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● 恋の賞味期限  ●

 彼氏とケンカした。こんなに大ゲンカしたのは初めてで、もうダメかもしれない。

 彼氏のアツシとは大学二年で入ったサークルで知り合った。サークルなんてもともと趣味が同じ人間が集まるんだから、アツシともすぐに仲良くなった。しばらく友達として付き合って、恋人になってから三ヶ月。あたしもアツシも一人暮らしだから夜は大抵どっちかの家に行くっていう生活をしてた。一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、ラブラブだったのよ。でも、もうダメかもしれない。だってケンカしてから二週間、アツシからはメールも電話も来ない。

 一人で過ごす夜は寂しい。テレビをつけていても面白くないし、アツシがいる時は狭く感じてた部屋がすごく広い。料理も誰かのためなのか自分のためなのかで味まで変わってしまう。自分のためだけに夕食作るのは面倒だったけど、野菜を使い切っちゃいたいから作らなきゃ。

 冷蔵庫を開けて、献立を考えながら食材を取り出す。タマネギがそろそろヤバそう。ジャガイモも芽が出てるわ。ニンジンもあるし、作り置きのきくカレーかシチューにしよう。

 ん? 冷蔵庫の奥に怪しげなものがある。プラスチックのトレーということは……ああ、やっぱり肉だわ。牛肉なんて買った覚えがないけど、アツシが入れたのかな? しかも賞味期限、切れてる。

「…………」

 どうしようか少し迷ったけど、消費期限は切れてなかったから使うことにした。まだ食べられるのに捨てるのももったいないわよね。

 野菜を切って、一口大のブロック肉と一緒に油をひいた鍋で炒める。炒め終わったら水とルーを入れて、後は焦げないようにかき混ぜていればいい。混ぜるという単純作業を継続させながら、あたしはアツシとケンカしたことを思い出していた。

 大ゲンカのわりに、理由は大したことじゃなかったような気がする。でもお互いカッとなっちゃって、口論した挙句にケンカ別れ。その日からあたしはサークルにも顔を出していない。たぶん、アツシも行ってないと思う。

 あたしたち、ケンカしたまま終わっちゃうのかな。このまま自然消滅って、あたしの作る手抜きカレーより簡単だわ。アツシがあたしを好きな気持ちってそんなものなの? あたしがアツシを好きな気持ちって、そんなものだったの?

 ……今までの経験からいって、三ヶ月って節目なのよね。付き合い始めの頃は見えない相手の嫌なところが、三ヶ月を過ぎたくらいから見え始める。きっと、だからケンカしちゃったんだね。これで終わるなら結局、アツシとは合わなかったってことなのかな。三ヶ月ってなんだか賞味期限みたい。恋が美味しく味わえる時間は、きっと三ヶ月しかないのね。

 じゃあ、三ヶ月より先は? 恋の消費期限はどのくらいなんだろう。賞味期限を過ぎても美味しいこの牛肉みたいに味わえるのかな?

 まだあんまり煮込んでないけど、牛肉はとろけるみたいになくなった。もしかしてこの肉、高いやつだったのかな。食感でそう思ったからパッケージを見てみると、国産って書いてあった。

 アツシ、何でこんな高い肉買ったんだろう。何かあったのかなと思って調べてみたら、ケンカした後に三ヶ月記念日があった。もしかして、そのお祝いしようとか考えてたのかな。

「……あ、分かったかも」

 思わず、独り言いっちゃった。閃いたのよ、あたし。

 火を消して中途半端に煮込んだ鍋にフタをしてから、あたしは携帯を手にした。電話をかける相手はもちろん、約二週間ぶりのアイツ。でもワンコールも鳴らないで、すぐに留守電になっちゃった。着信拒否とかされてないといいけど。

 あたしは、小さく息を吐いてからメッセージを吹き込んだ。

「あたし。この間はごめんね。カレー、作ったの。一緒に食べたい」

 細切れ気味の短い言葉を並べ立てて、あたしは電話を切った。アツシから返事があるかは分からないけど、来てくれるって信じたい。

 楽しいだけの恋は、賞味期限三ヶ月かもしれない。でも恋の賞味期限が切れたら、その先は別のものになるのよ。恋の先にあるもの、それはきっと……。


 ――恋よりも努力が必要な、愛。





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