バラージュを探せ

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 冬月とうげつ期最後の月である秘色ひそくの月の十二日。その日、葵とクレアはトリニスタン魔法学園には登校せず、朝からパンテノンという街でショッピングに興じていた。旅に必要な物や平常時の服や靴、それに装飾品などを買い込んで、歩き疲れたところでフォースアベニューカフェに腰を落ち着ける。ちょうど昼食の時分でもあったので、そこで簡単に食事も済ませることにした。

「それにしても、買い込んだもんやなぁ」

 お互いに大荷物を座席に置いているのを見て、クレアが満足そうに話しかけてきた。ショッピングをするのが久しぶりで少し浮かれすぎたかもしれないと思いながら、葵も同意する。買物の資金はアルヴァが出してくれているので、請求が凄いことになりそうだった。

「アルに悪いことしたかな?」

「何でや? 好きに使ってええって言われとるんやろ?」

「そうだけど……さすがにちょっと買いすぎかなって思って」

「アルのことや、その程度の買物で生活が苦しくなるようなヘマはせんやろ」

 葵はアルヴァの私生活がどうなっているのかまったく知らなかったが、クレアの言うことにも一理あると思った。あの計算高い彼が、そのような愚を冒すとは思えない。それならばきっと、大丈夫なのだろう。

「それにしても、意外やったわ」

 クレアが話題を変えてきたので、葵もアルヴァのことを気にするのはやめにして話に応じた。

「何が?」

「アオイはてっきり、こういう買物には興味がないんかと思っとった」

 ドレスを着せても嫌そうな顔をするし、普段からあまりファッションに気を遣っているような素振りがない。クレアがそう言うので、ひどい言われようだと思った葵は苦笑した。

「私だっていちおう、女の子なんだよ?」

「知っとるわ。ほんまはオシャレとかも好きなんやろ? 買物しとった時の顔で分かるわ」

 それならば何故、今まで関心のない素振りを見せていたのか。そう問われた葵は苦笑いを崩せず、今まではそれどころではなかったからだと答えた。

「今はほら、こっちでの生活にもだいぶ慣れてきたし、ちょっとは余裕も出来たからね。それに髪の毛の色変えたら、なんかスイッチ入っちゃった」

「そんなに嬉しかったんか?」

「うん。ずっと茶髪に戻したいなぁって思ってたんだ」

「アル様様やな」

「そうだね。最近のアルは優しくて、ちょっと怖いくらい」

 アルヴァが優しくなったのはお互いに気を張る必要がなくなったからなのだろうが、良好な関係を築くまでには色々なことがあった。出会った頃のことを思い返せば、その変わりようは笑えるくらいのもので、葵は一人で思い出し笑いをしてしまう。そんな葵を見て、クレアがふと真顔に戻った。

「アオイ、」

「ん? 何?」

「……いや、やっぱやとめくわ。うちが口出しするようなことやないしな」

「何? 何の話?」

「ああ、もうエエわ。それより、この後はどないする?」

「あ、私、ちょっとキリルに用事があるんだ」

「さよか。うちもおとんに用があるさかい、昼食が済んだらいったん帰ろうや」

 それで話がまとまったため、昼食を済ませた葵とクレアは買い込んだ荷物を置きに、一度屋敷に戻ることにした。学園まで送ってくれたクレアに帰りは歩くからと言い置くと、葵は校舎の東に向かって歩を進めていく。目的地である大空の庭シエル・ガーデンでは、マジスター達がティータイムを愉しんでいた。

「アオイ、その髪」

 葵の変化に、初めに反応を示したのはオリヴァーだった。その場には他にもキリルとハルがいたのだが、彼らも食い入るように葵の髪を凝視している。あまりに見られるので居心地が悪く思い、葵は苦笑いを浮かべながらオリヴァーの疑問に答えた。

「魔法薬で色、変えてるの」

「そんな魔法薬があるのか」

 初耳だと驚くオリヴァーに、葵はユアンが開発した薬をアルヴァが改造してくれたのだと説明を加えた。

「ユアンの髪って本当は金髪なんだよ。レイの目をごまかすために、そんな薬を作ったみたい。それを分けてもらったの」

 レイチェル=アロースミスはユアンの家庭教師で、驚きを収めたオリヴァーは納得したという風に頷いて見せた。

「レイチェル=アロースミスも、あのユアン様が相手だと大変だな」

「そうでもないと思う」

 ユアンが常人には考えもつかないようなことをやってのけたとしても、レイチェルは大抵の場合、お見通しだ。そんな場面を、葵は幾度か見てきている。泣かされるのはいつもユアンであることを教えると、オリヴァーは何とも言えない表情になってしまった。

「それにしても、その姿は久しぶりだな」

 話題を元に戻したオリヴァーが懐かしいと言うと、ハルも同意して頷いた。キリルからは反応が返ってこなかったので、オリヴァーが彼を振り向く。

「キル、感想は?」

「おっ……」

 オリヴァーに促されたキリルは何かを言おうとしたものの、結局はむっつりと口をつぐんでしまう。こういう場面でスマートに意見を出せないのが、キリルらしい。そう思った葵はキリルの反応には構わずに、本題を口にした。

「ごめん、次の休みは予定が入っちゃった」

 家に遊びに行くという件を断ると、キリルは態度を改めてあからさまに嫌な顔をした。

「オレが先だろ? 何で後から予定なんか入れんだよ!」

「大事な用なんだよ」

「大事な用って何だよ!」

 言ってみろとキリルが喚くので、葵は簡略に事情を説明した。バラージュのことを探りに坩堝島へ行くのだと明かすと、オリヴァーが興味深そうな顔をしながら容喙してくる。

「面白そうなことやってるんだな」

「面白くないって。こっちは真剣なんだから」

「あ、そうか。悪い悪い」

 オリヴァーとそんな会話をしていると、キリルがテーブルを叩いて立ち上がった。一同の視線が彼に集る中、キリルは葵を睨みつけながら口火を切る。

「オレもそれ、行くからな」

「……は?」

「いつ行くんだ。教えろ」

「えっ、ちょっと、待ってよ」

 話が予想外の方向に転がり出したため、葵は慌ててキリルを宥めようと試みた。しかしキリルは一度言い出したらきかず、挙句の果てにはオリヴァーまでもがキリルの意見に便乗する。

「俺も行きたい。アオイ、誰が一緒に行くんだ?」

「え? えっと、クレアとアルだけど……」

「あの子供は?」

「え? え?」

 そこでハルまでもが口を挟んできたので、葵はいよいよ対処しきれなくなった。困惑の度合いを深めながら、ハルの方に顔を傾ける。

「子供って……ユアン?」

「そう。一緒に行かないの?」

「行くとは聞いてないけど、もしかしたら来るかも」

 好奇心旺盛なユアンのことだから、そういった事態になることも十分に考えられる。葵がそう言うとハルまでもが同行すると言い出した。オリヴァーもすっかり乗り気で、キリルにいたってはすでに自分の中で同行を決定している。何故、こんなことになったのか。葵が頭を抱えている横で、オリヴァーがどんどん話を進めていった。

「アルヴァさんがいいって言えばいいよな?」

「何であのヤロウの許しがいるんだよ」

「色々準備もあるだろうし、さすがに無断はまずいだろ」

 そして今すぐ保健室に行こうという話になり、葵は状況から取り残されたまま移動を強いられた。保健室に辿り着くとオリヴァーが代表して、アルヴァにこうなった経緯を説明する。話を聞いたアルヴァは葵を一瞥した後、深々と嘆息した。

「俺達にも何か、役に立てることがあると思います。許可していただけませんか?」

 なかなか返事をしないアルヴァにオリヴァーが言葉を重ねた時、保健室の扉が開いてクレアが姿を現した。室内の状況を見るなり、彼女は怪訝そうにしながら口を開く。

「なんや、この集まりは」

「いや、ちょっと、色々あって。クレアこそ、どうしたの?」

 父親の所に行ったはずではなかったのか。葵が暗にそう問いかけると、クレアは何故か苦々しい表情を浮かべてアルヴァを見た。

「悪いんやけど、うちのおとんも同行してエエか?」

「アンダーソン伯爵が? 何故?」

「おかんの墓が坩堝島にあるんよ。坩堝島に帰るっちゅー話をしたら、どうしてもうちと一緒に墓参りしたいって駄々こねられてなぁ」

 自分の父親のことを「しょうもないオッサン」だとぼやいていたが、そういう理由だからこそ、クレアも断りきれなかったらしい。黙して成り行きを見守っていた葵は、密かにアルヴァの顔色を窺った。もう一度深々と息を吐いた後、アルヴァは口を開く。

「分かった、皆で行こう。坩堝島へ行くのは情報を得ることが目的だから、人数が多いに越したことはないだろう」

 許可した理由は取って付けたようなもので、アルヴァが本当は話を広めたくなかったことが窺える。葵は胸中でアルヴァに侘びを入れたが、そうしてみても結果が変わることはなかった。






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