heart break party

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 パーティー会場を走り回って捜し当てた時、ハルは人気のないバルコニーで月を仰いでいた。空気はもうすっかり夏のものと入れ替わっていて、雲一つない夜空には黄色い二月が浮かんでいる。この空気と月明かりの色味は創立祭の時と同じもので、葵の脳裏に偶然盗み見てしまった光景を蘇らせた。去年のちょうど今頃、ハルはこの月明かりの下でステラに想いを告げたのだ。あれから一年、今は一人寂しく月に照らされている。ハルがステラを追いかけてトリニスタン魔法学園の本校に行った時には想像も出来なかった光景が、葵の胸を軋ませた。

「ハル……」

「……あんたか」

 振り向いたハルは無表情のままで、視線もすぐに逸らしてしまった。しかし拒まれはしなかったので、葵は隣に並ぶ。どうやって話を切り出そうかと考えていると、ハルの方が先に言葉を次いだ。

「また怒りに来たの?」

「……何でそう思うの?」

「こういう時は何故か、あんたに怒られる」

「分かってるなら怒らせないでよ」

 ハルから反応が返ってこなかったので、そこで会話が途切れた。キリルを振り払ってきた時の勢いはすでに失われてしまっていたが、あまり時間もなかったため、葵は一つ息をついてから改めて口火を切る。

「ハル、ステラとちゃんと話してないでしょ?」

 ハルは無言のままでいたが、それが肯定であることはほぼ確実だ。お互いが納得して別れてきたのならハルがステラを無視することもないし、ステラが苦しげな笑みを見せることもなかったはずである。彼らには話し合いが必要で、それは今をおいて他にはない。ステラが通っている本校は部外者の立入を禁止していて、生徒が気軽に外出することも出来ない環境にあるからだ。

「ステラと話、してきなよ」

「話してもどうにもならない」

 ハルは口を開いたが、その反応は素っ気ないものだった。ステラの気持ちがどうあれハルの方が身を引く意思を固めてしまっているので、確かに話をしても修復は難しいのかもしれない。だがそれでは、ステラがあまりにも可哀想だ。二人には幸せになって欲しいと本気で願っていたからこそ、葵にはステラを切り捨てて考えることなど出来なかった。

「ステラのこと解ってあげられる人なんて、他にいないよ」

 ハルはかつて、彼女のことを理解してあげられる者が本校にはたくさんいるのだと言っていた。しかしそれは、全てが正しいわけではない。確かに本校には、ステラの志の理解者はいるかもしれない。だが彼女の気持ちを汲んであげられるのはステラが愛している者だけなのだ。そしてそれが可能なのは、ハルしかいない。

「ステラはまだハルのこと好きだよ。こんなに想われてるのに、自分が相応しくないなんて思わないで。お互いを高めあえるような相手じゃないと似合わないって言ってたけど、それはハルの意見でしょ? ステラが違う気持ちでいるのに、勝手に終わりにするなんて酷すぎるよ」

 ハルを責めるつもりなどなかった。だが結果的に責める言葉を吐いた後、葵は後悔を感じなかった。愛し合っているのなら、それだけでいいではないか。そう強く思ったので、葵は俯きながら言葉を重ねる。

「お願い、ステラの所に行ってあげて」

 顔を伏せているので、ハルがどんな顔をしているかは分からない。反応も返ってこなかったが沈黙の後、ハルはその場を立ち去って行く。隣から人の気配が失せると、葵は手摺りを掴んでいる手に力をこめた。

「バカだな」

 泣かないように必死で歯を食いしばっていると、背後から声が聞こえてきた。それが聞き慣れた人物のものだったので、葵は深呼吸をしてから振り返る。

「聞いてたの?」

「聞こえたんだよ。あれじゃ、ヨリを戻せって言ってるようなものじゃないか」

 呆れた顔を見せながら傍に来たのはアルヴァだった。全て聞かれていたのだと知って、葵は苦笑いを浮かべる。

「そうだよ。そう、言ったんだもん」

「どうしてハル=ヒューイットには自分の意に反することしか言えないんだ?」

「どうしてだろうね?」

 本当はその理由も分かっていたが、それを認めてしまうと泣き出してしまいそうだった。葵は笑ってごまかしたが、そもそもアルヴァは、葵の本心をすでに知っている。真顔で見つめられてしまえば取り繕うことも難しく、葵はすぐに笑みを消した。

「ミヤジマ」

「……うん?」

「おいで」

 アルヴァが両手を広げるのを見て、葵は予想外の行動に驚いた。しかし驚きを感じたのは一瞬のことで、瞬きをした弾みに涙が頬を伝う。一度零れてしまった涙はもうなかったことにはならず、葵はアルヴァの胸に飛び込んだ。

「あ、アル……ぅ……」

「まったく、本当にバカだよ」

 厳しいことを言いながらもアルヴァが優しく背を撫でてくれるので、それが余計に涙を誘う。アルヴァにバカと言われたくないと葵が反論したのは、彼の胸の中でひとしきり泣いた後のことだった。






 バルコニーで月明かりに照らされていた二つの人影が一つに重なったのを、クレアはキリルやオリヴァーと共にバルコニーの入口付近から目撃していた。葵がアルヴァに縋った刹那、クレアとオリヴァーは一様にキリルを振り返る。キリルは表情こそ変えることはなかったが、その心中が穏やかでないことは魔力の変化によって伝わってきた。

「キ……」

 オリヴァーが声をかけようとした刹那、キリルは転移の呪文を唱えてその場から姿を消した。クレアが目を向けると、オリヴァーは心得ているというように頷いて、異次元から魔法書を取り出す。魔法書のページをめくると、オリヴァーはクレアを連れて転移をした。

 王城からキリルが転移した先は、アステルダム公国にあるエクランド公爵家の別邸だった。ここは普段からキリルが寝所として使っている屋敷で、オリヴァーの姿を見るなり使用人達が寄って来る。彼らは一様に怯えた表情をしていて、中でキリルが暴れているのだと訴えかけてきた。オリヴァーが使用人達を落ち着かせているうちに火の手が上がって、豪奢な屋敷は瞬く間に燃え尽きてしまう。その炎を、クレアとオリヴァーはしばし無言で見つめていた。

「……派手にやったな」

 すっかり瓦礫と化した屋敷を目前にしていても、オリヴァーはため息をつくだけで驚いてはいない。以前はよくこうしたことがあったようで、屋敷内の物には全て復元魔法がかけられているのだそうだ。そんな説明を加えながらオリヴァーが屋敷の中に歩を進めて行ったので、クレアも後に従った。

 燃え尽きた後の屋敷に入ると、キリルが瓦礫に囲まれた場所で座り込んでいた。彼は両腕を膝の上に乗せて項垂れているので、表情は見えない。だが体から立ち上る魔力がキリルの周囲でゆらゆらと揺れていて、その心中はまだ不安定に思えた。こういった事態に慣れているオリヴァーに確認を取ってから、クレアはキリルの傍に寄る。しかし肩にそっと手を置くと、力いっぱい振り払われてしまった。

 オリヴァーが心配そうに目を向けてきたので、クレアはアイコンタクトで『大丈夫』だと伝えた。拒絶されることは百も承知で、それでもクレアはキリルの傍にしゃがみこむ。さすがに今夜の出来事は堪えたようで、キリルは泣いていた。

「何で、オレじゃねぇんだよ……!」

 悔しさで憤ったキリルの声は低く、悲痛に聞こえてきた。彼は異世界に行っても構わないというほどに葵のことが好きなのだが、その気持ちは受け入れられていない。葵はおそらくハルのことが好きで、いざという時に頼りにするのはアルヴァなのだ。彼女の気持ちに入り込む余地がない。そのことを今夜、キリルは痛感してしまったのだろう。傷ついて、落ち込んでしまうのは無理もなかったが、クレアはあえて辛辣な言葉をキリルに投げかけた。

「アオイは無理やって、ようやく気付いたんか?」

「っ……うるせぇ!!」

 安い挑発でも煽られてしまうキリルは瞬間的に怒りを爆発させて、クレアに殴りかかってきた。そこには女相手だからといって容赦など一切なかったのだが、キリルの行動を予測していたクレアは軽々と身を躱す。キリルはその後も拳を振り上げ続けたが、完全に我を忘れてしまっている攻撃はクレアには当たらない。空振りの隙をついて懐に潜り込むとクレアはキリルを押し倒して、その上に馬乗りになった。

「目ぇ覚ましぃや!! 好きなら好きでしゃーないやんか!」

 クレアが胸倉を掴み上げて怒鳴り散らしたので、キリルは呆気に取られたようだった。しばらくすると言葉の意味が沁みてきたのか、キリルは顔を歪める。大人しくなったので助け起こすと、キリルは膝を抱いて丸まってしまった。荒々しく昂った気持ちを嘆息で切り替えると、クレアはキリルの脇に座り込んでがっちりと肩を抱く。

「キツかったなぁ。今は好きなだけ泣いたらエエ」

 クレアの慰めに対してキリルは何か反論したようだったが、その声は小さすぎて内容までは聞き取れなかった。キリルが何か言うたびにクレアが淡白に聞き流すので、しまいには「ムカツク!」と叫ばれてしまう。しかしそれでも気にせずに、クレアはキリルが顔を上げるまで肩を叩いて励まし続けた。






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