key person

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 坩堝島滞在二日目の朝は晴天で明けた。破屋で一夜を明かし、誰よりも早く起床して朝食の準備をしていたクレアは、起き出してきたアルヴァが発した一言で異変に気がついた。

「ミヤジマは?」

「おらんのか?」

「クレアと一緒に寝てたんじゃないのか?」

 アルヴァは『まだ寝ているのか』という意味で尋ねたようだったのだが、クレアは昨夜から葵と顔を合わせていなかった。そのことを知ると、アルヴァは辺りを見てくると言って外に出て行く。その間に、クレアは昨日葵と最後に会ったであろうキリルの元に向かった。

「おはよう」

 マジスター達が寝ている部屋に行くと、起きていたのはオリヴァーだけだった。声をかけてきた彼に朝のあいさつを返すと、クレアはすぐさまキリルの傍へ寄る。叩き起こして葵の行方を尋ねると、不機嫌そうに起き出してきたキリルも真顔に戻った。

「いねぇのか?」

「おらんから聞いとるんや。一緒に帰って来なかったんか?」

「あいつは一人で先に……」

「何の話だ?」

 キリルが困惑気味に答えているところに、運悪くアルヴァが顔を出した。話を聞かれてしまった後のようで、彼は微かに怒りを滲ませた表情をしている。クレアは最悪だと思ったが、キリルに説明を任せるよりは自分が出た方がいいと判断し、嘆息した。

「うちが説明するわ」

 葵とキリルは昨夜、近くの浜辺で二人だけで話をした。その時にどんな会話が交わされたのかはクレアにも分からなかったが、何らかの理由で葵はキリルを置いて先に帰った。だが夜が明けてみれば、葵の姿が見当たらない。このことから考えられる結論は、おそらく葵は迷子になったのだろう。クレアが憶測を交えながらそこまで説明すると、アルヴァは嫌悪感を露わにしてキリルを睨みつけた。しかし、ここで彼を責めてもどうしようもないと判断したのだろう。深々と息を吐いて気持ちを落ち着けるような仕種を見せた後、アルヴァは真顔に戻ってクレアを振り向く。

「ただ迷子になっただけなら、この近くにはいるだろう。ミヤジマが自力で帰って来た時のために一人だけここに残って、後は全員でミヤジマを探そう」

 時間の無駄にはなるが、今はそうするより他にない。厳しい口調でそう言うと、アルヴァはもう一度ため息をついてからキリルに目を向けた。

「僕たちは遊びに来たわけじゃない。そのことをもう一度、よく心に刻んでおいてくれ」

 何も言い返せずにいるキリルは捨て置き、一方的に話を切り上げたアルヴァは踵を返した。彼が去って行ってしまってから、クレアは閉口しているキリルの肩をポンと叩く。

「悪かったわ」

「……何でお前があやまんだよ」

 今はとにかく、葵を探し出すのが先だ。アルヴァに嫌味を言われてむすっとしながらもキリルがそう言ってくれたので、少なからず責任を感じていたクレアは少しホッとした。

「せやな。とにかく、アオイを探さんと」

 クレアが謝罪を切り上げると、キリルは未だ床で眠っているハルを起こしにかかった。クレアも父親を起こそうと別室に向かおうとしたのだが、その前にオリヴァーから見られていることに気付いて動きを止める。

「何や?」

「いや、クレアが昨日言ってたことが分かったような気がしてな」

「昨日……ああ、アルのことやな。ほんまはメッチャ怒っとるのに、怒鳴り散らしたりせんと遠回しに嫌味言うとこなんか泥臭いやろ?」

「そういう感情の抑制はスマートな対応って言うんだと思うぜ?」

「ま、感じ方なんて人それぞれやな」

 オリヴァーと笑い合ったところで雑談を切り上げることにして、クレアはマジスター達が使っている部屋を後にした。






 誰かに体を揺すられて、葵は眠りから醒めた。頭を持ち上げてみると妙に重く、脳内に霞がかかっているように意識がはっきりとしない。ボーッとしながら焦点を合わせると、何故か眼前に海が広がっていた。潮騒が耳に心地好く、意識をまた眠りの底に沈めようとする。しかし再び瞼を下ろしてしまう前に、視界に見知らぬ人間が入り込んできた。それで一気に目が覚めた葵は間近にいる少年の顔を見つめ、瞬きを繰り返す。

「大丈夫ですか?」

 声をかけてきたのは白皙はくせきの、深い藍色の瞳が印象的な少年だった。その少年は青い髪の持ち主で、片方の目は髪に隠れている。初対面の相手に意味の分からないことを言われた葵は半ば反射的に、問いの答えを口にした。

「あ、はい……」

「そうですか。それなら、良かった。でも、こんな所で寝ていると危ないですよ」

「こんな所?」

 言葉の意味を汲めなかった葵は少年から視線を外し、周囲の状況に目を向けた。そして驚きに、目を見開く。

「何これ!?」

 眠りから醒めた時に海が見えたのは当然のことで、木に背中を預けて座り込んでいる葵の周囲は水没していた。陸地はごくわずかに残っているだけで、もう少し潮位が上がれば葵も海水に浸ってしまいそうだ。

(何でこんなことに?)

 慌てて立ち上がった葵は頭を抱え、記憶の糸を辿ってみた。そうしているうちに、思い出す。自分の身に昨夜、何があったのかを。

 葵は昨夜、クレアに図られて浜辺でキリルと二人きりになった。話をした後は一人で浜辺を後にしたのだが、そのまま帰り道が分からなくなってしまったのだ。林の中を彷徨っているうちにまた浜辺に出たので、朝になれば道が分かるかと思い、そのまま下手に動き回るのをやめた。そしていつの間にか眠りに落ち、意識がないうちに潮位がどんどん上がってきた、というのが現状のようだった。

(うわっ、怖っ)

 起こしてもらえなければ海水に浸かって、パニックを起こしながら目覚めることになったかもしれない。そんな自分を想像して青褪めた葵は改めて、見知らぬ少年に礼を言った。

「ユーリー、何シテル」

 不意に第三者の声が聞こえてきたので頭を上げると、いつの間にか少年の隣に少女が佇んでいた。周囲が水没しているというのに水音も立てずに現れたボーイッシュな少女は、やはり知らない顔である。しかし彼女の肌の色に、葵は目を見開いた。

「プリミティフ族……?」

 葵が呟きを零した刹那、少女の漆黒の瞳に剣呑な輝きが宿った。次の瞬間には喉元に剣を突きつけられていて、何が起こったのか分からなかった葵はただただ瞬きを繰り返す。

「スミン」

 傍にいた隻眼の少年が宥めるように声をかけたが、少女が表情を変えることはなかった。少年に対しても睨むように一瞥すると、少女は再び葵に視線を戻す。彼女が何かを言いかけたところで、また第三者が介入してきた。

「何してるの?」

 空からふわりと舞い降りて、隻眼の少年と褐色の肌の少女に声をかけたのは、葵も見知った人物だった。

「ウィル!?」

 何故彼がここにいるのかと、葵は赤髪の少年を見て驚きの声を発した。すると少年と少女も、葵を一瞥してからウィルに視線を転じる。その場の視線を集めたウィルは眉根を寄せ、葵の顔をじっくりと見てから、それでも半信半疑な様子で口を開いた。

「アオイ?」

「え? うん、そうだけど……?」

「なに、その髪の色」

 ウィルに怪訝そうに問われたことで、葵は今更ながらに自分のことが分からなかった彼の態度にも納得がいった。すぐに説明しようとしたのだが、ウィルはその前に褐色の肌の少女に向き直る。剣を下ろしてというウィルの要求に、少女は不満を残したような表情をしながらも従った。自由になったところで、葵は改めてウィルに問う。

「何でウィルがこんな所にいるの?」

「それはこっちの科白だよ。アオイこそ、こんな所で何してるの?」

 質問をしたら問い返されてしまったので、葵は先に坩堝島に来ることになった事情を説明した。ついでに髪の色が変わっていることについても説明を加えると、ウィルと共に隻眼の少年が興味深そうな表情を浮かべる。

「そのような魔法薬は聞いたことがありませんね」

「面白い発想だね。さすがだよ」

 髪色を変える魔法薬について、葵は誰が開発したのかまでは言わなかったのだが、ウィルにはもうその人物の姿が思い浮かんでいるらしい。少年二人がそんな話に興じていると、褐色の肌の少女がむすっとしたまま口を挟んできた。

「ウィル、コノ女、何者」

「ああ、そうだったね。ちゃんと紹介しないと」

 褐色の肌の少女にそう言うと、ウィルは改めて葵のことを紹介した。葵がヴィジトゥールであると聞いて、少年と少女は瞠目している。ウィルは続けて、少年と少女のことを葵に紹介した。隻眼の少年はユーリー、褐色の肌をした少女の名はスミンというらしい。しかしウィルが口にしたのは彼らの名前だけで、どういった関係なのかは明かされなかった。






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