バラージュを探せ

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 冬月とうげつ期最後の月である秘色ひそくの月の十一日。ここ数日、慌しい日々を過ごしていた葵はトリニスタン魔法学園アステルダム分校で久しぶりの平穏を満喫した。授業が終わるとクレアに別れを告げ、携帯電話を握り締めて校舎の東北へと急ぐ。そこにある塔の二階部分に出ると、葵はさっそく異世界との通話を開始した。

「もしもし? 弥也やや?」

 弥也という少女は葵の生まれ育った世界での友人で、何故か彼女にだけは、よく電話が繋がる。そのため葵は弥也に頼みごとをしていて、その成果を聞きたかったのだ。

「どう? 反応あった?」

『どうって……まだ一時間くらいしか経ってないんだけど』

 弥也の呆れた声を聞いて、葵は気持ちが逸るあまり失念していたことに気がついた。

「そっか、忘れてた。そっちの一日がこっちの一ヶ月くらいなんだよね」

『マジ? じゃあ葵的には、さっきの電話が昨日くらいのことなんだ?』

「そうそう。だからさぁ、なかなか電話する感覚がつかめなくて」

『なるほどね。話が合わないのはそういうことだったんだ』

 納得したという反応を返してくると、弥也は葵が聞きたかったことを教えてくれた。

 レムからバラージュについての話を聞いた後、葵は弥也に『ヨーコ』という女性を探してくれと頼んだ。それを受けて弥也はあちこちの掲示板に人探しの書き込みをしてくれて、今は反応が来るのを待っているのだ。しかし一時間しか経っていないのでは、さすがにまだ反応はないという。

『やっぱりさ、こんなの無理じゃない? 全国にヨーコさんが何人いると思ってんのよ』

「そうだけどさぁ。せっかくそっちの世界と話がつながったんだよ? 無茶でも何かしたいじゃん」

『まあ、ね。でもさ、こっちはあんまり期待しないで、そっちでもちゃんと帰る方法探しなよ?』

「うん。もちろん」

 協力は惜しまないということで、弥也はその話を終わらせた。そして話題を変えてくる。

『ところで葵、写メは?』

「あ、忘れてた。ごめん、今から送る」

 通話を終えた携帯電話を手元に戻すと、葵はメールを打ち始めた。以前に保健室で撮ったアルヴァの画像を添付して、それを弥也に送信する。その作業を終えて顔を上げると目前に人が佇んでいたので、ギョッとした葵は座った格好のまま身を引いた。

「またメールとかいうやつ?」

 声をかけてきたのはマジスターの一人であるハル=ヒューイットだった。居住まいを正しながら頷いた葵は、なんとなく携帯電話をしまう。その後、立ち上がろうとしたのだが、その前にハルが隣に座った。

「ど、どうしたの?」

「何が?」

 隣に座られたので話でもあるのかと思ったのだが、そういうことではないらしい。自然な動作なのだと察した葵も落ち着くことにして、そのままハルとの話を続けた。

「ハルってさ、いつも何しにここに来てるの?」

 この場所はマジスター達が楽器を練習する所らしいのだが、ハルが楽器を手にしている姿はとんと見ていない。この場所にいる時の彼は何をするでもなく、ただボーッと座り込んでいるのだ。その行動に特別な意味などないようで、ハルは何かしに来ているわけではないと答えた。

「どうだった?」

「うん?」

 急に話題が変わったうえ主語もなかったので、問いかけの意味を汲めなかった葵は首を傾げた。ハルは短く、デートと補足する。それでようやく、葵にも話が通じた。

「別に、どうもこうもないよ」

「ウィルにスカート、めくられたんだって?」

「……何でそんなこと知ってんの」

「オリヴァーに聞いた。俺も見たかったな」

「えっ!? な、何を?」

「ウィルがどんな顔してそんなことやったのか」

 そういうことかと、早とちりをした葵は納得するのと同時に気恥ずかしくなった。スカートの中身を見たいなど、彼が言うはずもなかったのだ。

「そうだ、ちょっとウィルのこと聞いていい?」

「何?」

「ウィルってさ、今までに恋人とかいたことあるの?」

「何で?」

「恋愛とか興味なさそうに見えるんだけど、女の子のこと本気で好きになったこととかあるのかなと思って」

「ないんじゃない?」

 即答したハルの答えは予想通りのものだった。その答えを聞いて、葵は密かに安堵する。ウィルは恋愛なんかしない。付き合いの長いハルがそう言うのなら、昨日のことはタチの悪い冗談として忘れてしまっても大丈夫そうだ。

 その後、しばらくハルと話をしているとキリルが姿を現した。塔の壁に開いている穴から現れた彼は、葵とハルが一緒にいる所を見ると嫌な顔をする。露骨に態度で表しただけでなく、こちらに歩み寄って来たキリルはハルにいなくなれとまで命令した。しかしハルもハルで、彼はキリルの理不尽な物言いにも嫌な顔一つせず、分かったとだけ言って姿を消す。その双方の対応に、葵は呆れてしまった。

「お前、次の休みはうちに来い」

「は?」

 二人きりになるとキリルが妙なことを言い出したので、葵は呆気にとられながら彼を見上げた。キリルは佇んだままで、どこか威圧的な口調も変えずに言葉を続ける。

「他のヤツの家には行ったんだろ?」

 だったら自分の家にも来ていいだろうと、キリルは屁理屈をこねる。意図が分からなかった葵ははぐらかそうとして、言葉を選びながら口を開いた。

「オリヴァーとウィルの家には行ったけど、ハルの家は行ってないよ?」

「誰が行かせるか!!」

 ハルの名前を出すと、キリルは急に怒り出してしまった。このハルに対する異常なライバル意識は、自分がまだ彼のことを好きだと思っているからなのだろうか。そう思った葵は追い出されたハルが可哀想な気がして、フォローをしておくことにした。

「あのさ、ハルのことなんだけど……」

「まだ好きなのかよ」

「そういう話じゃなくて、ハルのこと目の敵にしないでよ。可哀想じゃん」

 自分はともかく、向こうは何とも思っていないのに。そう胸中で付け加えた葵は、自分で言っていて虚しくなった。どうあってもこじれることのない関係を心配して、ヤキモチを焼きすぎるキリルも滑稽だ。そう思った葵は早く話を終わらせたかったのだが、キリルはしつこく食い下がってきた。

「お前のそういう態度が……」

 キリルが感情的に何かを言おうとした時、携帯電話の着信音が鳴り響いた。その音に驚いたらしいキリルはビクリと体を震わせて、そのまま口をつぐむ。キリルには構わず携帯電話を見てみると、弥也からのメールが届いていた。その内容に、葵は小さく吹き出す。

「……なに笑ってんだよ」

「ちょっとね。じゃあ、私ももう行くね」

「まだ話が終わってねーだろ!」

「家に来いって話なら、考えとく」

 行くつもりはあまりなかったのだが、そう言うとキリルは毒気を抜かれたように閉口した。今がチャンスだと思った葵は素早く立ち上がり、キリルに軽く手を振ると階段に向かう。その足で塔を後にしたが、キリルは追って来なかった。






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