好き、純情

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 夏月かげつ期最初の月である、岩黄いわぎの月の二十日。東の大陸を治めているスレイバル王国では十日ごとに休日が設置されているため、この日は世間的に休みである。王立の名門校であるトリニスタン魔法学園も例に洩れず休日なのだが、葵は友人達と連れ立って、とある分校を訪れていた。

「意外に簡単に見つかったな」

 手にしている小さな物体を差し出しながら話しかけてきたのは、長い茶髪を無造作に束ねている少年。がっちりした体躯をしている彼は、名をオリヴァー=バベッジという。彼の傍には同居人であるクレアと、葵の恋人であるハルもいる。今日はこの四人で、時の欠片を探しにトリニスタン魔法学園の分校を訪れたのだった。

 オリヴァーから受け取ったものを、葵は手にしていた時計の文字盤にはめ込んだ。これで欠けている数字は、あと四つ。それが揃えばこの時計は、時の精霊を呼び出すための魔法道具マジック・アイテムとなる。その完成を目指している葵は、しかし何の感慨もなく、両手に収まっている時計に目を落としていた。

「無駄な苦労はせん方がええ。簡単に見つかって良かったやないか」

「まあ、そうなんだけどさ。今まで精霊が出てきたりしてたから、ちょっと拍子抜けなんだよな」

 上の空である葵をよそに、クレアとオリヴァーが平素の調子で会話をしている。その後彼らは、これからどうするかという話を始めた。

「まだ日も高いし、もう一校くらい行くか?」

 どの分校も探索の許可は得ているのだろうと問いかけられて、無心で時計を見つめていた葵は我に返った。

「うん。レイが、全部話つけてくれたから」

 授業中であろうと休日であろうと好きに校内を探索していいという許可は、どの分校からも得ている。オリヴァーやクレアが乗り気で協力してくれるのは非常にありがたいのだが、気分が優れなかった葵は返答に迷った。結局はオリヴァーの申し出を断って、ハルと共にアステルダム分校へと移動する。校門付近に描かれた転移用の魔法陣でハルとも別れると、葵は一人で『時計塔』を訪れた。この場所へ来た目的は、異世界にいる友人との約束を果たすためだ。しかし昨日電話をかけたばかりということもあり、弥也との会話も事務的な報告のみですぐに終わってしまった。

(これからどうしよう)

 オリヴァーからの申し出を断る口実として口にした『用事』は、すでに済んでしまった。後回しにしてもいいような用件で提案を蹴ったのだから、クレアがいるであろう屋敷に、まだ帰るわけにもいかない。そう思った葵は久しぶりに、アステルダム分校の近くにあるパンテノンという街を訪れた。特に目的もなかったため、休日で賑わっている街をぶらぶらと歩く。そのうちに、予期せぬ人物と遭遇した。

「ウィル、」

 葵が声をかけた細身の少年は、名をウィル=ヴィンスという。アステルダム分校のマジスターである彼がこの街にいるのは、それほど不自然なことではない。しかしこの雑踏の中、約束をしていたわけでもないのに知り合いと出会えたことは、驚くべき偶然だった。

「すごい、偶然。本屋?」

 普段は手ぶらのウィルが分厚い本を手にしていたので、葵はそう尋ねてみた。頷いて、ウィルも口を開く。

「そっちは何してるの?」

「えっと、ちょっと用事があって……」

 ウィルはオリヴァーやハルと友達なので、後々話が合わなくなるのはまずい。そう思った葵が目を泳がせながら答えると、ウィルは周囲に目を配った。

「一人?」

「うん。さっきまではハルやオリヴァーと一緒だったんだけどね」

 トリニスタン魔法学園の分校で時の欠片を探して来たことを教えると、ウィルは「ふうん」と相槌を打った。彼も誘うべきだったかと一瞬考えたが、それはそれで妙な話でもある。何を言おうかと葵が迷っているうちに、ウィルが言葉を次いだ。

「用事が済んでるようだったらお茶でもしてかない?」

 葵が危惧したことを、ウィルはまったく気にしていないようだった。ホッとした葵は頷いて、ウィルと共にフォースアベニューへと移動する。店内の奥まった場所にあるVIP用の席で、葵とウィルは向かい合って腰を落ち着けた。

魔法道具マジック・アイテムの欠片はどのくらい集まったの?」

「あ、見る?」

 ちょうど持ち歩いていたので、葵は未完成の『時計』をテーブルの上に置いた。このところ行動を共にしていなかったウィルは、完成形が見えてきた物を興味深そうに眺めている。

「この、数字の欠けている所が埋まれば完成?」

「うん。それ、私のいた世界では時計って言うんだよ」

「どういうこと?」

 葵が生まれ育ったのは魔法の存在しない世界である。それなのに何故、魔法道具だけが存在しているのか。眉根を寄せたウィルがそう尋ねて来たので、葵も不思議に感じていることを明かした。

「まったく違う世界のはずなのに、ちょこちょこ似てる部分があるんだよね」

 しかし葵の生まれ育った世界には魔法が存在しないため、時計もただの道具であり、この世界の魔法道具のように精霊を呼び出せたりはしない。だから姿形が似ているだけで、時計と魔法道具はまったくの別物なのだ。そうした説明を加えても、ウィルは眉根を寄せたままだった。

「時を計るって、どうやって?」

 時計という物が存在しない世界では、誰もが同じ疑問に行き当たる。いつだったか、アルヴァとも同じような話をしたなと思いながら、葵はテーブルの上のマジック・アイテムを指差した。

「この針が一秒ごとに動いて行くの。で、秒針が一周するとこっちの針が動いて一分になる。それで分針が一周すると、この一番短い針が動いて、一時間。そんな感じで時間が進んで行くんだよ」

「……もう一回、説明してくれる?」

 やはり一度の説明では理解出来なかったようで、葵は求められるままに説明を繰り返した。ウィルは賢い少年だが世界の壁を越えた経験はないため、異世界の概念に苦戦しているようだった。しかし幾度か説明をしているうちに、なんとなく自分なりの解を見つけたらしい。深いため息をついてから、ウィルは冷めてしまった紅茶を口に運んだ。

「緻密な世界だね」

「私からすると、こっちの世界が大雑把なんだけどね」

 生まれ育った世界では起床の時間から就寝まで、時に縛られた生活をしていた。それが当たり前だった葵にとって、時計のない暮らしは逆に不便で仕方がなかったのだ。だがそれも、すでに過去のこととなりつつある。正確な時間など分からなくても、なんとなく日々は送れてしまうのだ。

「曜日感覚とか、懐かしいなぁ」

 思わず独り言を零すと、ヨウビカンカクとは何だとウィルに問いかけられた。その説明をするには一週間の区切りと、一日一日に割り当てられた曜日というものを説明しなければならない。この話もまた、いつかアルヴァに聞かせたことのあるものだった。

「月、火、水、木、金、土、日、」

 葵が教えた曜日を、ウィルは何度も呟いた。あまりにも繰り返すので、不可解に思った葵は眉をひそめる。だが疑問を口にする前に、何かを考え込んでいたウィルが目を上げた。

「ねぇ、アオイ。どの分校がどういう場所に封印があったのか覚えてる?」

「え? えーっと……、全部は知らない。けど、何で?」

「アステルダム分校って一番新しい分校なんだよね。それで、セラルミド分校が一番古い。その次に古いのがウォータールーフ分校で、その次がリカルミトン分校。これ、偶然の一致だと思う?」

 ウィルに問いかけられて、葵はそれぞれの分校で時の欠片がどこに封印されていたのか記憶を探った。火の精霊が出て来て大変な目に遭ったセラルミド分校は焼却炉、変人が水時計を管理していたウォータールーフ分校は池の底、そしてウィルの話によれば、リカルミトン分校では樹木で構築された巨大な迷路の中にあったのだという。彼が言わんとしていることを察した葵は、次第に興奮しながら口を開いた。

「火、水、木は分かるけど、アステルダム分校の日って?」

「アステルダム分校ではどこにあったのか、思い返してみなよ」

大空の庭シエル・ガーデン?」

「魔法では、空は太陽に派生する。太陽って、日でしょ?」

「ああ、なるほど! だから胸像から出てきたりしたんだ」

「胸像?」

「うん、金の」

「……他の分校も知りたいね」

 盛り上がった話はその場だけに留まらず、葵はクレアに連絡を取って詳細を明らかにした。ウィルと二人でその情報を検討した結果、やはり彼の言う通り、設立順に曜日が合致しているようだ。一番初めに設立されたはずのセラルミド分校は火だが、月は本校なのだろうということで辻褄が合う。すごいと、葵は感嘆の息を漏らした。ウィルはまだ、途中から空中に描き出した分校の順番と曜日の対応図を眺めている。

「……そうか。そういうことだったんだ、」

 黙して対応図を睨んでいたウィルがふと、大きな独白を零した。これ以上何が出て来るのかと、葵は少し緊張しながら独白の真意問う。真顔に戻ったウィルは対応図から葵に視線を移し、答えを口にした。

「魔法の属性には火・水・木・金・土の五種類があって、木は風の、金は土の副要素に分類されているんだ。だけど、この定義に則って考えると、どうしても解けない配列の問題があってね」

「はいれつ?」

「あることを成すための手順。その順番が、これなんだよ」

 ウィルが空中に浮いている対応図を指差したので、葵もそちらに目を向けた。説明されてもよくは分からなかったが、どうやらウィルにとって、この発見は喜ばしいことであるようだった。






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