最後の夜

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 王城の大広間で異世界風の奇妙な結婚式が執り行われるのを、オリヴァーとウィルは会場の片隅で共に見ていた。その時はクレアも一緒だったのだが、王族が退席したあたりで父親のアンダーソン伯爵に掴まった彼女は、今はいない。現在は招待客がダンスや飲食を愉しんでいて、その中を葵やハルが挨拶に回っているようだ。そのうちに会えるだろうということで、オリヴァーとウィルは悠長に給仕からもらったグラスを傾けていた。

「来たんじゃない?」

 そのうちにウィルが、人が集まっている辺りを視線で示しながら言う。オリヴァーもすでに気付いていて、無言で頷いて見せた。

 オリヴァーとウィルがその場で待っていると、やがてハルが姿を現した。新郎である彼は花嫁を連れておらず、代わりにドレスアップした少女達を従えてこちらへ向かって来る。少女達はトリニスタン魔法学園の生徒で、ハルに祝福の言葉をかけているようだ。しかしハルは、何の反応も示してはいない。それは学園でよく見かける光景であり、服装や場所が違うだけで、やっていることは同じだった。

「キルは?」

 オリヴァーとウィルの傍へ来ると、ハルは開口一番に尋ねてきた。オリヴァーと顔を見合わせた後、ウィルが呆れ気味に口を開く。

「来ると思うの?」

「どうだろう?」

「何それ。っていうか、本来はハルの方から行くべきじゃない?」

 友情より恋愛を優先させたハルは、長年の友人であるキリルを裏切って傷つけたのだ。それなのに謝罪もなく結婚式への参列を求めるのは、あまりに身勝手ではないだろうか。ウィルにそう責められても、ハルは常の無表情を崩さなかった。そして彼は、行こうとして止められたのだと言う。

「止められたって、誰に?」

 ウィルとオリヴァーが同時に眉をひそめると、ハルはユアンだと答えた。実はフロンティエールから戻ってすぐ、ハルはキリルの元を訪れようとしていた。しかし行動を起こす前に、ユアンに制されてしまったのだという。

「俺に出来ることはもうないから、何もするなって」

 ハルとしては誠意を見せるつもりであっても、それをキリルがどう解釈するかは分からない。キリルは葵やハルに二度と会いたくないと思っているかもしれず、そうした場合、謝罪は逆効果でしかないのだ。だからハルは、何もしない方がいい。そうしてキリルの審判を待つべきだと、ユアンはハルを諭したらしい。

「なるほどな」

 オリヴァーはユアンの判断を、的確でありがたいと思った。直前の様子では、まだハルと顔を合わせられるような雰囲気ではなかったからだ。キリルが自らの意思で来たのならともかく、ハルから会いに来られるのは荷が重かったことだろう。それに……と、オリヴァーは言葉を続ける。

「まだ来ないって決まったわけじゃない。明日だってあるしな」

 結婚式には出席したくなくても、最後の見送りくらいは顔を出すかもしれない。そうした可能性を示したところで、オリヴァーはキリルの話題を終わらせた。

「まだ祝辞も述べてなかったな。結婚、おめでとう」

「どうも」

 結婚することには特に感慨もないのか、ハルは無感動な返事を寄越してきた。彼が諸手を挙げて喜ぶ姿は想像もつかないが、さすがにこれは淡泊すぎる。そう思ったオリヴァーは苦笑しながら、隣にいるウィルを振り向いた。

「ほら、ウィル」

「結婚式に参列したからには祝福しないわけにはいかないよね。まあ、頑張りなよ」

 ひねくれた言い方ではあったが、オリヴァーに促されたウィルは比較的素直に祝辞を述べた。間もなく永遠の別れだというのに、この二人は少しも変わらない。あまりにも普段通りだったため、オリヴァーも感傷的にならずに話を続けた。

「ところで、ハル。アオイはどうしたんだ?」

 この世界の結婚式では、夫婦揃って縁のある者達に挨拶回りをするのが一般的である。今回の結婚式では見たこともない異世界の要素が取り入れられていたが、それにしても、花嫁が一緒にいない理由はないだろう。オリヴァーはそう思っていたのだが、ハルはあっさりと置いて来たと言う。

「なんか、友達が多そうだから」

 これはただのパーティーではなく、葵とハルが縁のある者達に別れを告げるための場だ。しかし、だからと言って、ハルの言い分は葵に気を遣ったものではないだろう。他人に無関心なハルは、知らない者達に囲まれるのが面倒だっただけだ。彼のそうした性質を嫌というほど理解しているオリヴァーは、葵を哀れに思った。

「別にアオイの友達と仲良くしろとは言わないが、結婚式を挙げてすぐの花嫁を一人にするのはどうなんだ」

「そういうもん?」

「ハルってほんと、無粋な男だよね」

 ウィルが深々とため息をついたところで、三人は葵を探すことにした。ここにいる者達は互いの魔力によって人探しをすることが出来るが、異世界人である葵にそうした手段は通用しない。しかしこの時は特別で、ある『物』が発する魔力を頼りに、ハル・オリヴァー・ウィルは大広間を移動した。






 マッドやアッシュと別れた後、葵とクレアはステラの姿を求めて王城の大広間を歩き回った。ある一部の者達は親しい相手の魔力を確認することで容易に人探しが出来るのだが、異世界人である葵にはそうしたことが出来ない。辺境の出身であるクレアも得意ではないようで、結局は足頼みの人探しとなったのだ。しかも行く先々で声を掛けられるため、進む速度は遅々としている。ステラとは、もう会えないのではないだろうか。疲労してきた葵がそんな考えを抱き出した頃、どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「いたいた。カーティス、こっちだ」

 その声に反応して振り向いた葵は、こちらへやって来る赤髪の少年を発見した。彼はウィルの双子の兄弟、マシェル=ヴィンスである。そしてその隣には、ブロンドの美少女の姿もあった。探し回っていた友人、ステラ=カーティスだ。

「マシェル、ステラ!」

 それまでの苦労も吹き飛んで、葵は笑顔で知己を迎えた。ステラとマシェルも破顔して、再会を喜び合う。どうやら探していたのは向こうも同じなようで、こうして再会を果たせたことに、二人は安堵しているようだった。

「もう会えないかと思ったわ」

「ホントだぜ。魔力に頼れない人探しがこんなに難儀なもんだとはな」

 口々に苦労を語る彼らは、平素は魔力によって相手との距離を測っているのだろう。そのため魔力の見えない葵を探すことは、彼らにとっては宝探しのような感覚に近かったのかもしれない。そんなやりとりがあった後、マシェルが不意に葵の手を取った。突然のことに葵が驚いていると、マシェルは瞳を輝かせながらステラを振り返る。

「カーティス、見ろよ」

 そう言ってマシェルが示したのは、葵の左手で輝く指輪だった。ステラも興味深げに指輪を眺めていて、そのまま二人は話を続ける。

「あの魔力はこの指輪から発せられるものだったのね」

「国宝級だぜ。すげーな」

 ステラとマシェルが理解の及ばない話を続けていたので、葵は何をそんなに興奮しているのかと尋ねてみた。その解を聞いたところによると、どうやら二人はつい先程、このパーティー会場に到着したらしい。つまり結婚式は見ておらず、葵とハルがユアンとシャルロットに指輪を貰った件を知らないということだ。そして目印のない人探しに行き詰った彼らは、妙に強い力を発する場所をとりあえず覗いてみたということのようだった。

リュヌの祝福は受けるは、時の精霊は召喚するは、アオイってすげーな」

 指輪を手に入れた経緯を説明すると、マシェルがしみじみと独白を零した。その内容に違和感を覚えた葵は首を傾げながら問いかける。

「時の精霊のこと、何で知ってるの?」

 時の精霊が召喚されたこと自体は、すでにスレイバル王国から正式に発表されている。しかし葵の情報は、その発表に一切含まれていなかったはずだ。そのため葵は不思議に思ったのだが、その答えはマシェルからではなくステラから返ってきた。

「王家から発表があった後、学園長が本校の生徒に説明をしてくれたの。時の精霊を召喚する魔法道具マジック・アイテムは砕かれてしまったのですってね」

 ステラとマシェルは王立の名門校であるトリニスタン魔法学園の本校に通っている生徒である。本校の生徒は皆優秀で、精霊を召喚出来るマジック・アイテムが現存していれば、よからぬ考えを起こす者が生まれるかもしれない。だから遺物とも言えるマジック・アイテムが失われたのを機に、そうしたアイテムを作成しようとすることも、学園長は禁じたらしい。その説明の際に葵の名前は出なかったようなのだが、ステラとマシェルは葵が時の欠片を集めていたことを知っている。それで彼らは、独自に解答へと行き着いたようだった。マシェルが興味津々といった様子で話を聞きたがったが、それをステラが柔らかく制す。

「時の研究が禁呪となってしまったのは残念だけれど、それが世界の理を乱すものならば仕方がないわ。諦めましょう、マシェル」

 ステラの発言を聞いて、葵は学園長と同じことを言っていると思った。学園長も、本校の学生である彼らも、根は同じ探究の徒なのだ。


――世界の理を知りたいの


 ふと、以前にステラが言っていた言葉が蘇った。あれはまだ出会って間もない頃、そんなに勉強してどうするのかと尋ねた葵に彼女はそうした答えを聞かせたのだ。しっかりした芯を持っている彼女は、これからもその志のために生きていくのだろう。ステラがひどく輝いて見えるのは、出会った頃から変わらなかった。






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