heart break party

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 冬月とうげつ期最後の月である、秘色ひそくの月の三十日。寝室で鏡台に向かって座っていた宮島葵はふと窓の方に違和感を覚えて、そちらに顔を傾けた。刹那、同居人で友人でもあるクレア=ブルームフィールドに頭を掴まれて、再び鏡の方を向かせられる。動くなと怒られてしまったのは、クレアに髪の毛をセットしてもらっているからだった。

 この世界では毎月三十日は休日だが、冬が終わりを迎える今夜はトリニスタン魔法学園で夏を迎えるための儀式が執り行われる。葵とクレアはさらにその後、ユアン=S=フロックハートが主催するパーティーに出席することになっているのだ。儀式が終わってから支度を始めたのでは時間がかかってしまうため、葵とクレアは予めドレスアップをしてから学園に行くことにしていた。そのため二人ともすでにパーティードレスに着替えていて、あとは葵の頭が完成すれば準備は万端というわけだ。

「何が気になったんや?」

 クレアが作業を続けながら尋ねてきたので、葵は一瞬だけ見えた窓の外の異変を話すことにした。

「暗くなったから、月が隠れちゃったのかと思って」

「あ、ホンマや。雪が降っとるで」

 クレアが手を休めたので、葵も改めて窓の方を振り向いた。冬の時期にしては珍しく青白い月明かりが注ぐ夜だったのが一転して、窓の外が白く染まっている。しかしこの世界で雪が降ることは葵がいた世界で感じるほど大変なことではなく、クレアはすぐに葵の頭もろとも鏡に向き直った。

「今日で冬も終わりなんやから、雪が降っとる方が風情があってエエやないか」

 それもそうかと思った葵が口をつぐむと、クレアはそのまま話題を変えた。

「それで、結局のとこはどうなったんや?」

 月が雲に隠れてしまう前まで、葵とクレアは送還魔法についての話をしていた。葵はもう生まれ育った世界に帰ることが可能なのだが、今帰ってしまうと、おそらくは未来の世界に帰ることになってしまうのだ。それを何とかするために、葵はユアンと共に精霊王に会いに行った。だが季節の変わり目は精霊にとっても忙しい時期らしく、精霊王とはまともに話をすることが出来なかった。こちらの事情を伝えただけで終わってしまったことを教えると、鏡に映っているクレアは手元に意識を注いだまま口を開く。

「時期が悪かったんやなぁ。明日あたり、もう一回行くんか?」

「うん、そのつもり」

「せやったら今夜は、嫌なことは忘れて楽しもうや」

 葵の肩をポンと叩くと、クレアは鏡の中から姿を消した。どうやら出来上がったようなので、葵は等身大の鏡の前に移動する。フェミニンな淡いピンクのシフォンドレスも、ナチュラルブラウンの髪色も、マッドという青年に作ってもらったウィッグでアレンジした髪型も、それに合わせたメイクも、全てが可愛くて気に入った。クレアのテクニックが半端ではないと思った葵は笑みを浮かべて彼女を振り返った。

「私じゃないみたい」

「髪が長くなると印象変わるもんやなぁ」

 クレアはロングヘアの頃の葵を知らないので、独白のような科白を口にする。魔法はかかっていないのに、ウイッグがマジックアイテムのようだ。クレアが続けてそう言ったので、葵も賛同した。

「ほな、そろそろ行くで」

「うん」

 ドレスの上にマントを羽織って、葵とクレアは出掛けることにした。まずはトリニスタン魔法学園で儀式の見物である。この儀式はグラウンドで行われるので、そこにはすでに生徒の人だかりが出来ていた。葵達の他はトリニスタン魔法学園の制服である白いローブを着ているため、グラウンドの周囲は上空から見ると白い輪のような状態になっている。その輪の中に儀式用の魔法陣が描かれているのだが、人混みに身を投じる気のなかった葵とクレアは校舎へと向かった。

 人気のないエントランスホールを抜けた後、葵とクレアは一階の北辺にある保健室を訪れることにした。儀式が終わったらアルヴァ=アロースミスと共にパーティー会場へ赴くことになっていたので、学園に来たことを知らせておこうと考えたからだ。グラウンドでは間もなく儀式が始まるようだったがアルヴァは保健室内にいて、葵とクレアをいつも通りの調子で迎えた。

「来たね」

「まだ平服やな。儀式が終わってから着替えるんか?」

 クレアの疑問にそうだと答えた後、アルヴァは葵に視線を傾けてきた。直後、彼は怪訝そうに眉をひそめる。その反応は何だと思った葵も眉根を寄せた。

「何?」

「いや……なんと言うか……」

 葵もクレアも気合いの入ったメイクと髪形が服装と合っていない。アルヴァが苦笑いを浮かべながらそんなことを言うので、葵とクレアは顔を見合わせた。

「そら、仕方ないわな」

「このマント、脱げばいいんじゃない?」

「もうじき夏になるんやし、脱いでまうか」

 気の早いことを言うと、クレアはすっぽりと体を覆っていたマントを脱ぎ捨てた。マントの下は露出度の高いドレス姿で、それを見たアルヴァは目を瞬かせる。

「もう着替えも済ませていたのか」

「女は支度に時間がかかるもんなんや」

「そうだね、賢明な判断かもしれない。ミヤジマも?」

「うん」

 クレアのように脱ぎ捨ててしまうのは寒そうだったので、葵はマントを開いてドレスを見せた。少し間があった後、アルヴァは言葉を次ぐ。

「もう、閉じていいから。ところで、その髪は?」

「前に話した、ウイッグ。マッドが作ってくれて、クレアがいい感じにセットしてくれたんだ」

「へぇ。ちょっと見てもいい?」

「いいよ」

 葵の返事を受けて席を立ったアルヴァは、葵の傍で立ち止まると髪の毛に手を伸ばしてきた。胸元に一部分だけ垂れている長い毛を取って、アルヴァは感触を確かめるように指を這わせている。葵も大人しくアルヴァの動作を眺めていると、横から咳払いが聞こえてきた。

「おたくら、そのままキスでもしそうな雰囲気やな」

 それまでまったく気にしていなかったが、今の状況を傍から見ると、確かに恋人同士のように見えるかもしれない。そう思った葵が苦笑すると、アルヴァは何も言わずに離れて行った。窓際のデスクに戻ったアルヴァは再び腰を下ろし、クレアにもマントを羽織るよう促している。若い娘が体を冷やすなと説教しているアルヴァを見て、葵は笑ってしまった。

「アル、お父さんみたいだよ」

「口うるさいわぁ。実のおとんかてそないなこと言わないで」

「……僕はこんなに大きな娘がいるような歳じゃないんだけど」

 愚痴のような独白を零してアルヴァが嘆息するので、葵はまた笑ってしまった。クレアは呆れ顔をしていたが、アルヴァは気にせずに表情を改める。

「それより二人とも、儀式は見学しないのか?」

「もう始まるんか?」

「そろそろだと思うよ。僕はここにいるから、見たいなら校舎の上階に行くといい」

 アルヴァが口を閉ざすとクレアが顔を傾けてきたので、元より見物するつもりでいた葵は彼女と共に保健室を後にした。グラウンドの様子がよく見えるのは校舎の南側で、五階まで上がった葵とクレアは廊下の窓に寄る。高みから見下ろしてみると、グラウンドではすでに傘の花が咲いていた。

「うわぁ、久しぶりの光景」

 一年前にもこの場所から同じ光景を見ていた葵は感慨のようなものを抱きながら独白を零した。この世界では自然に雨が降らないので、傘が必要とされるのはこの時くらいだ。

「クレアは初めてだっけ?」

迎夏げいかの儀式を見るんはな。せやけど、夏を迎えたらどうなるんかは知ってるで」

 だから傘を差しているのだろうと、クレアがグラウンドの方を指差す。葵が頷いているうちに儀式が始まったようで、グラウンドに描かれている魔法陣が光を放ち始めた。降り積もっていたはずの雪が次第に消えていき、それらが完全に消失したところで天から轟音が降り注ぐ。一瞬の豪雨が止むと雲も晴れていて、虚空には黄色い二月が浮かんでいた。

「夏やなぁ」

 窓を開けたクレアが羽織っていたマントを脱ぎ捨てたので、葵も同様にした。開け放たれた窓からは湿った土のにおいと、むっとするような夜の空気が流れ込んで来る。季節の変化が性急なのは、相変わらずだ。

「マジスター達にこの後どないするのか訊いてくるわ。アオイは先にアルの所に行っててや」

「え? ちょっと、クレア!」

 自身が羽織っていたマントを葵に手渡すと、クレアは引き止める間もなく窓から飛び出して行った。情熱的な赤いドレスを纏っているクレアが夜空に舞ったのを見て、葵は苦笑いを浮かべる。儀式は終了したとはいえ、まだグラウンドの周囲には生徒達が集まっているのだ。その只中にあの恰好で降り立てば、そうとう目立つだろう。

(ま、いっか)

 クレアは葵と違って人目を気にするような性格ではない。マジスターのことはクレアに任せておこうと結論づけた葵は踵を返し、保健室に戻ることにした。






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