じなようで、彼は爽やかな笑みをオリヴァーに向けた。

「僕とアオイはふかーい絆で結ばれてるんだよ」

「色々、あったしね」

 葵が苦笑しながら言うと、ユアンはニコニコしたまま頷いて見せる。目だけで会話をしている葵とユアンの間には余人が立ち入ることの出来ない空気が漂っていて、オリヴァーもハルもそれ以上は何も言わなかった。






 初戦の雪合戦では両チームともリーダーが役に立たなかったが、その他の選手の活躍によってキリルの勝利に終わった。二戦目の迷路はトラップを躱す知恵と運に恵まれたウィルの勝利に終わり、昼の休憩を挟んで、現在は三戦目が行われている。三戦目の種目はドロケイで、これは障害物がないと逃げる方のチームが辛いので、ユアンが創り出した模造世界イミテーション・ワールドが舞台となった。人気のない中世ヨーロッパ風の街並みの中で緊迫の鬼ごっこが行われているのを、生徒達はグラウンドの上空に出現した画面を通して見物している。魔法の卵マジック・エッグは繊細なものなので、ユアンは卵の外から管理に集中していて、卵の中に入っての実況と解説はクレアが一人で行っていた。

『てめぇ、ウィル!! ここから出しやがれ!!』

 ドロケイを開始して早々、ドロボウ達の頭であるキリルは警察に捕まって、さっそく牢屋にぶちこまれていた。この牢屋は鉄格子のある本格的なもので、鍵こそかかっていないものの、扉の前には警察の長官であるウィルがしっかりと陣取っている。キリルが鉄格子の中で喚き立てると、ウィルは人を小馬鹿にするような表情で肩を竦めて見せた。

『キル、バカ? 勝負なんだから、出すわけないでしょ』

 それでも出せとキリルが無茶を言うと、その様子を見ていた生徒達から笑い声が上がる。見物している生徒達にとっては勝敗など二の次で、特に女子生徒にとっては、マジスター達が楽しそうに戯れているのを眺められれば、それでいいようだ。

「こりゃ、ウィルの勝ちで決まりだな」

 ここまでの戦績は一勝一敗なので、ドロケイを制した方が勝者となる。キリルが開始早々に捕まってしまったこともあって、オリヴァーはウィルの勝利を予想したのだが、ユアンは見解が違うようだった。

「まだ分からないよ。一人でも逃げ切ればドロボウの勝ちだし、実はあの牢も、破る方法があるんだよね」

「そうなのか?」

 オリヴァー達は練習に付き合って、幾度かイミテーション・ワールドの中でドロケイをやった。しかしその時には、牢破りのルールなどなかったのだ。オリヴァーが首を傾げていると、手にしている卵から目を上げたユアンが策士の笑みを浮かべる。その時点では詳しい説明が加えられることはなかったのだが、しばらくすると、グラウンドの上空にある画面にクレアの姿が映し出された。

『さあ、ここでドロボウ達に朗報や。この街のどこかにあるアイテムを使えば牢屋を破ることが出来るで』

 牢破りは仲間を助けに行った者が逆に捕まってしまうというリスクを高めるが、成功すれば警察の士気が一気に下がる。言わば諸刃の剣だが、試してみる価値はあるだろう。クレアがそう言ってドロボウ達を煽ると、警察の長であるウィルが余裕の表情を失った。牢破りのルールは追う側ということで精神的に優位な立場にある警察を圧迫する狙いもあって、その後のゲームは緊迫感が漂う中で進行していく。もともと体を動かすのが好きなオリヴァーは、見ているうちにウズウズしてきた。

「俺もやりたいぜ」

「今度、個人的にやろうか。アルとかレイが入ると、こういうゲームはすごく面白いよ」

 実際にアロースミス姉弟を交えてドロケイをしたことのあるユアンは、その時のことをオリヴァーに話して聞かせた。夢のような話だと思ったオリヴァーは目を輝かせて、ユアンの話に聞き入る。

「ハルもやる?」

 オリヴァーと次回の約束を取り付けると、ユアンはハルを振り返った。ハルは明確な返事を寄越さなかったが、代わりにユアンの頭を撫でる。無心にそうしているハルを見て、オリヴァーはすっかり気に入ったようだと思った。

「なに戯れてるんや?」

「あ、クレア。おかえり」

 イミテーション・ワールドの中に入っていたクレアが姿を現したので、ユアンが彼女を迎えた。その頭にはまだハルの手が置かれていて、クレアは手の先を目で辿る。

「すっかり仲良しになったなぁ」

「仲良し?」

 クレアの科白に首を傾げた後、ハルはユアンに目を落とした。ユアンもまた小首を傾げたので、クレアは呆れ顔で閉口する。相手にするのをやめたらしい彼女はハルとユアンから視線を外し、オリヴァーを振り向いた。

「ところで、アオイはどこや?」

「ん? そういえば、いないな」

 言われて初めて葵がいなくなっていることに気がついたオリヴァーは周囲を見回した。ハルとユアンも何も言ってこなかったので、彼らも葵が席を外したことに気付かなかったらしい。しかし特に問題にはならず、トイレにでも行ったのだろうということで話は終わった。






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