key person

BACK NEXT 目次へ



「さて、と。お互いの紹介も済んだことだし、そろそろ行こうか」

 まだ驚きの余韻を残しているユーリーとスミンに言うと、ウィルは葵に向かって手を差し出してきた。その行動の意味が分からず、葵は首を傾げる。

「行くって、何?」

「これからいい所に行くんだ。せっかく会えたんだし、アオイも一緒に行こうよ」

「えっ、でも……」

 言葉を濁した葵はウィルから視線を外すと、それを陸地の方に傾けた。葵は昨夜迷子になって、拠点としている廃屋に帰ることが出来なかったのだ。そろそろ自分がいないことに気がついて、同行してきた者達が心配しているだろう。

「みんなに黙って出て来ちゃったから、私は一回戻るよ。ウィルも顔出せば?」

「みんなって、誰が来てるの?」

「クレアとクレアのお父さんと、マジスターが全員。あとは、アル」

「オリヴァーやハルも来てるんだ? あと、アルヴァ=アロースミス?」

「何でアルだけフルネームで言い直し?」

 ウィルの物言いと、彼が微かに浮かべた笑みが意味不明で、葵は眉をひそめた。問いかけに対する答えは得られなかったうえ、スミンとユーリーも何故か過剰な反応をしていたので、葵が抱える謎は混迷の一途を辿る。しかしその謎は置き去りにされ、ウィルはさっさと話題を変えた。

「こっちは急ぎの用事なんだ。戻るのは後にしてよ」

 スミンとユーリーに「行くよ」と言い置くと、ウィルは問答無用で葵を抱き上げた。そのまま短い呪文を唱えると、その身に風を纏わせて海上へと飛翔する。

「ちょっと、ウィル!!」

「暴れたら落とすよ?」

 抗議の声を上げたものの、ウィルから物騒な発言が返ってきたので葵は口をつぐんだ。葵が大人しくなったのを見て、ウィルは愉快そうに笑う。

「ウソだよ。アオイにそんなこと、するはずないでしょ?」

 葵はウィルならやりかねないと思ったが、怖かったので言わないでおいた。呆れたため息をついてから、文句の代わりに気になっていたことを尋ねてみる。

「重くないの?」

「魔法を使ってるから、重さなんて感じないよ」

「坩堝島では魔法使っちゃダメだってクレアが言ってたけど……」

「そうなんだ? 知らなかった」

 口調から察するに本当に知らなかったようなのだが、駄目だと聞いてもウィルの反応はあっさりとしたものだった。態度を改める気はなさそうだと葵が嘆息しているうちに、ウィルは降下を始める。彼が足を着いたのは、沖に浮かんでいる船の甲板だった。続いて、ウィルと同じ方法でやって来たユーリーとスミンも着地する。ユーリーはすぐにどこかへ行ってしまったが、スミンはその場に残った。

「それで、何なの?」

 半ば無理矢理連れて来られた葵はさっそくウィルに説明を求めたのだが、またしても答えをもらうことは出来なかった。ウィルとの問答に痺れを切らした葵は追及を諦めて、建設的にスミンを見る。

「ちょっと、話を聞いてもいいですか?」

「ワタシモ話アル。ギブアンドテイクネ」

 浜辺では剣を突きつけられてしまったので恐る恐る尋ねたのだが、意外にもスミンの反応は好意的だった。先に話していいと言われたので、葵は彼女の同族であるバラージュのことについて尋ねてみる。するとスミンは、何故かウィルを振り向いた。

「話、スルカ?」

「しなくていいよ。説明するの、面倒でしょ?」

「何それ。ウィル、何か隠してるの?」

 ウィルとスミンの会話からそう思った葵は、ムッとしながら彼らの話に容喙した。葵が何に腹を立てているのか承知しているようで、ウィルは宥めるような調子で言葉を紡ぐ。

「別に隠そうとしているわけじゃないよ。もうすぐ分かることだし、今説明をしなくてもいいと思っただけ」

 言葉で説明するよりも実際に見た方が、理解が容易になる。ウィルがそう言うので、葵はむっつりとしたまま閉口した。

「話、終ワッタカ?」

 会話が途切れたのを見て、口火を切ったのはスミンだった。彼女からも話があると言われていたのを思い出した葵は表情を改め、スミンの方を向く。

「話って何ですか?」

「オ前トアノ男、ドウイウ関係ネ」

「あの男?」

「アオイ、アルヴァ=アロースミスのことだよ」

 葵の疑問に答えたのは、何故かウィルだった。スミンの疑問に答えたのもウィルで、彼は葵とアルヴァが特別な関係なのだと言う。そして最後に、気に入らないよねと私見を述べた。意味が分からなかった葵は微かに眉根を寄せる。

「何で気に入らないの?」

「デートの時、言ったでしょ? アオイを僕のものにしたいって」

 自分の好きな女の子が他の男と仲がいいのを面白く思うはずがない。ウィルが平然とそんなことを言うので、どう反応していいか分からなかった葵は閉口した。黙り込んだ葵に代わって、スミンが口を開く。

「ウィル、コノ女、好キナノカ?」

「この女なんて呼び方しないでよ。僕の大切な人なんだから」

「悪カッタ。名前、あおいダッタカ?」

「……うん」

 スミンに返事をすると、葵は複雑な思いで目を逸らした。すると船室からユーリーが出て来るのが見えたので、何とはなしに、その姿を目で追う。こちらへやって来たユーリーに、スミンがさっそくウィルの話を伝えた。葵がウィルの想い人なのだと聞くと、ユーリーは何故か納得したかのように頷いて見せる。その反応を見て、スミンが首を傾げた。

「何、頷イテル?」

「ウィルが何故ボクの所に来たのか解ったからです。全ては彼女のため、ですか」

 言葉の後半は独白のように零して、ユーリーは葵に視線を傾けてきた。ユーリーの発言を受けてウィルも含み笑いをしているが、事情をまったく知らされていない葵には何がどうなっているのか分からない。そしてそれは、葵より遥かに情報を得ていると思われるスミンも同じだった。

「ドウイウ意味カ」

「目的の場所に着いたので、その説明は後にしましょう」

 そこで雑談を切り上げると、ユーリーは異次元から魔法書を取り出して呪文を唱え始めた。呪文の詠唱が終わると魔法書から光り輝く魔法陣が飛び出してきて、甲板に落下する。魔法陣を出したということは転移でもするのかと葵は考えたのだが、ユーリーは魔法陣の上には乗らずに再び呪文の詠唱を始めた。

 二度目の呪文が終わると、ユーリーは魔法書を閉ざして胸に抱いた。何の魔法だったのかと訝った葵は周囲を見回してみたが、特別変わった様子はない。そうこうしているうちに今度はウィルが呪文を唱え、その場にいた四人の体がふわりと宙に浮いた。

「行くよ」

 風を操っているウィルはそう言い置くと、そのまま宙に浮いている自分達を海に投じた。しかし葵達の周囲には膜のようなものがあって、海中に沈んでも息が出来るし、体が濡れることもなかった。ユーリーが使った二度目の魔法は、この膜を発生させたものだったのだろう。

「うわぁ……」

 生まれ育った世界で海水浴に行ったことはあるものの外洋に潜るのは初めての経験で、葵は一人で嘆息を零した。まだ海面が近いので、透きとおった海がどこまでも続いているのが見て取れる。色彩豊かな魚もたくさん泳いでいて、葵は夢見心地になった。

「オリヴァーの実家もキレイだったけど、海だとまた違った感じだね」

「本邸に行ったの?」

「うん。大空の庭シエル・ガーデンにユアンが突然来た時に、皆で行ってきた」

 そういえばあの時、ウィルとキリルはいなかった。葵がそんなことを思い返していると、ユーリーとスミンが突然目を剥いた。二人の反応に葵は首を傾げたが、ウィルは得心している様子で口を開く。

「ユアン=S=フロックハートだよ。アオイとユアン様は仲良しなんだ」

 ウィルから説明を聞くと、ユーリーとスミンはさらに愕然とした表情になってしまった。しばらくすると驚きを収めた彼らからユアンに関する質問をされたので、葵は答えられるものだけ答えていく。そうしている間にも四人はどんどん海の底に向かって降下していった。






BACK NEXT 目次へ


Copyright(c) 2014 sadaka all rights reserved. inserted by FC2 system