heart break party

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 ユアンが主催した親睦会は『盛大に』という彼の言葉通り、豪華絢爛なものだった。会場は王城の大広間で、そこに集った者達は思い思いに会話やダンスを楽しんでいる。そこまでは通常の夜会と同じだが、このパーティーが夜会と最も違う点は、数多くのヴィジトゥールや、その子孫達が招待されているということだった。

 少し前までは、貴族とヴィジトゥールは追う者と追われる者の関係にあった。決して友好的とは言い難かった両者の関係を劇的に変えたのは、葵とユアンである。そうした話はすでにヴィジトゥール達の間で広まっているらしく、葵はどこへ行っても引っ張り凧だった。どうやら知り合いも多いようだったので、彼女を自由に楽しませてあげようという趣意から、クレアとアルヴァは二人で壁の花となっていた。

「ユアン様の姿が見えんなぁ」

「思った以上に貴族が来ているから、今日は裏方に徹するんじゃないかな」

「それで、レイチェル様もおらんのかいな」

「レイチェルはいるだけで目立つからね。一緒にいたら自分がユアン=S=フロックハートだと名乗っているようなものだよ」

 そこでユアンとレイチェルの話を打ち切ったアルヴァは、気になっていたことをクレアに尋ねてみることにした。

「さっき保健室で、ミヤジマに何を言おうとしていたんだ?」

「気になるんか?」

「キリル=エクランドが血相を変えて保健室に飛び込んで来た。そのことと無関係だとは思えなくてね」

「それはアルと二人きりでいさせるんが心配やったからやろ」

「心が狭いな」

「自分は心が広いとでも思ってるんか?」

 アルヴァは一般論を口にしただけのつもりだったのだが、クレアからは棘のある科白が返ってきた。彼女からは最近、こうして嫌味を言われることが多い。それが何故なのか薄々気がついていたので、アルヴァは事を荒立てないために閉口しておいた。クレアは視線を傾けてきたが、反論しようとしないアルヴァを見て深々とため息を吐く。

「まあ、エエわ。アオイに聞こうと思っとったんはウィルのことや」

「ウィル=ヴィンス? 彼が何かしたのか?」

「アオイにキス、したらしいで」

 その現場をキリルに目撃されて、彼らの関係が険悪になっている。クレアからそう聞かされたアルヴァは驚きと腑に落ちる感じを同時に抱いて、どう反応を示せばいいのか分からなかった。しかしそれが、クレアには淡白に映ったらしい。

「驚かないんやな?」

「いや、驚いてるよ」

「涼しい顔してよく言うわ。うち、アルのそういうとこは嫌いや」

 アルヴァは本当に驚いていたのだが、クレアには誤解されたままばっさりと切り捨てられてしまった。良くも悪くもストレートなのがクレア=ブルームフィールドという少女であり、弁明する気のなかったアルヴァは苦笑いを浮かべる。着替えのため自宅に戻っていたマジスター達がちょうどやって来たので、アルヴァとクレアは若干剣呑なやりとりを切り上げることにした。

「あの女はどこだ」

「キリル、ちゃうやろ?」

「……アオイ、はどこだ?」

「そのへんにおるで。知り合いがぎょうさん来とるみたいでな、モテモテや」

「男か!?」

「みっともないから落ち着かんかい」

 間近でそんなやりとりをしているキリルとクレアを、アルヴァは不思議な思いで目の当たりにしていた。いつの間にか、ずいぶんと仲が良くなったものだ。

(やはり、そういうことなのか?)

 憶測が正しいのかどうか確かめたいと思ったアルヴァは、口を挟まずにいるオリヴァーとハルの様子を盗み見た。無表情のままでいるハルからは何も感じ取れなかったが、キリルとクレアを眺めているオリヴァーの視線からは何か感じるものがある。やはりそういうことだったのかと、アルヴァはオリヴァーの態度を見て密かに納得していた。






 パーティー会場には着飾った貴族達と、多くのヴィジトゥールがいた。二世や三世を含め、人間とは異なった容姿をしている者達は誰もが好意的で、葵は引っ張り凧になるという、未だかつてしたことのない経験をしていた。そんな中で最も嬉しかったのは、ハント場で出会った者達と再会したことだった。喜びを分かち合える者とは、自然と会話も弾む。楽しい一時を過ごしていると、また別の知り合いとも再会した。

「やっほー。久しぶり」

「あっ! 磨壬弧まみこ!」

 狐の耳と尻尾を生やしている磨壬弧は異世界からやって来た者だが、王家と契約を交わして同類を狩るようなことをしていた。そして葵も、磨壬弧に狩られた者の一人なのだ。彼女にやむを得ない事情があったことは分かっていても騙されたという思いは未だ胸の中にあって、葵は口唇を尖らせる。

「やっほーじゃないよ」

「あはは。やっぱ、そう簡単には忘れてくれないかぁ」

「当たり前でしょ!」

「別に許してくれなくていいけれど、感謝の気持ちだけ伝えておこうと思って。まさか本当に世界を変えてしまうなんてね。あなた、すごいわ」

 おかげで、本当の自由を手に入れることが出来た。その礼だけ言いたかったのだと告げて、磨壬弧は笑顔で去って行った。本当にそれだけを言いに来たのかと、葵は呆れながら彼女の背中を見送る。

(自由な人……)

 自由に生きられなければ死んでしまう種族なのだと知ってはいたが、葵は改めてそんなことを思った。

 ヴィジトゥールでありながらハンターでもあった磨壬弧は有名な存在らしく、それまで話をしていた者達もみんな彼女のことを知っていた。そのため磨壬弧が去ってからしばらくは彼女の話題が続いていたのだが、そのうちに音楽が流れ出したので会話が途切れる。ふと視線を移すと、眼鏡をかけた人間の紳士と目が合った。

「一曲、お相手願えませんか?」

 たまたま目が合ったからなのか、その紳士はダンスに誘ってきた。踊れない葵は断ろうとしたのだが、紳士は返事を聞く前に葵の手をすくい上げる。そのまま踊っている人達の中にエスコートされてしまったので、葵は仕方なく付き合うことにした。

「遅くなってすまなかったね」

 踊り始めると紳士が妙なことを言い出したので、意味が分からなかった葵は眉をひそめた。

「何の話ですか?」

「私が誰なのか、分からない?」

 どこかで会ったことのある人なのだろうかと、葵は紳士の顔をじっと見つめた。しかし彼の顔には、やはり見覚えがない。だがその口調には、聞き覚えがあるような気がした。

(誰だっけ?)

 完全に初対面というわけでもなさそうだったので、葵は思い出そうと必死で頭を働かせた。そうしているうちに正体が分かったのは、思い出せたからではなく紳士が答えをくれたからだ。ただし彼の口唇は、笑みを形作ったまま動いていない。

「せ……」

「声には出さないで。触れていれば、思うだけで伝わるから」

 紡ぎかけた言葉は制されてしまったが、葵はすぐに納得して閉口した。周りに合わせてステップまがいの動きをしながら、葵は紳士の目を見て胸中で言葉を紡ぐ。

(精霊王、だったんだ)

 以前に会った時の彼は、ユアンくらいの子供の姿をしていた。しかし今は葵よりも背が高く、顔つきも体もまったくの別人だ。ぜんぜん分からなかったと葵が苦笑すると、精霊王はにこやかな笑みを残したまま話に応じてきた。

『この間の話なのだけれど、時の精霊に頼めば、なんとかなるかもしれない』

 その精霊の名を聞いた時、葵はなんとなく不思議な思いにとらわれた。そう感じた要因は、頭に時計をイメージしてしまったからかもしれない。夜空に二月が浮かぶこの世界には、葵が生まれ育った世界で目にしていたような時計が存在しないのだ。だが目に見える計りがないだけで、この世界でも時は流れ続けている。

『それが、君の世界での時の概念なのだね』

 手を触れているので思考が伝わったらしく、精霊王が興味深げな調子で独白を零した。ハッとして、葵は精霊王に視線を戻す。

(時の精霊ってどこにいるの?)

『君たちの身近に。多くの精霊がそうであるように、君たちの目には映らないけれど、確かにそこに存在しているんだ』

 葵は直接紹介してもらいたいと思ったが、精霊王は小さく首を振った。彼に様々な制約があることは葵も承知していたので、そこですぐに引き下がる。本当はこうして情報を得ていることさえ、いけないことかもしれないのだ。それなのに精霊王は、何かあるたびに最大限の厚意を示してくれる。改めてありがたいと思った葵は精霊王の目を見て笑みを浮かべた。

(ありがとう。頑張って、探してみるね)

『うまくいくよう、願っているよ』

 優しく微笑み返すと、精霊王は手を離した。ちょうど音楽が途切れたので、周囲で踊っていた人達も動きを止める。次に踊る人達との入れ替わりで壁際に戻ると、気がついた時にはもう、精霊王の姿は消えていた。






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