時の欠片

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 アステルダム公国にあるトリニスタン魔法学園の分校を後にした葵は、アステルダム分校のマジスター達と共に、初めて他校を訪れていた。分校巡りの一番目となったのは、エクランド公爵の私財であるセラルミド分校だ。セラルミド公国は火山の多い土地であるため、夏の気候にさらなる暑さを上乗せしている。だがアステルダムと比べて変わったところといえばその程度で、トリニスタン魔法学園の佇まいはアステルダム分校のそれと酷似していた。葵達は現在、転移用の魔法陣が描かれている正門付近にいるのだが、そこからの眺めは本当に代わり映えがしない。それはエントランスホールに足を踏み入れてみても同じことだった。

「他の場所に来たって感じがしない……」

「トリニスタン魔法学園の分校は、どの公国でも校舎の造りが同じだからな」

 葵の味気ない独白に反応して、説明を加えてくれたのはオリヴァーだった。彼の話によるとトリニスタン魔法学園の分校は校舎そのものが魔法陣になっていて、それらは全て同一のものであるらしい。だから少しも他校に来た実感が湧かないのだと、納得した葵は「へぇ」と相槌を打つ。その後、視線を感じたような気がして顔を傾けたが、周囲に余人の姿は見当たらなかった。

「どないしたんや?」

「なんか、見られてたような気がして」

 クレアが問いかけてきたので答えると、彼女も同じことを感じていたのだと言う。正門付近に転移した時からそうだったと聞き、葵は目を瞬かせた。

「そうなの?」

「うん。見られてるね」

 クレアの意見に同意を示したのはウィルだった。クレアよりも断定した口振りだったので、疑問を重ねようとした葵はウィルに視線を移す。しかし結局、葵が再び言葉を紡ぐことはなかった。振り向いた先に、こちらへ向かって来る人影を発見したからだ。エントランスホールにある階段から姿を現したのはトリニスタン魔法学園の制服である白いローブに身を包んだ少年達で、彼らは階段を下りきった所で足を止める。そして代表者として、黒縁眼鏡をかけた少年が口火を切った。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 黒縁眼鏡の少年が、主にキリルに向けて一礼する。それに倣って低頭している少年達は、この学園のマジスターらしい。マジスターと言えば女子生徒が着いて回っているというイメージを持っていた葵は、この場に女子の姿がないことを意外に思った。

(マジスターだからアイドルってわけでもないんだ)

 他校に来て初めて分かる、アステルダム分校の異常さ。もしかすると編入したのがアステルダム分校でなければ、あの数々の騒動に巻き込まれずに済んだのではないだろうか。今更ながらにそんな疑念を抱いた葵は一人、複雑な気持ちになって苦い笑みを浮かべた。

(ん?)

 エントランスホールで話をしているマジスター達を眺めていると女子生徒が一人、姿を現した。白いローブを纏っている彼女はこの学園の生徒らしく、セラルミド分校のマジスターに挨拶をしている。学園内でそれなりの地位を築いている人物なのか、黒縁眼鏡の少年も客人との話を中断させて少女に応えていた。

「こちらのお客様は、エクランド公爵家に名を連ねる御方ですか?」

 挨拶が終わると、少女はすぐさまキリルのことに言及した。黒髪に同色の瞳といったキリルの容貌はエクランド家の特徴と一致していて、さらに彼女達は相手の発する魔力によっても様々な情報を読み取ることが出来る。そういった情報を総合して、少女はキリルをエクランドの関係者だと思ったようだ。少女の問いかけは言外に紹介を望んでいて、それに応えた黒縁眼鏡の少年が口を開く。

「こちらはエクランド公爵のご子息であるキリル様で、あちらのお二方はヴィンス公爵のご子息であるウィル様と、バベッジ公爵のご子息であるオリヴァー様だよ」

 この場にいる他校生がアステルダム分校のマジスターだと紹介されると、少女の目の色が変わった。刹那、どこからともなく黄色い歓声が沸き起こる。その後はエントランスやら廊下の奥から怒涛のように女子生徒が押し寄せて来て、アステルダム分校のマジスター達はあっという間に囲まれてしまった。

「なんや視線を感じると思ったら、そういうことかいな」

 輪の外に弾き出された葵は、同じく傍観しているクレアが零した一言に苦笑いを浮かべた。この学園のマジスター達も輪の外にいて、女子生徒達の騒乱を茫然と眺めている。その反応から察するに、彼らはこういう扱いを受けたことがないのだろう。

(マジスターがアイドルなんじゃなくて、あの三人がアイドルってことね)

 この場にはいないハルも含めて、アステルダム分校のマジスターは全員が公爵の血を受け継ぐ者だ。セラルミド分校のマジスターがどの程度の貴族で構成されているのかは分からないが、キリルに接していた様子を見るに、おそらく公爵家の人間ではないのだろう。より一層の高みを目指しているのは、どの分校の女子も同じであるらしい。

「そろそろキリルがキレるんやないか?」

「……そうだね」

 アステルダム分校ではこんな騒ぎが日常茶飯事で、キリルが「うるせぇ!」と怒鳴り散らす場面を何度も見ている。今回もそんな展開になりそうだと葵達は思っていたのだが、キリルは予想と違った行動に出た。怒声は発さず、彼は無言で女子生徒を掻き分けてこちらへ来る。そして葵の前で立ち止まると、彼女の手を取って自分の方に引き寄せたのだった。

「オレの傍にいろ」

 何が何だか分からずにキリルを見上げると、そんな言葉をかけられた。ざわついていた女子生徒の間に残念そうな空気が広がって、それで事態を察した葵は恥ずかしさに顔を赤らめる。しかし葵が抗議をする前に、今度はウィルが口を開いた。

「僕達、みんな彼女に夢中なんだ」

 だから君達の相手は出来ないと、ウィルは葵の空いている方の手を取りながら宣言する。さらにはオリヴァーまでもが肩に手を置いてきたので、葵は再び混乱の境地に突き落とされた。セラルミド分校の女子生徒は呆気に取られていて、囁きを交わす者さえいない。そんな異様な空気の中を、前方以外をがっちりガードされた葵は退場することとなった。

「てめーら、いつまで触ってんだ!」

 エントランスホールで踵を返した後、校舎の外に出た途端にキリルが怒り出した。それを受けてオリヴァーは素早く身を引いたのだが、ウィルは未だに葵の手を掴まえたままでいる。そしていつものやり取りが始まってしまったので、葵は両手を振って二人を払った。

「えらい絵面やったな」

 セラルミド分校のマジスターと共に後からやって来たクレアが、これがアステルダム分校で起こったことならば失神者が続出していたと真顔で言う。笑えなかった葵は「もうイヤだ」と嘆きながらクレアに泣きついた。

「我が校の女子生徒が失礼なことをしまして、申し訳ありません。普段はあのようなことはないのですが……」

 黒縁眼鏡の少年が低頭して謝罪するのを、オリヴァーが「慣れているから」と受け流している。キリルとウィルに至っては、話すら聞いていないようだ。その後も恐縮し続ける黒縁眼鏡の少年をオリヴァーがなんとか宥めて、ようやく本題が切り出されることになった。

「封じられた時、または時の欠片ってものに心当たりはあるか?」

 セラルミド分校にはこれから赴くという連絡を入れただけで、来校の目的について触れたのはこれが初めてのことだった。アステルダム分校では理事長からマジスターに話が下りてきていたが、セラルミド分校も同じであるとは限らない。彼らが知らなかった場合はキリルの兄であるハーヴェイ=エクランドにでも情報提供を求めればいいだけの話ではあったが、幸いなことに、黒縁眼鏡の少年は封印と聞いて思い当たる場所があると言う。案内してくれるというので、真顔に戻った葵達は黒縁眼鏡の少年に従った。






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