言えない言葉

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 王立の名門校である、トリニスタン魔法学園。貴族の子弟が通うこの学園は王家の直轄である本校を中心として、スレイバル王国全土に展開していた。分校は全部で十六校あり、それらは各公国を治めている貴族達が管理している。そのうちの一つであるエッソー分校は丘の上に建つアステルダム分校とは違い、街中にあった。

(でも、見た目は同じなんだよね)

 以前に聞いた話によれば、トリニスタン魔法学園の分校は全て同じような造りになっているらしい。街中に建っているとはいえエッソー分校の敷地は広く、一歩足を踏み入れれば、そこはもう葵にとって見慣れた光景でしかなかった。

(やっぱり、他校に来たって感じはしないなぁ)

 今までにも幾つか分校を訪れているが、初めて他校に行った時から新鮮さはなかった。それでもここは、アステルダム分校ではない。知人はおらず、今回は同行者もいないのだ。校内を探索する許可だけは貰っているが、具体的に何をどうすればいいのかは分からない。どうしようかと少し考えて、葵はとりあえず歩き出すことにした。

(マジスターを探そう)

 マジスターはトリニスタン魔法学園内におけるエリート達のことで、各学園に、そう呼ばれている生徒達がいる。彼らは葵が生まれ育った世界で通っていた学校でいうところの生徒会のようなもので、情報を得るにはうってつけの存在なのだ。エッソー分校の校舎内に進入した葵は、誰でもいいから出会った者にマジスターのことを尋ねようと考えていた。しかしエントランスホールで待ち構えていた者達を見るなり、その必要がなかったことを知る。互いが相手の存在を認識してすぐ、彼らが近付いて来たからだ。

「エッソー分校へようこそ」

 にこやかに話しかけてきたのは温厚そうな雰囲気を醸し出す少年だった。そしてもう一人、この場には少年がいる。彼はいささか神経質そうに、眼鏡を直してから口を開いた。

「移動するぞ」

 エントランスでは話が出来ないからと、少年達は葵を応接室へと導いた。向かい合って腰を下ろすと、温厚そうな方の少年が魔法で紅茶を用意する。神経質そうな少年は紅茶には手をつけずに、さっそく話を再開させた。

「私はフリード=グランチェ。彼はアトリス=テラーだ」

「よろしく」

 温厚そうな少年――アトリスが笑みを浮かべたので、葵もとっさに小さく頭を下げた。フリードの方は仏頂面のままで、愛想笑いすら見せない。対照的な二人だと思いながら、葵も自己紹介をすることにした。

「宮島葵です」

「聞いたことのないファミリーネームだな。どこの出身だ?」

「ああ……えっと、貴族とかじゃないです」

 この問答は毎度のことだったので、葵は大意もなく返答を口にした。しかしフリードとアトリスにとっては聞き流せない答えであったようで、彼らは顔を見合わせている。その後、話しかけてきたのはアトリスだった。

「でも君、トリニスタン魔法学園の制服を着ているよね?」

 トリニスタン魔法学園は分校であっても、基本的には貴族の子弟しか通うことが出来ない名門校である。学園の制服を身に着けていることは、それだけで貴族の証となるのだ。訪問先に合わせるためにわざわざ着替えてから来たのだが、失敗したと葵は思った。

(この人達、私のことどういう風に聞いてるんだろ)

 連絡を取り合ったのはレイチェルと、この学園を所有している公爵だ。そこでどのようなやり取りが交わされたのかすら、葵は知らない。こういった場合、どのように答えるのが無難なのか。

「何故、すぐに答えられない? 己のことだろう」

 葵が答えあぐねていると、フリードが苛立ちを隠そうともせず詰問してきた。不快感を露わにした彼を軽く諌め、代わりにアトリスが会話の窓口に立つ。

「込み入った事情があるのならいいよ。話を先に進めよう」

「……はい」

 葵が頷いたところで口を閉ざすと、それきり会話が途絶えた。少し待ってみても二人が口を開く気配がなかったので、葵は眉をひそめる。するとフリードとアトリスも、同じ表情をしていた。

「どうして黙るの?」

「え?」

「あの……用件を言ってくれないと分からないんだけど」

 アトリスに言われて初めて、葵は会話が噛み合っていなかったことを知った。彼が『話を進めよう』などと言うので、てっきり進行をしてくれるものだと、葵は思ったのだ。それは些細な行き違いだったが、フリードが耐えられないといった様子で机を叩いた。

「用事があるから来たのだろう? 早く言いたまえ!」

 突然のことに、驚いた葵は反応を返すことが出来なかった。葵が呆けている間に、アトリスが穏やかな調子でいきり立ったフリードを宥める。フリードがむっつりと口を閉ざすと、アトリスは再び葵に目を向けてきた。改めて何をしに来たのかと問われたので、我に返った葵も口を開く。

「探し物をしているんです」

「探し物?」

「はい」

 何を探しているのかは、言葉で説明するよりも見せた方が早い。今までの経験からそのことが分かっていたので、葵は完成形の見えている時の欠片を二人の前に差し出した。アトリスとフリードはそれをまじまじと見た後、疑問を投げかけてくる。

「これは何だ?」

「何かの魔法道具マジック・アイテムみたいだけれど……初めて見るね」

 葵が収集した時の欠片は、最初は文字通り部分品パーツでしかなかった。しかし今はそれらが組み合わさって、ほぼ時計の形を成している。欠けているのは文字盤だけなのだが、それでも、やはり彼らにとっては見覚えのない物のようだった。そういった反応は想定の範囲内で、葵は説明を続けていく。

「この、欠けてる部分の文字がこの学園のどこかにあるはずなんです」

「……待て」

 何か心当たりがないかとの問いかけは、口にする前にフリードに制された。眉間にシワを寄せている彼は、語気に鋭さを滲ませながら言葉を続ける。

「その話に行く前に、先程の問いの答えがまだだ」

「……何でしたっけ?」

「これが何なのか、説明しろと言っている」

 苛立たしげに質問を復唱されて、葵は答えを返していなかったことに思い至った。しかしこれが何なのかと問われても、そもそも時計の概念がない者に用途を説明するのは難しい。とりあえず時を計る道具とだけ伝えてみたが、フリードもアトリスも眉根を寄せたままだった。

「もう少し解り易い説明は出来ないかな?」

「……難しいです」

「分かった、それはひとまず置いておこう。この未完成な魔法道具マジック・アイテムのパーツがうちの学園にあるというのは確かなの?」

「はい」

「そんな話は聞いたことがないけれど、フリードは何か知っている?」

「知っていれば既に言っている」

 にべもないフリードの一言で、身内だけの会話は終了してしまったようだった。アトリスが「そうだよね」と呟きながら空を仰いだのに対し、フリードは再び葵に目を向けてくる。

「確証があると言うならば、その欠片とやらがどこにあるのか、見当はついているのだろう?」

「分からないです」

「そんなことも分からないで何故、我が校にあると言い切れるのだ」

「それは……」

 何気なく答えかけて、それを口にしていいものか迷った葵は閉口した。葵が時の欠片を探してトリニスタン魔法学園の分校を巡っているのは、学園長にそうしなさいと言われたからである。そして彼女の言葉通り、今まで訪れた分校では例に洩れず時の欠片が発見されている。だから未訪問だったエッソー分校にも、必ずあるはずなのだ。

(って言えば、たぶん納得してくれるんだろうけど……)

 しかしその話をするには、どうしても学園長について触れなければならない。彼女との繋がりを明かしていいものか、葵は迷ってしまったのだった。時の欠片を集めることで完成するマジック・アイテムは、時の精霊とのコンタクトを試みるものである。学園長の話を続けていけばそのうち、時の精霊の話題になってしまうだろう。だが時の精霊のことは口外するなと、学園長に言い含められている。フリードやアトリスよりもずっと関わりの深いアステルダム分校のマジスター達にも話していないのに、彼らに打ち明けるわけにはいかなかった。






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