「……アレ、見たの?」
葵からの問いかけを、ウィルはあっさりと肯定した。やはり目的はそれだったのかと、葵はウィルを睨みつける。
「だからこの恰好で来いなんて言ったのね? サイっテー」
「これでもためらいはあったんだけどね。どうしても、自分の目で見ておきたくて」
躊躇いがあったというわりに、ウィルの態度は横柄すぎる。誰がウィルにそんな情報を漏らしたのかと考えた時、葵は思い当たった人物に疑惑の目を向けた。葵から視線を向けられたアルヴァはすでにウィルの真意も葵の疑念も察しているようで、あさっての方向に顔を背ける。絶対にアルヴァだと確信した葵は恨みのこもった視線を送り続けた。
「アオイが言ってるのって、もしかしてヴィジトゥールの証のこと?」
ユアンが容喙してきたので、葵は渋い表情のまま頷いた。葵の返答を見た彼は、事情が呑み込めずにいるキリル・オリヴァー・クレアの三人に『証』について説明を加える。異世界からやって来た者は体のどこかに証が刻まれていて、葵の場合はそれが
「つまり、アオイのスカートをめくったってことやな? サイテーや」
「ウィル……いくら見たくてもそれはないだろ」
「やっぱり何かしてやがったじゃねーか!!」
「みんなして僕を責めるけどさ、そういう君達だってデートを覗き見してたわけでしょ? それもかなり最低だと思うよ」
せっかく勝負までしてデート権を手に入れたのに。ウィルが皮肉げにそう言うと、誰も反論出来なくなってしまった。しかし被害者である葵には、その理屈は通用しない。
「何もしないって言ったのに。ウソツキ」
「男が何もしないって言う時は、大抵何かするものなんだよ。アオイ、覚えておいた方がいいよ」
「何の話よ!」
「何って、一般論」
のらりくらりと論点をズラしてくるウィルには、口では勝てそうにない。そう察した葵が不満を残しながら閉口すると、ウィルは余裕の笑みを浮かべる。その表情のまま、彼は侵入者達を振り返った。
「アオイは僕が送って行くから、その他の人達は自分で勝手に帰ってよね」
葵はクレアと帰ると言って断ったのだが、家に送り届けるまでがデートだと言われてしまい、再び口をつぐむ。仕方なくウィルに送られて屋敷に帰ったのだが、噴水の近くに描かれている魔法陣に出現すると彼は何故か、葵と共に前庭の物陰に移動した。
「……何?」
「最後にデートらしいことしておこうと思って」
そう言うとウィルは、葵に顔を近付けてきた。キスでもされそうな雰囲気に臆した葵は身を引こうとしたのだが、それは先手を打ったウィルに制される。葵の耳元に口唇を寄せると、ウィルは囁きを零した。
「アオイを僕のものにしたい。他の男とキスなんかしたら、許さないから」
言葉が終わるとウィルはすぐに体を離し、微笑みを浮かべて見せた。葵は微かに眉根を寄せ、一呼吸分の間を置いてから口を開く。
「冗談、だよね?」
「さあ? どうだろうね」
「…………」
「じゃあ、僕は帰るから。また学園でね」
ヒラヒラと手を振ると、ウィルは転移の呪文を唱えて姿を消した。ウィルが去った後もしばらくその場に佇んでいた葵は、どこからか聞こえてきた自分を呼ぶ声で我に返る。物陰から出てみると、デートのジャマをしに来てくれた人達が屋敷の前に集合していた。
「なんや、そんな所におったんかいな」
「ウィルは?」
クレアに続いてオリヴァーが話しかけてきたので、葵は帰ったとだけ答えて口元に手を当てる。先程のウィルの態度が気になってしまうのは、いつも通りに茶化していても目が笑っていないような気がしたからだ。
(冗談……だよね)
あのウィルが、自分なんかに本気になるわけがない。考え直してみてもそういった結論に達したので、葵はそこで気にするのをやめることにした。
昼夜を問わず空に垂れ込めていた重い雪雲が切れ、その夜は久しぶりに青白い月明かりが注いでいた。丘の上に建つトリニスタン魔法学園アステルダム分校は夜を迎えて静まり返っていたが、そのような時分にもかかわらず、まだ明かりのついている部屋がある。校舎一階の北辺にある、保健室だ。その室内には二人の人物がいて、そのうちの一人は白衣を着用している。この学園で校医をしている、アルヴァだ。彼と向き合っているのは
校舎の外から保健室内の様子を窺っていたウィルは、室内からユーリーの姿が消えたのを機に指輪を外した。ウィルが指から引き抜いたのは、とある人物によって開発された、魔力を封じ込める働きをする指輪だ。その枷から解き放たれたウィルは、ユーリーが残して行った魔力の痕跡を追う。それに従って転移してみると、月光も遮られてしまうような深い森の中に出現した。ユーリーはまだ魔法陣の近くにいて、後から転移してきたウィルを見ると藍色の隻眼を驚愕に見開かせる。彼の警戒心を煽らないよう、ウィルはゆっくりと言葉を紡いだ。
「また会えて、嬉しいよ」
「どうやって、ここに?」
「保健室の外で見張ってたんだ」
転移を追跡したことは言わずもがなだが、ユーリーは怪訝そうな顔をした。その理由を知っているウィルは柔らかく笑みを浮かべ、手にしている指輪を彼の方に差し出す。
転移魔法の追跡は、トリニスタン魔法学園のマジスターともなればそう難しいことではない。転移魔法にはそういった弱味があるため、転移先を知られたくない場合は予め追跡防止用の呪文を組み込んでおくのだ。しかし深夜の密会ということもあって、ユーリーは防止処置を怠った。それはウィルが覗き見ていたことが完璧に隠匿されていたからであり、その理由を示すのがユーリーに差し出した指輪なのだ。
「これは……」
指輪を手にすると、ユーリーはしげしげとそれを眺めた。その指輪は彼が物珍しげにしているのも当然の代物で、ウィルは少し補足をしてやる。
「人間の魔力を完全に封じる魔法陣を模った、指輪。それを嵌めていたから、君は僕に見られていることに気付かなかったんだよ」
「これは、あなたが生み出したのですか?」
「残念ながら僕じゃない。ある、特別な人が生み出したものだよ」
ユアン=S=フロックハート。その名は伏せておいたが、ユーリーも追及してくることはなかった。ウィルに指輪を返した後、彼は改めて本題に入る。
「それで、ボクに何か御用ですか?」
「君に、というよりは、君と一緒にいた人物に用があるんだ」
アルヴァがユーリーを呼び出したのも、おそらく同じ用件だろう。ウィルがそう言うとユーリーは眉をひそめ、スミンのことですかと問いかけてきた。しかし目的の人物の名を知らなかったウィルは肩を竦めて見せる。
「名前は知らないけど、褐色の肌の少女だよ。あの子、スミンっていうの?」
「……そうでしたね」
名乗った覚えはなかったと、ユーリーは改めて自分の名を明かす。そして褐色の肌の少女はスミンという名なのだと付け加えた。
「スミンにどのような御用ですか?」
「アルヴァ=アロースミスは、何て言ってた?」
「詳しい話は聞いていません。ただ、スミンに頼みたいことがあるので会わせてもらえないかと、言われただけです」
「でもさ、彼女は会わないでしょ?」
スミンとユーリーは魔法の
「あの人が話してないなら、僕が教えてあげるよ。あの人の目的を、ね」
ユーリーの返答は待たず、ウィルは一方的に話を始めた。バラージュという魔法使いの話は、すでに禁を犯している彼らには興味の対象でしかないだろう。案の定、ユーリーは話に食いついてきた。
「バラージュはプリミティフ族だったのですね。スミンに会いたがる理由が、よく分かりました」
「正直な話をするとね、僕はあの人とスミンに会ってもらいたくないんだ」
「それは復讐、ということですか?」
ウィルはアルヴァに、人体実験の被験者にされた過去を持っている。そんなことをされれば誰でも、復讐を考えるだろう。だがウィルは、当然とも言えるユーリーの考えを微笑みでもって否定した。
「そんな幼稚なことしないよ。他に目的があるんだ」
「その目的を、聞かせてもらえませんか」
その返答次第ではスミンに取り次いでもいい。ユーリーがそう言うので、ウィルは躊躇わずに答えを口にした。
「バラージュを
千年ほど前に生きていた人間の、正常な死。それが何を意味するかはすぐに伝わったようで、ユーリーはウィルの申し出を承諾した。
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