バラージュを探せ

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 東の大国、スレイバル王国の大貴族であるエクランド公爵の本邸は、火山の中にある。火口部にはマグマが溜まっていて、その只中に城が存在しているのだ。周囲がそのような状況なので、城の窓からはマグマが気泡のようになって弾ける様や、炎が飛び交う様子を見ることが出来る。この居城を訪れた者は大概が、その戦慄的でありながら壮美な光景に圧倒されるのだが、実家に帰って来ただけのキリルは景観に心を動かされることもなく、窓の外を眺めていた。ただし、窓に映りこんでいる彼の顔は不機嫌だ。その原因は、客間で姉や母にもてはやされている金髪の青年にあった。

 明日、坩堝島に向けて出発する。そうした話がトリニスタン魔法学園アステルダム分校の保健室でまとまった後、キリルは葵を実家に誘った。本当は葵だけを連れて来るつもりだったのだが、何故かその場にいた者達も着いて来て、普通に友人の家に遊びに来ただけのような雰囲気になってしまっている。それだけでも面白くなかったのに、本邸にいた姉や母が無理矢理同行してきたアルヴァを見て騒ぎ出した。彼がレイチェル=アロースミスの弟であることを知ると盛り上がりはますます過剰になり、エクランド家の女達は家人であるキリルをそっちのけで、アルヴァばかりをかまっているのだ。そして肝心の葵も、キリルが女の子を家に連れて来たと騒がれて、母や姉に捉まったままでいる。その輪の中に入れないキリル・オリヴァー・ハルの三人は別のテーブルに追いやられていて、それがキリルを不機嫌にさせているのだった。

「ところで、二人はどういう関係なのですか?」

 姉の一人がアルヴァと葵に問いかけた時、仏頂面でそっぽを向きながらも聞き耳を立てていたキリルの苛立ちは頂点に達した。

「もういいでしょう。出て行ってください」

 憤りに任せて席を立ち、キリルは身内を追い出しにかかった。しかしエクランドの女達は、末っ子の意見を素直に聞くような性質ではない。

「何を怒っているのですか?」

「あ、分かった。キリル、ミヤジマさんのことが好きなんでしょう」

 余計なことを言ってきたのは下から四番目の姉であるエルシーだ。思わぬ図星をつかれてキリルが怯むと、エルシーはニヤリと笑って言葉を重ねる。

「あらぁ? 顔が赤くなったわよ?」

「う、うるせーな!」

「キリル、言葉遣いが悪いですよ。エルシーも、お客様の前ではしたない」

 たしなめてきたのは姉弟の母親で、エクランド公爵夫人はその後、真顔に戻って息子と葵を見比べた。

「キリルと男女の交際をしているのですか?」

 問いかけに、葵がすぐさま首を振った。それを見て安心したようで、母は息子に目を向けてくる。

「キリル、よもや忘れてはいないと思いますが、あなたには婚約者がいるのですよ」

「オレは婚約者なんかいりません」

「キリル!」

「オレが好きなのは、こいつなんです」

 困惑顔の葵を指差して、キリルは堂々と母や姉の前で自分の気持ちを打ち明けた。






 エクランド公爵本邸の客間で、葵は平穏ではない空気の中心に身を置いていた。キリルの唐突な発言のせいで、先程までの和やかな雰囲気は崩れ去ってしまっている。それまでアルヴァと楽しそうに喋っていたキリルの母親は固まっているし、彼の姉達は愉悦の表情で葵と弟を見比べていた。客間内の別のテーブルに座っているオリヴァーとハルに目をやると、彼らもそれぞれの表情で成り行きを見守っている。

 この場合、どういう顔をしていたらいいのだろう。そんなことにも困ってしまった葵は、隣に座っているアルヴァを振り向いた。視線に気付いた彼は「やれやれ」というように息を吐く。それから表情を改めて、アルヴァは凍り付いている場に切り込んでいった。

「キリルさん、順序が違うのではないですか?」

「てめーは引っ込んでろ!」

「いえ、年長者として言わせていただきます。キリルさんの意思は尊重するべきだと思いますが、そういった科白は両者の思いが通じ合った後に言うべきものであると思います。ミヤジマもキリルさんもまだお若いのですから、そう結論を急ぐことはないでしょう」

「黙れって言ってんだろ!!」

「キリル、言葉を慎みなさい」

 厳しい口調で息子を叱りつけると、キリルの母親はアルヴァの言う通りだと明言した。キリルは閉口したものの納得はしていないようで、アルヴァを睨みつけている。そこへ、この家の次期当主であるハーヴェイ=エクランドが姿を現した。

「何かあったのですか?」

 客間に漂う異様な雰囲気をすぐに感じ取ったようで、ハーヴェイが母親に問いかけている。事情を聞くと、彼は間を置かずに私見を述べ始めた。

「婚約を解消したいと言うのでしたら、そうさせてやればいいと思います。キリルも子供ではないのですから、責任は自分で取るでしょう」

「ハーヴェイ!」

 無責任にも聞こえるハーヴェイの物言いに非難の声を上げたのは、エクランドの家人ではなくアルヴァだった。しかしハーヴェイは、涼しい顔を崩さないままアルヴァに視線を傾ける。

「君が我が家に来るとはな。歓迎しよう」

「光栄です。しかし、先程の発言は撤回していただきたい。次期公爵にあるまじき軽率なものであったと思います」

「これは我が家の問題だ。君に口を挟む権利があるとは思えないが?」

 家の問題だと言われてしまえばそれまでのことで、部外者であるアルヴァは閉口せざるを得なかったようだ。アルヴァを黙らせると、ハーヴェイは葵に目を向けてきた。

「ミヤジマ=アオイ、キリルは君が何者なのかを知っても尚、君がいいのだと言っている。だが我が家の事情は君には関係のないことだ。気に病む必要はない」

 意外にもハーヴェイが擁護してくれたので、どうなってしまうのかとハラハラしていた葵は少しホッとした。だが、葵以外の者にとってはハーヴェイの態度が不可解に映ったようで、エルシーというキリルの姉が口を挟んでくる。

「ハーヴェイ兄様は誰の味方なの?」

「私は誰の味方もしていない。それよりお前達、客人の前で恥を晒すな。母上も、そういった問題は家人だけで話し合うべきでしょう」

 ハーヴェイに諭されると渋い表情をしていたエクランド夫人も同意して、葵とアルヴァに謝罪をしてきた。彼女はその後、子供達に呼びかけて客間を後にする。キリル本人や彼の姉達は母に連れられて去って行ったが、ハーヴェイだけはその場に残った。

「オリヴァー、ハル。お前達にも見苦しいところを見せたな」

 家人がいなくなるとハーヴェイはまず、離れた席にいるオリヴァーとハルに謝罪をした。それを機に、二人も葵達のいるテーブルに移ってくる。

「ハーヴェイさんはアオイとキルが付き合うことには賛成なんですか?」

 オリヴァーがハーヴェイに尋ねているのを聞いて、葵はギョッとした。葵が顔色を変えたことに気がついたオリヴァーは例え話だと断った上で、再びハーヴェイに向き直る。客間に残っている者達に紅茶を淹れなおした後、ハーヴェイは問いの答えを口にした。

「ミヤジマ=アオイにその気があるのなら反対はしない。私が反対しても無駄だと、キリルに言われたからな」

「あのキルが、ハーヴェイさんにそんなことを……」

「キリルの気持ちはもう、魔法が歪められて生じたものではない。無理に交際をしろと言うつもりはないが、そのことだけは理解してやって欲しい」

 実の弟を魔法の実験台にしていた過去が嘘であったかのように、ハーヴェイの発言はキリルの気持ちに副っている。これはキリルだけではなく、この人にも自分の意思を伝えておいた方が良さそうだ。そう思った葵は緊張で乾いた喉を紅茶で潤してから、ハーヴェイに向かって口火を切った。

「私は、キリルと付き合うつもりはありません」

「その理由を、聞いてもいいのか?」

「はい。えっと、私が異世界から来たっていうのは聞いてますか?」

「知っている。君が何者かを知ってもキリルの気持ちが変わらなかったというのは、そういう意味だ」

「あ、そ、そうですか……」

 先程のハーヴェイの言葉を今更ながらに理解した葵は少し戸惑ったが、すぐに気持ちを立て直して話を続けた。

「私は元の世界に帰りたいんです。だからこの世界の人とは、誰とも付き合う気はありません」

「王城に召喚魔法の研究室が設置されたことは聞いているだろう? 王家もミヤジマの希望を叶えるために尽力してくれている」

 まだ葵が帰れると決まったわけではないが、可能性はゼロではない。容喙してきたアルヴァがそう付け加えると、ハーヴェイは小さく頷いて見せた。

「確かに、ミヤジマ=アオイがヴィジトゥールであるということは大きなネックだな。だがそれでも、キリルは君が好きなのだ」

「そんなの、困ります」

「それを私に言われても困るな。私にはキリルを説得することは出来ないし、君の気持ちを変えさせることも出来ない」

 決着は、葵とキリルで着けるしかない。最後にそう言い置くと、ハーヴェイは家人の様子を見てくると言って席を立った。やはり結局はそういうことになるのかと、葵は堂々巡りにうんざりしながらこめかみに指を押し付ける。話し合いは長引きそうなので帰る時は声をかけなくていいと客人達に言い置いて、ハーヴェイは客間を出て行った。






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