「また、妙なものを作ったね」
呆れまじりのウィルに「どうも」と返すと、アルヴァは先程収納した物を再びデスクに並べた。そこへウィルが持ってきたものを加えると、小さな針が二本、数字が六つ、小さなネジが一つという内容になる。
「針の長さが違うね」
デスクに並んだものを観察する中で、アルヴァが初めに疑問を呈した。しかしそれに対する答えはなく、用途も依然として分からない。やはり全体像を捉えるには、まだピースが足りないのだ。
「ねぇ、ウィル」
ふと、時の欠片とは別のところで疑問が浮かんだ葵はウィルの方へ顔を傾けた。デスクから視線を上げたウィルも葵を見据え、「何?」と問いかけてくる。
「何で、ハルの実家に行ったの?」
各地に点在するトリニスタン魔法学園の分校は、全部で十六校。そのうち、アステルダム分校のマジスターの親が管理している分校で訪れたのは、キリルの実家があるセラルミドだけだ。つまり、ウィルの家が管理している分校はまだ未捜索であり、ウィルが訪れるとするならば、まずはそこではないのだろうか。葵はそう思ったのだが、ウィルは何故か苦笑を浮かべた。
「ヴィンスは領地を持たない公爵だからね。キルみたいに、自分の所に招待っていうのは出来ないわけ」
「あ、そういえば……」
ウィルから説明を受けて、葵は以前にもそのような話を聞いていたことを思い出した。確かあれは、アルヴァと世界を巡った際の出来事だった。
「それで、ハルも見つからんのに、友達の姉さんの手ぇ借りて封印を解いてきたんかい」
クレアがなんとも複雑そうな面持ちで言うので、葵もまた複雑な心境になった。ハルを見つけるまで待てば、話はもっとスムーズに運んだだろう。だがウィルは、早期解決の道を選んだ。うぬぼれるわけではないが、それは偏に……。
「……ありがとう」
「別に、そんな
「……うん、分かった」
以前のウィルならば言動の裏に企みがあっただろうが、今の彼からはそうした空気を感じない。たまに毒を吐くのは相変わらずだが、彼は変わったのだ。その変化には、まず間違いなく自分も関わっている。しかしウィルが気にするなと言うのなら気にしない方がいいのかもしれない。そう思った葵は表情を改め、ウィルとの話を続けた。
「セラルミドの時みたいに精霊が出てきたりとかしなかった?」
見たところ怪我をしている様子はないが、なんといってもキリルの前例がある。またあんなことが起こってはたまらないと葵は思ったのだが、ウィルは首を振って見せた。
「封印を解くのがちょっと大変だったけどね。キルみたいに精霊と直接対決とかはしてないから、安心していいよ」
仮に直接対決となったとしても、自分ならもっと上手くやる。ウィルが自慢げにそう言うので、心配を打ち消された葵は笑ってしまった。
「確かに、そうかも」
「大変だったというのは?」
そこでアルヴァが口を挟んできたので、その場の視線は彼に集中した。その話をするのならと、ウィルは無属性魔法を使って人数分の紅茶を用意する。そうして席を整えてから、ウィルはリカルミトン分校での出来事を話し始めた。
「フレデリカさんに訊いたら分校の封印に心当たりがあるって言うから、一緒にリカルミトン分校へ行ったんだ。それで、封印を解こうとしたら木が生えてきた」
「木?」
それがどんな状態なのか想像がつかなかったため、思わず口を挟んだ葵は首を傾げた。葵の疑問に答えたウィルは、分校のいたる所から生えてきた木が、最終的に分校全体を覆ってしまったのだと言う。
「植物で出来た砦みたいだったよ。迷路になっているし、トラップはあるし、魔法も効かない。攻略するのに丸一日もかかった」
「そんなに?」
「フレデリカさんがいなかったら、もっとかかっていたと思う」
「ちょっと、待ってくれ」
アルヴァが容喙してきたので、主に葵と話をしていたウィルは視線を彼の方へと傾けた。何かを考えながら発言したらしいアルヴァは、少し間を置いてから言葉の続きを口にする。
「魔法が効かなかったというのは、どういう意味だ?」
それは以前にウィルとキリルが葵とのデート権を賭けて争った時のように、魔法が使えない状況だったのか。アルヴァがそう補足すると、ウィルは首を横に振った。
「魔法自体は使えたよ。ただ、砦を構築している植物の方が強かったっていうだけ」
ウィルの得意とする風の魔法で植物を切り裂いても、それを上回る速度で成長する植物は再び砦を構築する。体に風を纏わせて空から攻めようとしても、大地から瞬く間に伸びてくる植物に邪魔をされる。他にも色々と試したらしいのだが、そのどれもが功を成さなかったのだとウィルは語った。
「仕方がないから、フレデリカさんと二人でひたすら迷路を歩いたよ」
それでも比較的早く目的地に辿りつくことが出来たのは、所々にポイントとなる大地の変化があったことと、以前に似たような経験をしていたことが大きかったとウィルは言う。大地の変化については、土の魔法を得意とするヒューイット家の者がいてくれたことが大きな助けとなったらしい。似たような経験の方は言わずもがな、キリルと勝負をした時の話だ。あの経験でウィルは、迷路を攻略するコツのようなものを会得したのだという。
「なかなかに興味深い体験だったね」
それなりの苦労をしたはずのウィルがどこか楽しそうに笑うので、葵は労っていいものなのか分からなくなってしまった。彼の探求心は相変わらずで、今はそれを、とてもありがたいと思う。
「……公爵家の人間が二人もいて、それを凌駕する植物の力、か」
考え込んだ姿勢のままアルヴァが独白を零したので、その場の視線は彼に向かう。どこか嫌味のようにも聞こえる科白だったが、ウィルは言外の真意を読み取って真顔で頷いて見せた。
「誰が何の目的で封印しているのか知らないけど、間違いなく精霊の意思が働いているよね」
だから自分は間接的に精霊と闘って勝ったのだと、ウィルは真顔のまま嘯いている。葵とクレアは苦笑したが、アルヴァは表情を動かすことなく発言を続けた。
「僕とクレアも分校を巡ってきた。でも、そこの封印は大したことなかったよ」
「その違いって、何なんだろうね?」
「後で、レイチェルにも意見を求めてみよう」
アルヴァの姉であるレイチェル=アロースミスはトリニスタン魔法学園の本校を卒業していて、現在も後輩の指導のため学園に赴いている。彼女自身が博識であるうえ、トリニスタン魔法学園との繋がりもアルヴァより深い。アルヴァ自身がそう言うので、葵も神妙な面持ちで頷いて見せた。
「せやったら、あと残ってるんは八校いうわけやな?」
ウィルの話が一段落したところで、クレアが指折り数えながら口を開いた。あと、八校。その言葉を胸中で繰り返し、葵はティーカップに残っていた紅茶を一気に干す。
「オリヴァー、来てるかな?」
ソーサーに戻したティーカップを手近にあった台に置き、葵は立ち上がった。この学園のマジスターの一人であるオリヴァー=バベッジはウィルの友人であり、葵から問いかけられたウィルはすぐに席を立つ。呼んで来ると言ってウィルが姿を消すと、葵はデスクにいるアルヴァの元へ向かった。
「今日はウォータールーフ公国か」
葵の意図を察したアルヴァは口を動かしながらも、デスクの上に広げていた物を手早くケースに収納する。完全な球状に戻ったケースを差し出されたので、葵はそれを受け取りながら頷いた。
「僕も一緒に行こう」
何があるか分からないからねと言い置いて、アルヴァも席を立つ。葵は頼もしく思いながら礼を言ったが、同じく席を立ったクレアが顔を曇らせながら口を開いた。
「大丈夫なんか?」
「問題ないよ」
クレアがアルヴァの何を案じたのか、葵には分からなかった。しかし説明するつもりはないようで、葵の視線に気づいたアルヴァは微笑するだけで答えとする。クレアを見ると、彼女も苦々しい表情で小さく肩を竦めただけだった。
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