葵・クレア・アルヴァの三人が保健室で待っていると、しばらくしてウィルがオリヴァーを伴って戻って来た。すでにウィルから話を聞いているらしく、オリヴァーは自らウォータールーフ分校へ行こうと申し出てくれる。すでに実家にも確認を取っているとのことだったので、一同はすぐさま移動することにした。まずはアステルダム分校の正門付近に描かれている魔法陣に移動し、そこから転移の魔法によってウォータールーフ分校へと移動する。転移した先はウォータールーフ分校の正門付近だったのだが、ここもやはり、アステルダム分校から見る眺めと大差がなかった。
「ここも、やっぱり変わらないね」
「うちらが巡ってきた他の分校も、似たような感じやったで」
葵が零した独白に対し、一日で六つもの分校を巡ってきたクレアがうんざりした口調で同意した。移動しても移動しても景色が同じなので感覚がおかしくなると、彼女はさらに愚痴を続ける。確かにそれは感覚が麻痺しそうだと、想像しただけでうんざりした葵は苦笑いを浮かべた。
「トリニスタン魔法学園の分校は、どこも造りが同じだからね。だけど、違う部分もある」
そして、その『違う部分』にこそ秘密があるのだと、アルヴァが静かに意見を述べた。その『違う部分』というのが、アステルダム分校の
「さすが、アルヴァさん。もう大方の目星はついているんですね」
「さすがと言われるほど大層なことじゃないが。君は何故、喜んでいるんだ?」
「今回は案内がいないので。でも、スムーズにいきそうですね」
「案内がいない? ここのマジスターにでも協力してもらえばいいじゃないか」
「セラルミド分校ではそうしてたんですけど、騒ぎになってしまったんですよ」
だから逆に案内がいない方が話が早いのではないかと、オリヴァーは考えたのだという。オリヴァーの言う『騒ぎ』を思い返し、葵とクレアは苦笑を浮かべた。一人だけその場にいなかったアルヴァには、葵から簡略に説明を加える。『騒ぎ』の内容を把握すると、アルヴァは呆れ顔になった。
「こういう時につくづく思うんだけど、分校の生徒はレベルが低い」
「ここで生徒の質を嘆いていても仕方がないよ。それに、一緒くたに語って欲しくないね」
それまで黙っていたウィルが刺々しい口調で容喙したので、アルヴァは口を閉ざした。だが、そのまま険悪な空気になることはなく、アルヴァの方が早々に話題を変える。
「とにかく、行ってみよう」
アルヴァが明確な意思を持って歩き出したので、その場にいた者達は彼の後に従った。正門付近に描かれている魔法陣から敷地の中央部にある校舎を迂回する形で、アルヴァは北東へと進んで行く。その方角が、アステルダム分校ではシエル・ガーデンがある位置なのだ。
「ねぇ、オリヴァー」
広大なグラウンドを縦断しながら、葵は傍を歩いていたオリヴァーに声をかけた。こちらに首を回したオリヴァーが「何だ?」と応えたので、葵は言葉を続ける。
「これが終わったらキリルの所に連れて行ってくれない?」
昨日の別れ際、葵は今日も見舞いに行くとキリルに約束した。それはオリヴァーも聞いていたはずなのだが、渋面を作った彼は頷かない。
「それがさ、見舞いには行けないんだよ」
「え?」
オリヴァーの発言を聞いて真っ先に思い浮かんだのが、容体の悪化だった。葵がスッと蒼褪めると、オリヴァーは慌てた様子で言葉を続ける。
「実家に帰っただけだから心配はしなくていい」
「……なんだ、」
それなら良かったと言いかけて、違和感を覚えた葵は眉根を寄せた。その正体を考える前に、傍で話を聞いていたウィルがオリヴァーに声をかける。
「キル、実家に帰ったんだ?」
「帰ったと言うか、帰らされたと言うか」
「帰らされた?」
「セラルミド分校でのこと、ハーヴェイさんに報告したみたいなんだ。そしたら、強制連行」
「……なるほどね」
オリヴァーが話題に上らせたハーヴェイ=エクランドは、キリルの兄である。そしてエクランド公爵家の次期当主であり、家人の監督は長兄であるハーヴェイの仕事だ。キリルがセラルミド分校で行ったことは、エクランドの家人すべてを危機に晒すものであり、ハーヴェイの逆鱗に触れた。怒られているキリルを容易に想像出来てしまい、申し訳なさに駆られた葵は顔をしかめる。
「やっぱり、怒られちゃったんだ」
「まあ、キルはそれだけのことをやらかしちまったからな」
「でも、結果的には魔法も普通に使えたんでしょ? だったらすぐに帰ってくるよ」
「もうすぐ創立祭だろ? 体さえ良くなってればその時には出てくるだろうが、それまではなぁ」
「ハーヴェイさんの『おしおき』って、ちょっと興味あるよね」
「怖いこと言わないでよ!」
ウィルの軽口に過剰反応してしまったのは、ハーヴェイに黒い過去があるからだ。ウィルは気にしていないようだが、オリヴァーは葵と同感らしく、苦笑いを浮かべている。
(本当に大丈夫かな)
家族のことなので折檻などの仕置きはないだろうが、相手がハーヴェイとなると不安が残る。なにしろ彼は、実の弟を魔法の実験台にしていたような兄なのである。キリルに愛情がないわけではないと分かってはいるが、それでも手放しで信用することは出来そうもなかった。
(無事に帰ってきてくれるといいけど)
キリルが元気になったら今度こそ、ちゃんと向き合おうと決めていた。しかし見舞いにも行けない今は、彼の回復を祈ることしか出来ない。だから密かに、葵は祈りを捧げておくことにした。
背後で葵・オリヴァー・ウィルが話を始めたのを機に、クレアはさりげなく、一人で先頭を歩いているアルヴァの傍へ寄った。隣に並ぶと、アルヴァは視線を寄越してくる。その横顔が普段よりも青白く見えたので、眉根を寄せたクレアは声の大きさを調節して話し出した。
「おたく、顔色悪いで?」
クレアとアルヴァは昨日、各地に点在するトリニスタン魔法学園の分校を六つも回ってきた。宵の口には解散したのだが、アルヴァの様子から察するに、彼はその後も分校から持ち帰った物を考察していたのだろう。加えてアルヴァは、その前日から睡眠をとっていない。そのことを知っているクレアは無茶のしすぎだと諭しているのだが、アルヴァは薄笑みを浮かべて応えた。
「これぐらいのことで倒れるほどヤワじゃないよ」
まだ若いからねと、アルヴァは冗談めかして付け加える。若さを強調するところに含みがあるような気がして、クレアは眉間のシワをさらに深くした。
「しょーもないところで張り合うんやない」
アホかとぼやきながら、クレアは後ろを歩いている三人を一瞥した。少し距離があるので会話の内容は分からないが、平素の通り、三人は楽しげに話をしている。ウィルも昨日は大変だったようだが、平然としていられるのは若さの成せる業なのだろうか。深々とため息をつき、クレアは再びアルヴァを仰いだ。
「それでアルが体壊してみぃ、ショック受けるんはアオイやで」
「そうならないように努めるよ。だからミヤジマには余計なことを言わないでくれ」
「あ〜、いやや。ほんま、アルのそういうところ嫌いやわ」
「助けになりたいんだよ。少しでも、傍にいられるうちはね」
「…………」
クレアが口を噤むしかなかったのは、やはりアルヴァの考えは理解出来ないと思ったからだった。彼がどれほど献身しようと、その想いは口に出さなければ相手には伝わらない。見返りを求めないと言えば聞こえはいいのだろうが、アルヴァの場合はちゃっかりと自分なりの報酬を得ているのだ。それを姑息と感じてしまえば苛立ちが募る。だが意見を闘わせれば物別れに終わることが目に見えているので、クレアは荒っぽい動作で髪を掻き上げるに留まった。イライラしているクレアを見て、アルヴァが笑みを零す。
「今、我慢しているね?」
「そうや。お互いに譲歩が必要なんやもんな」
「僕の体を気遣ってくれたことは、純粋に嬉しいよ。ありがとう」
意表を突いた言葉で会話を終わらせると、アルヴァは足を止めた。言い逃げをされたような形になり、後味の悪さを覚えたクレアは唇をへの字に曲げる。しかし葵達が追い付いて来たので、それ以上言及することはしなかった。
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