誠意

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 アルヴァが頭を抱えている間に、ロバートが勝手にハーヴェイに説明を加えた。アルヴァがだいぶ前から葵のことを好きだったと知ると、ハーヴェイは苦々しい表情を向けてくる。

「それならそうと、早くに打ち明けてもらいたかった。今の私は複雑な立場に立たされている」

「実弟と親友、君ならばどちらの恋を応援する? ハーヴェイ」

「それはアルの話を聞いてから決めようと思う」

 そこでまた二人の視線がこちらを向いたので、アルヴァは本気で嫌な表情をつくった。

「応援なんてして欲しくもないけど、聞きたいことがあるのなら今のうちに訊いておくんだな」

 この話題で酒を酌み交わすのは、今夜が最初で最後。その代わり今ならば、包み隠さず話をしよう。アルヴァが自棄気味にそう宣言すると、ハーヴェイがさっそく問いかけてきた。

「私には馴染みが薄いのでよく分からないのだが、ミヤジマ=アオイという少女は君が本気になるほどの相手なのか?」

 学生時代からの付き合いであるハーヴェイやロバートは、アルヴァが表舞台で注目を集めていた頃のことを知っている。その当時、アロースミス姉弟と言えば飛ぶ鳥を落とす勢いがあり、姉弟共々に羨望の対象だったのだ。異性にもかなりの人気があって、彼らは庶民の出自であるにもかかわらず、貴族の子弟から恋心を抱かれていた。貴族の子弟が庶民に関心を抱くことなど稀で、このエピソードだけでもアロースミス姉弟がいかに優れていたかを表すことが出来る。そんな時代を知っているからこそ、ハーヴェイの目には葵が地味に映ってしまうのだろう。大意はなかったのだろうが、ハーヴェイの発言を不快に感じたアルヴァは表情を険しくした。

「彼女を貶めるような言い回しはやめてもらいたいな」

 ハーヴェイは初め、アルヴァが何を咎めているのか分からない様子だった。しかしロバートが笑いながら説明を加えたことで、すぐに自身の非を詫びる。それから改めて、ハーヴェイは驚いた様子を見せた。

「本当に、本気なのだな」

「……ミヤジマが僕に何をしてくれたのかを知ったら、君達も絶対に彼女を見る目が変わるよ」

 アルヴァが世界から消されてしまったことや、その存在を蘇らせるために葵が危険を冒したことを話して聞かせると、それまで悠長にグラスを傾けていたロバートまでもが驚きに目を見開いた。そこには世界からの消失自体に対する驚愕も含まれていたが、アルヴァはそのことには触れずに話を続ける。

「彼女は一度、自分が生まれ育った世界に帰ることが出来たんだ。だけど僕をそのままにしておくわけにはいかないからと、また僕達の世界に帰って来てくれた。そんなことを出来る人間が他にいるか?」

 異世界からの来訪者であることは関係なく、葵は魅力的な女性である。そう話を締め括ったアルヴァが口を閉ざしても、ハーヴェイとロバートは無言のままでいた。冷やかしも返ってこないところをみると、それぞれに思うところがあるのだろう。

「アル、ミヤジマ=アオイは君のことを愛しているのではないか?」

 しばらくの沈黙の後、改めて口火を切ったハーヴェイは真顔のままだった。そうだったらどんなにいいかと胸中で呟きながら、アルヴァは皮肉に笑う。

「人間愛という意味でなら、愛されていると思ってもいいんだろうね」

「だが……特別でもない人間のために、そこまでのことが出来るものなのか?」

 信じ難いと、ハーヴェイは眉根を寄せている。アルヴァもニヒルな笑みを収め、短く嘆息してから言葉を次いだ。

「特別のカタチにも色々ある。彼女にとって僕は確かに特別な存在なのかもしれないけど、それは僕の抱く『特別』とは違うものなんだ」

「弱腰だな。己が特別だという自覚があるのなら、君の本気を彼女に伝染うつしてしまえばいい」

「出来ないよ。嫌われるのが怖いからね」

 アルヴァが真顔で答えると、からかい半分に煽ろうとしていたロバートも言葉に詰まった。室内にはしばし何も言えない沈黙が流れていたが、やがてハーヴェイが空を仰ぎながら口火を切る。

「君の口からそんな言葉を聞く日が来るとはな」

「僕だって、こんなことを考えるのは初めてだよ」

「だが、アル。いつまでもそうしているわけにはいかないだろう?」

 アルヴァが想いを告げなければ葵はやがて、別の人物と恋に落ちるだろう。ましてや彼女は異世界からの来訪者で、問題が解決しさえすれば生まれ育った世界に帰ってしまうのだ。他の男に奪われるのが先か、葵がいなくなってしまうのが先か。そのような状況下では悠長なことなど言っていられない。ハーヴェイがそう言っているのは解っていたが、答える言葉を持たないアルヴァは閉口したままでいた。しばらくの沈黙の末、黙しているアルヴァに代わってロバートが口火を切る。

「ハーヴェイ、君の弟はどうするつもりでいるのだ?」

「どう、と言うと?」

 発言の真意が掴めなかったようで、ハーヴェイはロバートに向かって首を傾げている。話題が自身のことから逸れたので、その件についてはアルヴァが答えることにした。

「ミヤジマが生まれ育った世界に帰る時、彼は着いて行くつもりでいるようだよ」

 そういった話はまったく聞かされていなかったらしく、ハーヴェイは驚愕していた。ロバートは潔いとキリルを褒めていたが、馬鹿な話だと思っているアルヴァは皮肉に顔を歪める。

「ハーヴェイ。君は以前、弟の言動を肯定するようなことを言っていたね。実弟が愚行を冒そうとしていることを知っても、あの時と同じことが言えるか?」

 ハーヴェイは答えなかった。それが『答え』であることを承知しているアルヴァは嘲笑とも自嘲ともつかない笑みを浮かべる。

「本気になっても、どうにもならないんだよ」

「そんなことはない」

 アルヴァはそこで話を終わらせようとしていたのだが、ロバートが口を挟んできた。どうせろくでもないことを言い出すのだろうと、アルヴァは冷ややかな目をロバートに向ける。しかし彼はそんなことは気にせずに、自信に満ちた表情で言葉を次いだ。

「ミヤジマ=アオイと離れたくないというのなら、彼女が帰りたくなくなるようにすればいいだけの話ではないか」

「……一応、訊いてあげるよ。どうやって?」

「決まっている。離れたくないと思わせるほど愛せばいいだけだ」

 自分が夢中になるのではなく相手を夢中にさせろと、ロバートは言っている。一見すると正論のようだが、それは元の世界に帰りたいと望んでいる葵の気持ちを無視するということだ。そうして彼女の願いを潰して、自分の望みを優先させることが、本当に愛することになるのだろうか。否だと思ったのはアルヴァだけではなく、呆れた顔をしてロバートを見ているハーヴェイも同じなようだった。

「そういえば、アル。ロバートに何か用事があったのではなかったのか?」

「ああ……」

 ハーヴェイが話題を変えたことで話が一段落したため、アルヴァはようやくロバートの許を訪れることとなった本題を切り出せたのだった。






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